第三十四話「天を仰ぐ獣竜」
ローランが戦闘に立ち、精鋭たちがタラスクへと向かう。
その後方で、シノンとジャンヌは顔を見合わせていた。
「ジャンヌさん…」
「──これで、一度お別れです」
「!」
ジャンヌの周囲を神々しい光が舞い出す。少女としてのジャンヌダルクの終わりはすぐ傍にまで来ていた。
少女としてのジャンヌさんはいなくなる。役目を果たすために聖女となる。
それを俺が止めることはできないし、するつもりはない。
俺は取り戻すだけだ。運命から彼女を取り戻すんだ。
自分を奮い立たせるため、ジャンヌを安心させるために見栄を張るように笑顔でシノンは空を指さす。
「あの空ぶち抜いて満点の星空見せてやりますよ!」
「…はい!待ってます!」
頬を伝う一筋の涙とは正反対の笑顔と明るい声でジャンヌは言った。
彼女の周囲の光がより一層強くなる。
やり切るだけだ。俺は目の前の敵を、その先にある運命を倒す。
2人は横に並びローランたちの戦う姿を見詰めながら、深く、深く息を吸う。
自身の内で昂るものを吐くと同時に、2人の魔力が高まり出す。
シノンの周りに粒子と蒼雷が迸り、ジャンヌの身を包むように金色の炎が猛々しく燃える。
シノンがふと自身の横に並ぶジャンヌを見れば、もうそこに先程までの少女はいなかった。
翡翠の瞳も金へと色を変え、優しい目つきは戦う者の目つきとなった。
「行きましょう」
「ええ」
都市の中央へと大通りを駆け出した2人、自身を追い詰めんとする者共の中でも一際強く発するその力をタラスクは即座に感じ取った。
ジャンヌの存在は言わずもがな。英気に入ったシノンの実力はジャンヌにやや劣る者の出力だけで言えばローランをも凌ぐ。彼の持つ潜在能力にタラスクの本能が殺意を向ける。
2人を捕捉したタラスクは口を大きく開け構える。先ほどの戦闘ではなかった攻撃動作、肺付近の発熱器官から膨大な熱量を持つ魔力が喉を伝い口へと構えられる。
構えられてから発射までの猶予は凡そ10秒、その隙にシノンが壁を展開しかけたその瞬間、横合いから金の光が割り込んだ。
一歩踏み込む間もなく、ジャンヌがその前に立っている。
「私が止めます」
タラスクの喉奥が赤く灼ける。次の瞬間、奔流が吐き出された。
シノンと熱線の間へと割り込んだジャンヌが手を掲げる。
「聖具・拒みしは侵されぬ聖域」
告げた名に応えるように掲げた手の前に光が集束し形を成す。それは瞬く間に巨大な盾へと成った。
神々しく、魔の一切を寄せ付けない程の光を放つまさしく聖なる武具がタラスクの熱線を受け止める。
凄まじい熱量と風圧がシノンとジャンヌを襲うが熱線を盾が全て防いでいた。
「なんて魔力だ。これが聖女の力…!」
ジャンヌの生跡──|聖なる神の神意を熨せて《プリエール・ピュルテ》は4つの聖具と呼ばれる神聖武器を作り出し意のままに操る。それに加えジャンヌが聖神から授けられた莫大な魔力と2つの加護、聖印と神の焔の力によって底上げされた力はタラスクの攻撃で揺らぐ事はない。
熱線が途切れる。ジャンヌは即座に盾を霧散させ、そのまま地を蹴った。
「おいオリヴィエ!あれ本当に嬢ちゃんかよ!」
「私にも訳が分からん!だが、ジャンヌの力は今のタラスク以上という事だ」
ジャンヌの実力に驚くをローランの思考を戦闘へと吹き戻そうとオリヴィエは強い口調で簡潔に返す。
だがその返答に気を取られた一瞬がタラスクの巨脚が自身の頭上に来ていることに気付くのを遅れさせた。
振り上げられた巨脚が影を落とす。
遅れて気付いた時にはすでに振り下ろされていた巨脚に最低限の防御態勢をオリヴィエは取る。
「星穿の矢!」
あと少しでオリヴィエを潰さんとしていた巨脚を放たれた矢が弾いた。
普段ではタラスクの一撃を弾くことなぞできることのない芸当。それができるのも英気に至ったが故にできる御業だ。
ジャンヌと共にタラスクの元へ到着したシノンがオリヴィエの元へと駆け寄る。
「ギリギリでしたねオリヴィエさん」
「ああ、助かったぞシノン。お前にまた借りができたな」
「談笑したい気持ちもありますが、一度離れます。
できれば風聞晶で全員に知らせてください」
俺の目に映るタラスクの魔力は絶えず変化し続けている。さっきまで荒ぶっていた魔力が段々と静まりつつある。
それに、絶望感を上乗せする様で悪いが今のタラスクにはまるで伝承に残る程の強さを感じない。
まだ、きっとまだ何かがある。
「分かった。お前の目を信じよう」
これまで多くの事に的確な判断をしてきたシノンの判断を信じオリヴィエは取り出した風聞晶で戦場にいる者に呼びかけようとした。だがそれはもう遅かった。
シノンの読みは実に正しい。タラスクは未だ生まれたばかり、その実力を発揮しきれていないかった。
そもそもが完全ではない生命魔法による不完全な復活に加え、タラスク程の存在ともなれば復活に長い時間を掛けるはずの所を即座に復活させたことによるより不完全での復活。
前者は力の上限を削られた不完全。対して後者は、完成に至る前段階に留められた不完全。
だが今、タラスクはその“未完成”を一気に埋めた。
「!──ローランさん逃げて!」
予感を感じ取ったシノンはオリヴィエの肩を掴みそのまま引き寄せ、反対の手でローランの腕を引き強引に後方へ跳んだ。
間に合わないと理解しているシノンはある程度の距離で走るのを辞め現状の自分に可能な限界量の粒子を作り壁にする。
壁越しで何も見えないが感じる。悍ましい魔力の変容を。
魔導に関して理解していないことは多い奴が不完全だったことは分かる。それが今本来の姿になろうとしてるんだ。
壁に背を向け衝撃に備える態勢を取ったシノン、その背中で感じる魔力は次第に悍ましさを増していく。
それを一番に感じていたのは空から変容を直視していたアストルフォだろう。
「なに…あれ?」
僕の体の全てが隅々まで嫌悪感を示してる。肌に伝わる魔力だけでも吐き気がしてきそう。
ヒッポグリフも恐怖で震えてる。
アストルフォの瞳に移る地上にいるタラスクの姿は原型を留めているとは言えない程に圧縮され肉塊へとなっていた。
肉が内側へ引き絞られる。骨が折れ、沈み、形が潰れる。
その姿であっても死しては居らず絶えず鼓動が空気を揺らす。数度の鼓動が鳴った後、肉の膜が裂ける。
内側から無理やり押し広げるように手が突き出た。
「…来る」
咄嗟に屋内へ逃げ込んだトゥルパンとバヤールが、ヒッポグリフの本能に従い距離を取ったアストルフォが、粒子の壁で身を守るシノン、オリヴィエ、ローランが、聖具の盾を構えるジャンヌが零した。
復活した存在は確かに不完全だった。しかしそれは原型となった存在と比べた場合である。
しかし至った力量で言えばどうだろうか。
復活したタラスクには復活に必要な魔力を得るためにある物が埋め込まれていた。
高密度具現魔力体、かつてシノンが夢の中で「彼」と共に話した世界の根幹とも言える物。
──律核だ。
肉塊を引き裂き姿を現した魔獣の姿は紫水晶の如き色の魔石を体中に纏った姿で生まれた。
地面へと産み落とされた魔獣は目を覚ますと自身の体を縛る魔石を引き剥がしながら起き上がる。
魔石が引き剥がされた箇所からは鉱山を彷彿とさせる程強固な銀の鱗が現れる。
律核がタラスクに及ぼした影響は計り知れなく、その力はタラスクを別の生物と思わせる程に変化させた。
ーーー
その姿に遠くから戦況を確認し続けるジオの胸は未だ自身の知ることが無かった可能性の発見に興奮を感じた。
「これがタラスク…かつて暴嵐が生み出した海龍王と灼牛獣の雑種。
この可能性もあったという訳か」
誰1人の人影もない都市の地下空間を歩きながらジオは言う。その声色には隠し切れない興奮が宿っていた。
「翼無き銀の巨竜、まるで──」
ーーー
生まれた存在が天を仰ぐ。産み落とされてから長く抱き続けて来た空への渇望。
龍の系譜として生まれたにも関わらず地を這うことしか許されなかったことがどれほど彼を苦しめただろうか。
憧れたから生まれた怒りや妬み、その全てを脱ぎ捨てる様に飛び立つ。
銀の巨体が空へと浮かぶ、全く別の生物へと生まれ変わったタラスクには飛行、浮遊の器官さえも備わっている。
願いの成就、タラスクにとってそれは自身が完全な造物へと至ったことの確信だった。
歓喜の声を上げるかの如く巨竜の咆哮が響く。
「キュヴァァァァァァァァ!!」
「!」
壁が一瞬で崩れ賭けに!咆哮の風圧だけじゃない。これは…奴が浮遊の為に纏っている気流の放出か!
咆哮と同時に解き放たれた気流によってシノンの壁は半壊、絶えず粒子を生成し続けることでその場になんとか身を留める。
風圧が止み、シノンが周囲を見れば立ち並んでいた建物は跡形もなく消し去られ都市中央は更地へと変化していた。
そのまま飛び立つこともできただろう。しかしタラスクは再び地上へと降りて来た。
自身の完全なる生誕、まるでそれを祝うために最後の準備を行う様に、地上より自らを見詰める矮小な存在を見詰め返す。
シノンは少し荒れた呼吸を整える様に深く息を吸いこむ。自分の体に空気を巡らせ欠損箇所を調べるようにしてやがて吐き出す。
ジャンヌさんはきっと防ぎ切ってる。アストルフォさん、トゥルパンさん、バヤールさんが心配だ。
でも戦線の維持のために離れる訳にはいかない。
ここで止めきる。
「世写の四肢・重装。
──行きます!」
「「ああ!」」
シノンが先陣を切り戦いの火蓋が再度切られる。シノンは自身の目でタラスクの魔力を分析する。
その結果タラスクの体表を覆うように2つの物が纏われていることを発見する。
体内の器官を使い発生させた気流、そしてそれより小さく、しかし濃く纏われている熱気だ。
悉く近接殺しだな。ここは星穿の矢で!
シノンは英気に入ったことで即座に用意することのできる星穿の矢の上限数が上昇した。
現状シノンは即座に6本までの装填を可能としている。
シノンは出し惜しみすることなく構えた6本の矢を同時に射出する。
一度自身の攻撃を防いだ矢の連撃、タラスクは警戒を露わにし防御を行う。
熱線とは別の高圧圧縮された水のブレス、魔力で強化された1撃は容易くシノンの攻撃を打ち砕きシノン本人の元へと迫った。
熱線の代わりに水かよ。喰らったら防御してても最低切断…なんとか回避を!
駄目だ。間に合わな──
予想より速い速度で自身に迫るブレスにシノンは剣を構えるが、ブレスはシノンとタラスクの間に割り込んだローランによって受け止められる。
「なっ!?」
「下がるぞ!」
あのブレスを防いだ!?しかも生身の体で!
もしかしてこれがローランさんの生跡なのか。
ローランはすかさずシノンを抱え後方で待機していたオリヴィエと入れ替わる。
「やれオリヴィエ!」
「いとも清き昏れの残照」
生跡の発動と共に目を閉じたオリヴィエの周囲に魔力のドームが構築される。
「結界ですか」
「あれがあいつの生跡だ。視覚を遮断することを条件に敵の攻撃、視線、殺意、魔力の揺らぎの全てに反応し選択可能の自動迎撃を行う」
2人の視線の先でオリヴィエが剣を引き抜く。
全容を表す聖剣、シノンはその真紅に染まった刀身に視界が吸い込まれる程の美しさを感じた。
ローランが認める彼の見て来た中で最速の剣振るわれる。。
「聖剣解放──オートクレール」
引き抜かれたオートクレールから凄まじい魔力が発せられる。それと同時にタラスクの尾での薙ぎ払いがすぐ横にまで迫る。
視界は遮断されている。しかしオリヴィエは全て見えているかの様に跳躍して回避する。
生跡での迎撃は選択可能。回避することもそのまま迎え撃つこともオリヴィエ自身の自由で決めることができる。
続く水の大砲弾を空中で迎撃、全てを悉く捌き切った。その様子にシノンは気付く。
「剣速が上がってる?」
「ああ、オートクレールの力だ。あれは剣で防御や攻撃をする程に速度が上がり続ける。
それは剣の速度だけじゃない。
俺たちも行くぞ」
「はい!」
オリヴィエの加勢へシノンとローランが向かう。その様子に多対一となることを警戒したタラスクが鱗を一部拡張させその隙間から霧を放出する。
「霧!?」
「足を止めるな」
「!──」
一瞬にして周囲を取り囲んだ霧に一時は思考を奪われるも、シノンは直ぐさま走り出す。
オリヴィエと合流し、タラスクの周りを攻撃を回避しつつ旋回する。
その間にも霧はより濃さを増し肌で分かるほど空気中の水分量が増していた。次の瞬間、タラスクの咆哮と共にその全てが途端に消えた。
「霧が!」
「一瞬で…!」
「お前たち上だ!」
晴れたのではない。消えたのだ。
あまりの不可解な現象に驚くローランとシノンにオリヴィエは上を見上げて言った。
オリヴィエに視線を合わせる様に見上げた2人は空に浮かぶ無数の水球を見つける。
まるで降っている間に固定されてしまった雨粒の様に残るそれは戦場の一帯を埋め尽くす程に展開されている。
空気中の水分量を急激に上昇させた後、その補助を使い空気中に無数の水球を生成したのだ。
再度咆哮が響くとともに水球から放出された水の極細レーザーがシノンとオリヴィエの体に述べ20もの細かな穴を開けた。
「ごふっ」
「がっ」
「ぐっ!──お前ら!」
突然足を止め膝を着き体中から血を流し出した2人に唯一生跡で防ぎきったローランが駆け寄る。
タラスクは追い打ちとばかりに纏う気流を空中から地面に叩きつける様に解き放った。
ローランはギリギリで2人を抱え跳躍、範囲外に出ることは叶わなかったものの多少吹き飛ばされる程度にダメージを抑えた。
2人を抱えたまま地面を転がっていたローランは何かに捕まるようにして体が止まる。
巨大な戦斧を持った大男──トゥルパンだ。その隣には合流できていなかったバヤールとジャンヌも共に居る。
「お前ら…!」
「申し訳ありませんローラン殿すこし気を失っていました」
「俺もだ。この子が来てくれなかったら危なかった」
その子、というのバヤールの横に立つジャンヌだ。彼女はシノンたちが闘っている事を確認し戦線に復帰できていない者の場所へ急いだのだ。
「お2人の傷は?」
「気にしないでください。できます。
回復をするにしてもランスさんの元まで戻るわけにはいかない。治療も傷口が小さい上に多いので駄目です」
「私も、シノンに賛同だ。戦闘は継続する」
傷の具合を分かっていて暗に戦線の一時離脱を進めたトゥルパンんの意見を意地と理論で跳ね除ける。
ふとシノンがタラスクへ目をやれば、悠々と空を飛びシノンたちを親切に待っている。
シノンはその様子を見てローランの腕から抜けて立ち上がる。
「それに、まだ約束が残ってます」
肉体の回復を一度挟んだシノンだが、精神力の回復は十分にできていない。ふらつく足を粒子で何とか補助しつつタラスクの元へ向かおうとした時、ローランの持つ風聞晶からノイズの様な音が鳴る。
「ローラン聞こえる!っていうか生きてる」
「アストルフォか。そりゃこっちのセリフだぞ」
通信の主は未だ1人だけ合流ができていなアストルフォだった。
声から鬼気迫る様子がシノンに伝わって来る。
「そういうのはいいから!遠目で3人の戦いを見てて思いついた作戦がある。
協力して欲しいんだ」
「!」
アストルフォの言葉に全員が目を見開く。
「その作戦、教えてくれ」
その場にいる皆がアストルフォの次の言葉に耳を傾けた。
バヤールやローランからは生唾を飲む音が聞こえる。
「僕が、奴に星を落とす!」
聞こえてきたのは、冗談かと思える言葉だった。
ジャンヌの生跡に違和感を抱いた人へ、あとでその違和感は消す。待っていなさい。
タラスクの可能性について話ます。
タラスクの可能性とはつまりどちらの姿に寄って生まれるかってことですね。
タラスクはリヴァイアサンと糞撒き散らす牛の神との子なんですけど、めっちゃ自分勝手な解釈だとその姿は牛の神よりだと思ったわけです。
じゃあポケモンみたいなリージョンフォーム欲しいなってなってこの姿が生まれました。
じゃあなんでこの姿になったのって話ですけど律核を作り出したので神なので当然神聖を持っているんですよ。それがタラスクの魔の要素である牛の神の要素を弱めてリヴァイアサン要素を引き出したって訳ですね。
リヴァイアサンは魔だろって?暴嵐が生んだって言ってるから神もくそもないって?
落ち着けそれはまだ先の話じゃ。




