第30話 この世の真理
「ランチ休憩のため」と「午前中に今日の分の薬草は採り終えた。周囲の観察も禁じられた。というわけで、午後はひたすら回想だ。」という文章を付け加えました。
「まったくもう! 危ないことはしないって言ったわよね?」
「あいすみません」
それから半刻後。ランチ休憩のため森から戻ったスサニタさんに、俺はこっぴどく叱られた。仕方ない、スライムに素手で触って指を溶かされたのだ。いや、あれはスライムの方から指にまとわりついてきたのだから、俺だけが悪いんじゃないと思う。そう弁明すると、余計に叱られた。「そもそもスライムは観察するもんじゃないわよ、すぐに核を叩き潰さなきゃ!」だそうだ。あいすみません。
一応、摘んだ薬草をすりつぶして応急処置をしておいたが、スサニタさんがスキルで治療してくれて、すっかり綺麗に治った。
「あ〜あ、スサ姉に叱られてやんの」
「ダッサ」
「おいロドリゴ。スサ姉に迷惑かけんなよ! スサ姉の魔力は貴重なんだぞ!」
俺を指差して嗤うプリニオとポンシオ、そしてあくまでスサニタさんに迷惑をかけるなというサバスさん。確かに、ヒーラーのMPはパーティーの生命線だ。しかし言葉の端々から、スサニタさんに構ってもらった俺への嫉妬が窺える。青春だ。
「ほんの指先だったから、魔力に関しては問題ないわ。だけどもう危ない真似はしちゃダメよ」
「そうだぞロドリゴ。今回は指だったからいいが、目をやられていたら失明していたかもしれないからな」
「ヒェッ」
セベリノさんの一言が俺の背筋を凍らせる。ひょっとして俺、薬草ハンターは向いていないのでは。
「今頃気づいたのかい……」
俺の代わりにスライムを叩き潰してくれたペピトが、ボソリとつぶやいた。
しかしそんな大失敗にも、収穫はあった。なにせスサニタさんのスキルが生で見られたのだから。
「癒しの恵み」
胸の前で手を組んで短い詠唱をした途端、スサニタさんの頭上から小さな白い光の球が。それが頭の真ん中をまっすぐ通って、喉のところでふたつに分かれ、両手から他の光と混ざって、俺の指に注がれた。バッチリ見た。以上、脳内リプレイ。以前彼女は「頭の上から力を取り込むイメージで治癒術を使う」と言っていたが、まさしくそれを裏付ける結果となった。
午前中に今日の分の薬草は採り終えた。周囲の観察も禁じられた。というわけで、午後はひたすら回想だ。
そういえば、うちは母と姉が水属性だ。二人とも神殿の運営する修道院で修行をしていて、母は時々治療院にパートに出ている。よく思い返してみれば、家族のちょっとした傷は母が祈りを捧げて治していたな。
「敬虔なる子羊が大いなる癒しの女神に申し上げる。この善良な子羊に癒しの恵みを」
だったかな。うんうん、ちゃんと覚えてた。いちいちお祈りなんかして面倒臭いなと思ってたが、あの時魔眼()に目覚めていれば、同じ魔力の流れが見えていたのかもしれない。てか今更だけど、スサニタさんは「癒しの恵み」だけでスキル発動させてたな。それってもしかして詠唱短縮ってやつ? うおお、ファンタジーみある!
それにしても、あの頭から白い光が入って、手で他の光と混ざって放出される様。あれはなんだったんだろう。白いのがそのまま出るんじゃないんや。一瞬だったからあやふやだが、白い光はスサニタさんの青いオーラと混ざり、どっからか黄色みが加わって、最終的には明るい緑色の光だった気がする。
――緑色? ひょっとして風属性ってことなのか?
「ふおおおお!!」
「ヒッ!」
隣のペピトが驚いて本を落とした。彼が読んでいたのは冒険者ハンドブック、ギルドに行けば安価で買えるヤツ。これは読み書きの苦手な冒険者にもわかりやすく、挿絵が多めで易しい言葉で書かれたものだ。彼は暇つぶしに擦り切れるほど読み込んでいる。
いやそんなことはどうでもいい。そんな初心者向けの小冊子に、この世の真理など書かれていようはずもない。俺は見つけてしまった。治癒魔法の真髄、それは風属性にあるのだと!
おかしい。俺の手の上でぼんやりと光るウィンド。こいつがどうやっても明るい緑にならない。
「さっきからなんだい。急に大声を出したと思ったら首を傾げて」
「うるさい黙れ今いいとこなんだ」
コイツを、こう、もうちょっと明るくすれば、イケるはずなんだ。
「――そっちが君の素かい。だけどそろそろ帰る時間だし、皆が心配するよ?」
魔力が明るい緑にさえなれば、回復スキルを盗める。そう思っていた時代が、俺にもありました。俺は自分の指先をナイフで傷つけ、ひたすらウィンドを当てていた。しかしどう頑張っても魔力の色は変わらず、延々と微風を当てても傷口はジクジクと傷んだまま。いや、途中で血が固まって、出血は治まったけども。もしかしてこれが治癒パワー……?
しかし残念ながら時間切れ。俺は再びスサニタさんにこっぴどく叱られ、プリニオとポンシオにプギャーされた。いや違うんだ、風魔法で治癒実験だったんだ。
「お前、風当てて傷が治るんだったら誰だってそうしてるだろ」
「まったくもう! それが本当なら、今頃神殿には風の加護持ちが集められてるわよ!」
しかしサバスさんは呆れ顔で、スサニタさんはプリプリ怒りながら鋭いツッコミ。ごもっともです。いつもは優しくフォローしてくれるセベリノさんが、やけに遠い目をしていた。




