第64話 愛する気はない
「ええい。俺が言ったのは『愛せるかどうかわからん』だ。だってそんなもの、保証のしようがないだろう」
「ええ〜。同じようなモンじゃないっスかぁ」
おっと? ピオ氏の煽りにポルフィリオ氏が答え始めたぞ?
「顔も見たこともない政略結婚相手に『必ず愛します』『幸せにします』など、その方が不誠実というものだろう。極力努力はするがな」
「いやそこは男の方から、デートに誘ったり口説いたりするもんなんじゃないっスかね?」
「甘いぞピオ。女というものはな、なにかにつけてエスコートが不十分だの、プレゼントが安物だの、センスがないだの、そりゃあ面倒な生き物なんだぞ!」
「はぁ」
「やれ手汗がひどいだ、服がダサいだ、髪型がどうの眉がどうの! 逢引きした次の日には学園中に知れ渡ってッ!」
「ちょ、ちょっとポルフィリオさん?」
「アイツ勉強ばっかりでセンスないのね、とか、仕方ないよ平民だからさ、とかそりゃそうだらあああ!! こちとら平民だぞ、高価でセンスのいいプレゼントなんぞ用意できるかああ!! 特待で卒業するのにどんだけ勉強せねばならんと思っとる!! そんな貧乏学生にカネなんぞあるかああ!!」
「うおっ」
ポルフィリオ氏が壊れた。
「……女どもはみんなしてカネのある男に群がりおって、俺なんぞずっと当て馬だ。ああそうだとも。そしてようやく古巣に戻ってみれば、今度は婿入り話。どいつもこいつも俺をタダ働きの種馬みたいに見やがって、『学園を主席で卒業したらしいが、それがどうした』『ウチに来たからには存分に働いてもらわねば困る』だと? フザっけんなああ!!」
「「……」」
ボキィ。ポルフィリオさんの手元でペンが折れ、俺とピオ氏は顔を見合わせて沈黙する。あー、ね?
「ふん。まあいずれ、ロドリゴも同じ道を辿ることになる。いかに早期リタイアなどと世迷言を嘯いていようと、どうせ庶民が成り上がるには学園に行くしかあるまい。そうでなければそこのピオのように、一生奉公人と変わらぬ使用人のままだ」
「うわ、ひっで」
ううむ。ポルフィリオ氏がここまで拗らせたのも仕方ない部分がある。学園時代に相当なトラウマを植え付けられたようだし、また縁談先にもそれなりに問題があったのだろう。被害者意識で歪んだ分を差し引いて、それでも彼に同情する余地は十分にある。彼はピオ氏のことを「奉公人と変わらない使用人」と称しているが、もしかしたら一生一労働者のピオ氏の方がまだ幸せかもしれん。
それにしても、ここまで拗らせたらいっそ生涯独身の方がいいんじゃないだろうか。婿入りは無理そうだし、だからって核家族を目指しても、こういう男はモラハラに走りそう。
「モラ……ロドリゴ、それはどういう意味だ」
「あ、いや。ハハッ」
ポルフィリオ氏は「黙って手を動かせ」と言って、折れたペンを捨てて再び書類に取り掛かった。一応仕事は有能ではあるんだがな。人間誰しも欠点はあるものだが、拗らせるのが一番痛いかもしれん。
「しかしなぁ。いくら仕事が出来るとはいえ、いつまでもああいう性格で居座られたんじゃ、こっちもたまったもんじゃねぇよなぁ」
夕食後、ピオ氏が頭をポリポリ掻きながらボヤいている。まあ、そうだな。プロスペロさんがラーメンプロジェクトに出ずっぱりなおかげで、事務室は今とてもピリピリしている。単純に人が減ったのもあるが、やっぱりプロスペロさんにはカリスマがあるっていうか、厳格だけど同時に包容力も兼ね備えている。ポルフィリオ氏にはそれがない。名プレイヤーが名コーチとは限らないという、典型的なヤツだ。
「まあそうお言いでないよ。あの子もまだ若いのに頑張ってんだ。アンタらも助けてやんなよ?」
そしてなぜか寮母のペトロナさんが、やたらポルフィリオ氏の肩を持つんだよな。彼女は俺たちの第二の母みたいなもんだから、いつまで経っても母親目線なのかもしれない。
うーん、協力か。かくなる上は、ポルフィリオ氏の婚活を成功させて出て行ってもらうしか……。




