第46話 埃まみれ
「おまッ……勝手口を埃まみれにしやがって、バカなのか?!」
「あ。つい」
いつもの癖で、中庭で泥落としをする要領で風を吹きかけてしまった。そうそう、聞いてくれ。カスタード蒸しパン作りの産物、「ピオの綿雲」こと泡立てスキル。生活魔法ウィンドの限られた出力で、きめ細かな泡が作れるようになったわけなのだが、先日から戦闘スキルを練習していて気がついた。俺の見たところ、生命力も魔力も同じもの。なら、チャーシューメンや胡麻味噌坦々の要領で足腰に回すオーラを、手元に持ってくればいいじゃない。ということで、エアーダスターの威力がめっちゃ上がった。最近は、野菜の泥と一緒に庭の掃き掃除まで一気にこなせるようになったのだ。
「パキト、一体なにを騒いで……うおっ、この土埃はなんだ?!」
「すみませんぺぺさん、コイツがいきなり」
「邪魔すんなっつたろ! この緑頭のガキが!」
なんか三人がかりでやいのやいの騒いでる。お前ら忙しいんじゃなかったんかよ。
「すみませんでした。ハンディクリーナー」
ブオオオ。
そう、強くなったのはエアーダスターだけじゃない。もはやハンディとは呼べない業務用掃除機だ。勝手口に散らばった土埃も、調理場の床に落ちていたゴミも一気に吸引。どうだ明るくなつたろう。
その時。
「おう、どうだ。進んでるか?」
店の正面の入り口から、ペドロさんが出勤してきた。
「おー、昨日の夜番には伝えといたが、今日はペラモス家具店から客人が来るから粗相がないようにな。てか、もう来てんのかロドリゴ?」
「ペドロさん、おはようございます。朝の八つの鐘ということでお邪魔したんですが」
「おっとすまんすまん、九つって言ったつもりだったんだが……ってお前ら、なに静まり返ってんだ?」
「ああー……やっちまった後だったかぁ……」
その後、無口になった三人が仕事に戻るのを、ペドロさんが遠い目で見ていた。
「あのっ、勝手口を汚したことは申し訳なかったんですが、この通り綺麗にさせていただきまして」
「うん、まあそこじゃないんだが、まあ追い追いバレてだろうしな。そうか、『ピオの綿雲』ってなァ、本当はすげぇスキルだったんだな……」
「えっ? あー、ね?」
「生活魔法の応用で、誰でも使えるっつーからよ。あわよくばうちの料理人たちにも教えてやって欲しかったんだが、こりゃ大地の子の俺らには手に負えそうもねぇな……」
「ハハッ」
そういえば、プロスペロさんもなんかそんなこと言ってた気がする。やらかすなよ、頼むからやらかすなよ、みたいな。いや、泥付き野菜相手にエアー噴射したのは悪かったけど、掃除はいいだろ。綺麗になったし、Win-Winじゃないか。
ペドロさんのお店は、昼はリーズナブルなランチ営業、夜は予約のみのコース営業だ。このポルセルでは知る人ぞ知る名店で、結構な人気店。昨日の夜、急遽大旦那様に同席させられた件については、大旦那様が定期的に予約を入れていて、それがたまたま昨日だったということだ。そうでなければ一ヶ月は待たなければならない。
なお、ランチはカジュアルなハーフコース。夜に出されるのと同じ料理が楽しめると評判らしい。だが昼と夜で違うのは、それを作る職人だ。夜はペドロさん本人が直接料理を振る舞うが、昼は一番弟子のパコさんがシェフとして腕を振るう。ここでファンがつけば、貴族や豪商の家で雇ってもらえたり、パトロンを得て独立することも可能。朝の仕込みは、弟子の正念場なのだ。
そんな厨房の一角が、ペドロさん専用スペースとなっている。ここは、夜に出す料理のうち、朝や前日から仕込まなければならないメニューに使われたり、また新作料理の試作に使われたりする。これまでレシピ登録した簡単な菓子の場合、彼はギルドの調理場に出張して試作監修をしてくれたんだけど、ラーメンのような長時間の仕込みが必要なメニューは、ここでやらせてもらおうという話になったのだ。
「んで、今朝取り寄せたのが、この豚の骨と塊肉なんだが……相変わらず、こんな料理の夢なんか、洗礼を済ませたばかりのチビが見るかね?」
「ハハッ。まぁ夢は夢ですし、どうせペドロさんが美味しく仕上げてくださるでしょうから、ね?」
「くそっ、調子がいいぜ」
ペドロさんに頭をグリグリやられる。俺も学んだ。彼は常にチヤホヤしていないと、簡単にダンゴムシに退化してしまうことを。前はペピトやプロスペロさんが、それとなく上手に持ち上げてくれていたんだ。今回は俺一人で挑まねばならない。頑張れ俺。
2026.05.23
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