第63話 縁談
「あの子も苦労してんだよ、察しておやりよ」
火曜日の朝の食堂。今日の俺は、厨房まわりの当番だ。ペトロナさんと雑談しながら、皿洗いやレンジ掃除、昼食の下ごしらえなんかを手伝う。その中で、最近事務室が忙しい、ポルフィリオさんのご機嫌が斜め、からの婚活空振りの噂。ペトロナさんはピオさん以上に詳しい事情を知っていた。
「あの子もご多分にもれず、ご実家と折り合いがよくなくてねぇ。ここに奉公に来た日にゃ、そりゃあ人見知りで世話が焼けたよ。だけど仕事は一生懸命だわ勉強は頑張るわで、プロスペロさんに見出されてねぇ。――学園でなにがあったか知らないけど、根はいい子なんだよ」
「はぁ」
「縁談はいくつも来てるはずなんだけど、どうもうまくいかなくてねぇ。やっぱり婿入りともなると、なかなかだよ」
さすが異世界、コンプライアンスや個人情報保護のコの字もない。まあ無理もないだろう。この辺りでは中堅都市とされるこのポルセルでも、人口二千人ほど。前日起きたことは、翌日には八割方知られている。そしてそれは日本の田舎でも同じような現象が見られるから、これはコンプラの問題というよりも、この規模感のコミュニティあるあると言える。
しかしそうか。単なる縁談と違って、婿入り話が来てるのか。確かに、実家と折り合いが悪いということは実家を継がないということで、そうすると家を出て核家族を作るか婿入りするかの二択となる。ペラモス商店で目をかけられ、優秀であるとお墨付きをいただいたのであれば、なおさら婿入りの縁談が増えるだろう。大変だな、婿入り。嫁入りもそうだが、ストレス半端なさそう。
「なに言ってんだい。アンタもそのうち、婿入りのお声がかかるだろうよ」
「はいッ?」
「はぁ、自覚がないのも困ったもんだね。あんだけレシピを出してりゃ、この街の誰だってアンタのこと知ってるさ。他人事みたいにしてるけど、明日は我が身だよ?」
ええ……。ここへ来て、進みたくない進路がまた一つ増えた。
しかしそうなれば対策だ。事前にフラグに気づくことができれば、それを叩き折ればいい。とりあえず目の前に生け贄……先駆者がいることだ。彼の婚活を参考にして、己の番に備えて対策を立てなければならない。
「それで、縁談ってどんな感じなんですか?」
午後の事務室。俺は手を動かしながら、ポルフィリオさんに話を向ける。
「ロドリゴ。お前というヤツは……!」
「あーポルフィリオさん、無理っス。コイツ、言ったって聞かねェっスよ?」
「……ふん、まあいい。お前もいずれ通る道だ。いいか、縁談というのはいかに自らを高く売るかということだ。すなわち、自らの市場価値を高めるということ。こちらの価値が高ければ、あちらから取引を持ちかけてくる。あとは最も条件の良い取引先を選んで、取引成立。簡単なことだ」
「その簡単なことがうまくいってないのはどうしてなんですか?」
「うぐッ……」
「あーポルフィリオさん、無理っス。コイツ、言ったって聞かねェっスよ?」
なんかブチギレられてる。だがしかし、実際にうまくいってないんだから仕方ないだろう。俺が知りたいのはそういうことじゃない。
「ですから、その連戦連敗の顛末というか、その敗因を」
「おっ、お前ッ! 子供だからと大目に見れば調子に乗りやがってッ!」
「あーだからポルフィリオさん、無理っスって。ロドリゴになに言っても聞きやしませんし、見合いごとに『愛する気はない』なんて言ってたらまとまる縁談もまとまりませんて」
「は?」
「ピオお前ッ!」
おいおい嘘だろ。なにその恋愛小説のド定番。それもザマァ方向の。




