第103話 マナー講習
ご親切に誤字報告ありがとうございます!
大変助かっております……!
「いいでしょう。最低限のことはできているようね」
「あ、ありがとうございます」
出勤早々、さっそくアパートに戻って着替え。からの、奥様の後ろの怖いオバチャ……もとい、家政婦長の厳しい実技面接。からの、奥様と味のしないランチ、実技面接。からの、奥様とお茶会なう。
だめだ死ぬ。ストレスで。この半日で、前世一生分のストレスを被曝した。
「あら、テレサから早々に及第点を得るなんて。やはりロドリゴは優秀ね?」
「いえいえ奥様、彼はスタートラインに立ったばかり。今日からこの私が、みっちりと仕込んで差し上げます」
「あのっ、私はまだ奉公の身ですし、仕込んでいただく必要は『ビシィ!』ヒェッ」
「あなた! 恐れ多くもバネサお嬢様の婿候補として、奥様直々にご指導いただいているのです。弱音を吐くなど、恥を知りなさい!」
テレビで見たような鬼マナー講師が、鞭を装備して仁王立ちしている。なんで俺がこんな目に。
「テレサ、ロドリゴにあまり強く当たってはいけないわ? 彼はまだ十一歳、伸び代のある少年なのですから。――そしてロドリゴ、あなたは早期リタイアを目指していると聞いたのだけれど」
「え、あ、はぃ」
「いいのよ。大きな組織に属するのではなく、自由に生きたい。誰もが一度は願うことです。けれど、権力に押し潰されないためには、権力と渡り合う必要があるわ。マナーは強力な武器になります。身につけておいて損はなくてよ?」
おっと。この奥様、ちょっとネジの抜け……天然気味の人かと思ってたけど、単体だと話が通じる?
「バネサもあなたも、縁談に興味がないのは重々承知しています。ならば、こう考えてはどうかしら? これから一年、あなたは自分のために私たちからマナーや知識を吸収する。私たちはあなたから忌憚のないアイデアを得る。これはお互いに利のあるビジネスよ。その先のことは、それから考えてもいいではありませんか」
「おお……」
半口を開けて感動していると、背後の鬼が鞭をパシパシさせて睨んでくる。俺は慌てて口を閉じた。
「うふふ、納得してくれたようね。それでは早速だけれど、どう? あなたの目から見て、ペラモス商店の王都支店について、なにか気になったことは?」
「あ、えっと、そうですね。この応接室の家具は『ペネロペの薔薇』シリーズで統一されてると思うんですけど、ちょくちょく偽物が混じってるのはなんでかなっt」
「「なんですって?!」」
それから邸内は、上を下への大騒ぎとなった。俺は奥様と家令のおじさんにあちこち連れ回され、どれが正規品でどれが偽物かの判別をさせられる羽目に。
「奥様! そのような子供の戯言に振り回されてはなりませぬ!」
「お黙りなさい! こう見えてもロドリゴは、本店で本物を見てきた子よ。彼の違和感を軽んじることは許しません!」
「しかし、大旦那様さえ指摘されなかった真贋を、こんな間抜け面の子供がとても……」
なんか背後でごちゃごちゃ言われてるな。まあ、先週現れたばかりのポッと出の子供が言うことなんて、普通信じないだろう。無理もない。
だが、見えちゃうものは見えちゃうんだから仕方ない。パッと見は見分けがつかなくとも、第三の目()に力を込めて見回せば、はっきりとわかるオーラの差。一流の職人が、一流の素材を使って一流の加工を施せば、やっぱりそれなりのオーラを纏っているものだ。
オーラがないものを集めてみると、やはりどこかしらに瑕疵が見つかる。鋲の打ち方が甘いだとか、張られているファブリックが精巧な模造品だとか。そのうち、裏面に小さく留められているプレートが共通していることが判明。王都の近くのとある工房のものだった。
「すべてがまったくの偽物、というわけではなさそうですが」
「いいえ。織り物に紛い物が含まれている時点で、看過できるものではないわ。急いでキケロにも知らせなければ」
なんだか大騒動になってしまった。俺はバタバタと走り回る邸宅の家人に翻弄されつつ、途方に暮れるのだった。
注・
キケロ=奥方の実家、キケロ織り物店。
王都支店の家具に使われている織り物を扱っています。
後で出てきます。




