第105話 キケロ商店
名前が○○になってたァ!
ごめんなさい!
直しました!
通されたのは店舗の奥、ペラモスだと事務室みたいなところ。事務机に簡易の応接セット、壁の棚には大量の布地が詰まっている。そしてペラモスと最も違うのは、ここに織り機と裁縫道具が置かれているところ。事務室というよりアトリエだ。
そして最も異質なのが、この部屋の主。
「……んで……コイツか……」
浅黒い巨躯に、大岩のような腕。禿頭の厳つい顔立ち、鋭い眼光。もっさりとした茶色い顎髭は、土属性の証。どう見ても悪の親玉だ。しかし彼の手もとには、薔薇模様の繊細な織物。チクチクと丁寧に端を始末している。
無言だ。色っぽくはない。最初に目を上げてコイツかと呟いたきり、あとはひたすらチクチクしている。しかもフリフリだ。そして俺を案内してきた陽気な親父はさっさと去っていった。どうしろと?
しかしそこに。
「あ〜らいらっしゃい、ペネロペちゃんとこの奉公人ね? ロドリゴですっけ? 聞いたわよぉ、ヘンテコなスキルで荷物スイスイですって? あっはは、おっもしろ〜い。ねえねえ、それどうやって覚えたの? アタシにも使えるかしら? そしたらダンナをスイス〜イ、なんちゃって」
おもむろにドアが開いたと思ったら、閉じるまでの数拍でノンブレス。豊かな緑髪、艶やかな張りのあるドレス、はっと目を惹く綺麗なご婦人。そしてペネロペ奥様に瓜二つ。この人が奥様のお姉様であり、キケロ商店のスレマ様か。ということは、こっちの大岩がお婿さんの現当主サカリアス様で間違いなさそう。
「あっはは、それでペネロペちゃんがね? 『ペネロペの薔薇』〜っつってお菓子を売り出したもんだから! ウチもチョー忙しくなっちゃって! そんでそれ考えたのがロドリゴとか? んもーチョーウケるぅ!」
ヤバい。一人倍速再生の奥様に、相槌を打つ暇もない。てか、こんだけ早口なのに一回も噛まないどころか不明瞭な発音が一切ない。なにこの滑舌。ナレーターとか声優とか天職なのでは。
「ああ、一足遅かったですわね。ロドリゴ、だから馬車で一緒にいきましょうと申しましたのに」
「ああらペネロペちゃん、おっはよ〜! 聞いてぇ、今ロドリゴと『ペネロペの薔薇』のお菓子の話をしててぇ」
「はいはい。それは確かにロドリゴの考案したお菓子でしてよ。しかし今日はその話をしに来たわけではないでしょう?」
「そうそうそうだったわ〜! ねえねえ、『ペネロペの薔薇』の偽物が出たって聞いたけど! ああお菓子の方じゃなくてね? えっ、もしかしてそれもロドリゴが見つけたとか? あっは、チョーウケるぅ!」
「お姉様!! いい加減になさって!!」
「ごっめんねぇ? ペネロペっていい子なんだけど、すぅぐ怒っちゃうっていうかぁ。でもホント、悪気はないから! ネッ?」
「あっはい」
それが事務室に入ってからの俺の第一声だった。いや、ペネロペ様は別に短気というわけではない。彼女を止めるだけの強いツッコミが身についているだけだ。さすが長年妹をやっていない。
「お姉様、私は怒ってなどおりませんわ。お姉様がずーっと話していては、話が進みませんの」
「あっはは、わかってるって! それで偽物の話よね? あれねえ、昨日話を聞いてから在庫を調べさせたんだぁ。そしたらさ、あそこの工房がアタシらの知らないうちに、下請け作ってコピーさせてたらしくってぇ」
「はっ?」
「……弟子の……習作ということに……なっていた……」
「ホラ、アタシらも全部の工房を毎日見て回るわけにはいかないジャン? だから契約魔法も使ってちゃんとしてたつもりなんだけどォ、抜け道探られるとお手上げっていうかァ」
「……誠に……すまん……」
えっちょっと待って。もうキケロでは原因究明まで終わってたってこと?
「はぁ……さすがお姉様ですわ。もうすでにそこまで手を打たれていたのであれば、私の方で申し上げることなどなにもございません」
「ごっめんねぇ。不良品の回収と交換修理の手配は、こっちでも確実にやっとくからぁ。あとは家具の本体の方の不具合は、そっちでヨロってことでぇ」
「……落とし前は……つけさせる……」
どうやら俺たちが足を運ぶ必要はなかったようだ。俺が偽物を指摘したのは昨日の午後、それから今朝までの間に、もう事後対応の目処まで立っていたとは。この倍速再生奥様、速いのは滑舌だけじゃないらしい。
「そうそうペネロペちゃん、そういえばこの子がバネサちゃんの婿になるって話じゃなぁい? ヤァダじゃあもうすぐロドリゴがウチの養子になるんだぁ! いつ来るの? すぐ来るの? あっはは、楽しみぃ!」
「はっ?」
「お姉様! その話は追い追い慎重にとあれほど!」
「……ウチの……若ェモンじゃ……なかったのか……」
「やぁだサカリアス、バネサちゃんはあの子らじゃ手に余るわよぉ! レシピに計算機に新しいスキル! おまけに織り物の真贋まで見分けるなんて! ねぇロドリゴ、バネサちゃんがダメならウチの子になっちゃうぅ?」
「ちょっとお姉様?!」
「あっはは、ウチはもう跡継ぎは無理だけどぉ、それなりの待遇は約束しちゃうわよぉ?」
「……無理な引き抜きは……いかん……だが織り物に……興味があれば……」
「もう、お姉様にロドリゴは渡しませんわ! ロドリゴ、帰りますわよ?!」
「あっはい」
なぜかペネロペ奥様がブチギレて、俺たちはさっさと退場することになった。彼女が短気だという説は、本当なのかもしれない。




