第44話 栄光
「なるほど。そりゃ全然別物ってことか……」
全員で苦労してダンゴムシを人に戻し、改めて担々麺のあらましを説明した結果、ようやくパスタから胡麻味噌坦々を目指すのは難しいと理解してもらえたようだ。
「ふむぅ。それでは『プラシドの栄光』は、まだ陽の目を見ぬか……」
「大旦那様。まだ命名は諦めておられませんので?」
「ぬ、その言い方はなんだ。息子の嫁にお前、そして市場に立つ寡婦にさえ名前を冠した料理があるのだぞ。私になくてどうする!」
「いや先代、それを言うなら『プルデンシオの栄光』じゃないですかね。情報源は先々代の文献ということになってますし」
「どうして父上の名前を付けなければならぬ!」
あれっ。なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。
「いいかァ……。父上がァ、諸国を旅して回ってェ、ヤリ手っつわれてっけどよォ……。その旅費たァ、誰が出してっと思ってんだァ……」
「は、はいはいプラシド様。もうこの辺で」
「うっせェプロスペロ! 誰ァれがひよっ子のお前を一人前にしたと思ってんだァ?」
「はいはい。先代は偉いっスよ。先々代が留守の間、ペラモスを守って来られたのは先代ですもんねェ」
「そうだペドロ、その通りだッ! 俺が成人するや否や、親父は家督を渡すなどとホザいて放蕩三昧! その金はなァ、その金はなァ……うっうっ」
やっべ。人間ダンゴムシより面倒臭いのいたわ。泣いたり怒ったり忙しい。先代店主プラシド様、堂々としたイケオジかと思ったら、とんだ酒癖持ちだった。
「やれしくじったな。大旦那様がこうなったら長いのだ」
プロスペロさんがうんざりした顔をしている。俺もうんざりだ。ダンゴムシでだいぶMPが削られてるのに、回復なしボス戦二連チャン。
「おい聞いてるのかプロスペロォ! 大体お前はなァ!」
「あっはい聞いておりますよ、大旦那様」
前衛のプロスペロさんにヘイトが向けられた。彼はこのパーティーにおいて、打たれ強い肉盾だ。頑張ってくれ。
「っあ〜、参ったな。今日はいつになったら店閉めれんのかねェ。ロドリゴ、お前だけでも先に帰るか?」
「ええまあ、私がいてもこの場はどうしようもなさそうですし」
プロスペロさんが捕まっている間に、俺とペドロさんは戦線離脱を図る。気づかれる前に退場だ。
「先代もよ、今ある材料じゃゴマミソにはならねぇんだから、クダ撒いたって仕方ねぇっつうのによ」
「まあそうですよね。チャーシューメンならともかく」
「っは?」
「えっ?」
「なぁるほどォ! パスタをスープに浸して、このようになァ!」
「えっと、チャーシューがないんで全然別物といいますか……」
「肉が塊になるだけだろう。ええい、こういうアイデアは早く言いなさい!」
俺がポロッと漏らした一言で、一転新作試食会に早変わり。さっき出されたトマトの入ってないミートソースみたいなパスタ、そこから余計な具材を取り除いて、コンソメスープと香味野菜だけのスープパスタを作ってもらった。
俺としては具なしラーメンをイメージしたつもりだが、相変わらずこれじゃない。だけど、まだゴマミソ坦々よりは塩ラーメンに近いだろう。
「これこれ、これですよ。締めに最高です!」
ハフハフ、ズルッズルッ。行儀の悪い俺に、オッサンたちが半口開けている。
「これは、なんともまぁ……」
「賄いでこういうの、作ったことがねェわけじゃねェけどよ……」
「……よろしい。それでは私もいただこうじゃないか」
ズゾッ、ズ、ズゾゾ。まるで屋台のスープを、庶民がそのまま啜るように。三人のオヤジが背中を丸めてスープ皿からぎこちなく麺を吸い上げる絵面が、とてもシュールだ。
「な、なんと……。この素朴かつ奥深い味が、体の底まで染み渡る……」
「なるほど。ゴマミソは足し算、チャーシュは引き算ということか」
「ロドリゴ、よくやった!」
よしよし。飲んだくれの大旦那様には、こういう汁物が効くだろう。ペドロさんは冷静に分析、そしてタゲから解放されたプロスペロさんからはいいねが送られる。
「本当はチャーシューが乗らないとチャーシューメンじゃないんですけど、ベースはこれを叩き台にしていただいて」
「よしロドリゴ! 君はペドロに弟子入りし、早速チャーシューメン完成に向けて取り組むのだ!」
「は?」
「先代?」
「今なんと?」
「なんとではないわ! 『プラシドの栄光』は最重要課題。なんとしても早急にギルドに登録し、我が名を永遠に刻まねばならん!」
俺、なぜか明日から出向決定。先代は、どうしても自分の名前の入ったレシピを登録したいらしい。なんでやねん。




