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現世の英雄  作者: ぱっと見アラサーの高校生
第2章 万正、理想へと進み
33/37

第三十一話「狂義」

白装束をその身に纏ったロペスピエールがシノンの方へと振り返る。

その顔には崩れることのない笑顔が張り付けられている。



「本当の顔を見せたらどうですか」

「おや、笑顔はお嫌いですか?」

「好きですよ。そんな張り付けただけの物じゃなければ」



客人を相手するかのように礼儀良く淡々と話すロペスピエールにシノンは怒気を宿した声で返す。



「…どうやって気付いたのですか?」



声のトーンが少し下がる。敵意とまではいかずとも彼がシノンを見る目が変化した。



「貴方が組織と繋がっているのは最初から掴んでいました。高確率でその中核を担う存在であることも。

 確信を得たのは貴方方と話しをした時です。貴方を含め4名、工場への投資者に同じ質問をしました」

「それは変ですね。私は何1つ怪しい発言も動揺を露わにすることもなかったはずです」

「僕の目は他人より魔力を見ることに冴えているらしいです。人の感情も読み取れる程には…」



ローランさんからの指摘を受けて俺は自分がどれ程他人より魔力を見ることができるのかを試した。

結果、俺の目は魔力の揺らぎによる感情の変化まで見えることが分かった。

魔力と感情、魂は深く結びついている。怒れば魔力は迸り荒くなる。動揺すれば揺らぎが大きくなる。

俺はそれを利用してポーカーフェイス関係なく尋問をしていた。



「貴方だけ揺らがなかったんです」

「…」

「投資者なら少しは自身の利益や工場の職員の心配に心揺らぐものでしょうね。

 でも貴方は全てに興味がないとばかりに無関心だった」



揺らぐことなく、さもそれがなんだと言うかのようにこの人の魔力は動かなかった。

余程の極悪人、それも殺人などに快楽や愉悦を求める狂人でなければそうはならない。だがこの人からはそんな雰囲気は欠片も感じる事は出来なかった。

何より、子供を愛していた人がそんな人間であるはずがない。



「何か動機があると確信しました。貴方にとって他人の生き死にすらどうでもいいと思わせる程の何かがあるんだと」

「…実に鋭い。あの子が懐くのも納得ですね」



シノンの推理が正解だと認める様にロペスピエールは拍手送り、裁判官の席へと歩む。


あの子──レティシアの事か。



「その通り。私には目的があります。

 魔導陣の発動まで時間もあります。少し語りましょうか」



そう言ってロペスピエールは懐かしい物を見るような瞳で裁判官の席、その目の前の机の表面を撫でる。

そして過去に耽るようにロペスピエールは語り出した。



『汝を、主の慈悲によって悔い改めるまで、終身監禁に処す』



私はこの場所で法律家をしていた。

人は弱く。醜い。だがその中に必ず光はあると私は信じていた。

守りきれた被告人も、守り切れなかった被告人も私は全力で支え続けるようにした。



『申し訳ない。君の中にある光を信じて貰えなかった私の責任だ』



刑に処された者にさえ、私は謝罪の言葉を述べた。

誰に心の中にでも光がある。間違ってもやり直せる。そう信じて私は彼らへ手を差し伸べ続けて来た。

人へ向ける愛こそが人を正しく導くのだと、それこそが正しさだと信じていたからだ。



『兄さんお帰りなさい』

『お帰りお兄様』

『ただいまシャルロット、オーギュスタン』



私には妹と弟がいた。大人になっても私を傍で支え続けてくれる良い子たちだった。

裁判の結果に悔やむ日があっても、2人を思えば私はやってこれた。

2人がいるから、私は人を信じる事が出来たのだ。

2人が眩しく輝くからこそ私は他者に同じ者を見出すことができたのだ。



『先生…俺、やり直せますか?』

『ええ、できますとも私は貴方の光を知っています。

 必ず世は貴方の光を見てくれます』



人を信じ続けた。私が支えた人は、皆私を信じて努力してくれた。

自分を変えようとする彼らの姿に私は人の美しさを見た。

彼らを信じ、導き、正す。私は世界の美しさを知れたことに大きな幸せを感じていた。

だが、そんな物はまやかしに過ぎなかった。



『ただいま2人とも、聞いてくれ今日監禁されていた男性、が…』



ある日、家に帰ると2人は殺されていた。犯人は、その日釈放された私が話しかけ続けた男だった。

目の前が真っ暗になった。信じた光を失い。あると思っていた希望に裏切られた。

私は犯人を追い、捕まえ、、拘束し問いただした。



『やり直すのではないのですか?』

『結局、お前は他人事だから言えただけだ。自分や自分の家族が被害者になれば綺麗事なんて吐けなくなる。ずっと煩かったよ。汚れた世界も知らない癖に綺麗事ばかり吐くあんたがよ──っ!』

『もう十分です。十分、悪人(あなたたち)を理解しました』



私はこの手で男を殺した。そしてその夜に監獄に収容している罪人全員を殺した。

犯人がバレることはなく、死んだのが罪人なこともあって深く調査は行われなかった。


悪人に期待をするのは辞めた。人は弱く醜い。だがその中に光がある。それは善人にだけ言えることだ。

悪人は醜く、穢れ、裏切り、他者を慮れない。



「だから私は選んだのです。悪人のいない善人だけの世界を作ろうと!」



崇高な目的を話すかのように、天を仰ぎ手を広げロペスピエールは言う。

その目に迷いはない。


なるほど、タラスクを使ってこの都市──国を滅ぼして土台からやり直すつもりか。

自身の目指す目標、正しさの為ならいかなる犠牲も厭わない。まさに狂義だな。



「そのために、一度この国を平らにすると?」

「平らに…まぁそれも間違いではないでしょう」

「?」



シノンの言葉にロペスピエールが含みのある言い方で返す。だが本筋の姥久手久我変わらない以上シノンがすべきことも変わることはない。



「この計画は、私の悲願そのもの。

 邪魔されては困る」

「!」



周囲の空気の一変、口調の変化、魔力の昂ぶり。全てがシノンへ警告を鳴らし。剣を構えさせた。

同時に生跡を使用、世写の四肢(ウィガール)を身に纏い周囲にも粒子を漂わせる。



「私を殺すのですか?大勢を殺してまで正しさを優先する私を、殺すのですか?」

「いえ、倒します」



聞く者によれば、いや、誰が聞いてもこの場で殺す以外の選択肢を出すシノンは甘いと言われるだろう。

だが、それこそがシノン・ウィットミアなのだ。有り得ない。馬鹿げていると言われても自分の信じる道に進む事こそが彼なのだ。


シノンは素早く動き出し、即座に距離を詰め、剣ではなく蹴りの1撃をロペスピエールの顔に叩き込んだ。



「おっと、想像以上に速い。少し侮っていたようです」

「っ!」



シノンの蹴りは完璧に顔面を捉えた。しかしロペスピエールはその1撃を片腕で止めてみせた。

間合いに居続ける事への危機感を感じ、シノンはすぐさま距離を取ろうとロペスピエールの体を蹴りで押し、その反動で離れた。


おいおい、法律家と孤児院の管理者って仕事でいつそんな力が付く?少し手加減したとはいえ世写の四肢を纏った足を片手で止めるとは…!


ロペスピエールの異様な強さ、その正体を探ろうと視界を使い魔力を視認した時だった。

ロペスピエールの魔力に人ではない何かを感じた。



「その魔力…まさか!」

「気付きましたか。先程の話は嘘ではないようだ」



魔物の魔力!それも只の魔物の物じゃ無い。何を取り込んだ?

そうか、まさか取り込むとは思えなかった。



「タラスクの血肉を取り込んだな!」

「その通り!魔力満ち溢れるこの高揚は、貴方には止められない!」



勢いよく身に纏っていた白装束を脱ぎ去ったロペスピエールの腕や首には赤黒い線が走っていた。


力脈が魔物の魔力で拒絶反応を起こしている。タラスクの血肉を取り込めば確かに得られる効果は絶大だ。戦闘未経験者だろうがそれなりになるのには納得がいく。

だがそれが続くのは僅かな時間だけ。いずれ蝕まれてしまう。



「死ぬ気ですか?」

「正しき世の礎となるのなら本望です」



恍惚とした笑みを浮かべ死をも厭わない覚悟を語るロペスピエール。狂人でありながらもその信念の在り方は崇高であるとシノンは感じた。

言葉の投げ合いは終わり、視線が交差する数秒──互いの魔力の昂ぶりを感じ取り同時に動き出す。



再構築(ディフトロシア)

無謬の拘鎖(サルヴァシェーヌ)



同時の生跡発動。互いの背後から伸びる粒子と隋書を黒く汚染された光の鎖がぶつかる。

自身等の上部でぶつかる生跡を操りながらシノンとロペスピエールの距離も0となる。


血肉による汚染を危惧し短期決戦で終わらせようとシノンは星神剣で攻めにでる。ロペスピエールも剣相手の打ち合いは素手だと振りと判断したのか、体内を犯す魔物の力を使い腕に無数の牙を生やし受け止めた。


魔物の血の能力か!具体的な効果も何も知らないがそこまで馴染むのが早いとは。

余程の量か時間を…殺す気で行くしかない。


粒子で剣を生成しシノンは星神剣の本領、二刀流での剣戟を始める。

しかしロペスピエールはそれすらも弾く。シノンの生跡も剣術も彼は完封してみせた。

それは彼の力がシノンを上回っているからではなく、手数で上回っているからである。

鎖、腕2本、そして背中の脊椎から生えた謎の触手が6本。それらが堅牢な守りを気付き、シノンの攻撃を防いでいた。

距離を取り様子を見ようとすれば鎖と伸びた触手の攻撃を受け。近距離では反撃の危険性すら出始める。

想像以上の苦戦に、シノンは頭の回転を速め打開策を講じようとしていた。


実力は拮抗、総量の多さで俺が優勢まである。

だがこの手数が厄介すぎる。避けれているが一々回避していたら体力も精神力も先に尽きる。

脳への負担を考えれば俺があの量の手数を継続して使うのは難しい。タラスクとの戦いもある…



「いつまで逃げれますか?」

「っ!」

「逃がしませんよ」

「がはっ!」



突如前方に現れたロペスピエールの1撃を跳躍し回避したが足首を鎖で掴まれ壁に叩きつけられる。

叩きつけられた衝撃で壁を破壊しシノンは屋外へと叩き出される。



「余計な考えし過ぎた」



シノンは壁に打ち付けられた首元を手で押さえながら起き上がる。

ロペスピエールからの追撃の気配はない。


思った以上に俊敏だな。あっちは完全に殺す気かよ。

…殺す気の相手に、迷ったままで勝てるのか?出し惜しみをして勝てる相手じゃない。

この後の戦闘を考えて今負けるくらいなら──


放り出された壁からシノンは部屋へと戻る。

戻ってきた彼の姿にロペスピエールは一瞬の警戒を露わにする。



「本気でいきます。

 世写の四肢・重装(アルマトラン)

「!」



身に纏う世写の四肢がさらに粒子を吸収しより大きく重い装備へと変化する。

より精巧に、より重厚に、見た目の変化から分かるようにシノンの世写の四肢は進化を遂げていた。


ローランさんとの手合わせで掴んだこの技、まだ感覚が掴めていないせいで調整が難しいが、それもいつもの事だ。もう慣れた。


警戒していた。いつ動いても大丈夫な様に視線を外すことはしなかった。

だがロペスピエールの視界から、シノンは消えた。動揺し周囲を見回せどシノンの姿は見つからない。

焦りが加速する中で自分が影の包まれている事に気が付き、頭上を見上げる。

刹那、シノンの踵落としが叩き込まれる。



「ぐぅ!」



腕を上げどうにか受けきるが骨は折れ、衝撃で床が大きく凹む。

その1撃だけで、先程のシノンとは別物であるとロペスピエールは理解した。

脊椎から伸ばした触手で再びシノンを投げようとするも即座に引きはがされる。



「先程とは別物、ですか」

「なりふり構ってられないので」



粒子とタリアの剣を持って見違える程の速度でロペスピエールへ攻撃を仕掛ける。

先程まで悠々と防ぐことができた剣戟も、新たな世写の四肢の身体強化によって重さを増した攻撃に思わず顔が歪む。


折ったはずの腕が治ってる。タラスクの再生能力ってことか。

1撃で戦闘不能にまで持っていかなきゃいけないな。だけどさっきの攻撃でかなり警戒しているはず。

速度は申し分なかった。確実な油断を誘う。


シノンは再び加速し、撹乱しつつ相手の動揺を誘う事に徹した。



「結局沢山の人間を殺して、嫌ってる悪人と同じじゃないですか!」

「ふっ、言葉で動揺を誘うなどできませんよ」



部屋中を駆け回り粒子での遠距離攻撃をしながらシノンは話しかける。

そう簡単にロペスピエールの心はそう動かない。それは直接話し合ったシノンも重々承知している。

だがロペスピエールは話てしまった。自身の心の最奥、確信ともなる話を。



「正義に向き合うことを辞めた人間が、人に正しさを語るんですか?」

「っ!!」



シノンの言葉にロペスピエールの目が大きく開かれる。隠し続け見ぬようにした自分を他者に見られたことに激情し部屋中を触手で薙ぎ尽くす。


感情に任せた大振りの攻撃、当たる訳が無い。

失敗だったな。俺を侮って自分の過去を話したのは良くなかった。



「結局図星だったんですよね?」

「黙れ!」

「貴方は他人事だったから優しくできただけだ」

「黙れ!黙れ!」



シノンが言葉を重ねる度、ロペスピエールの激情は強くなる。

触手の速度、威力が増しても、軌道は単純。戦いで駆け引きを疎かにした者に勝利はない。

背け続けた自分の本質を語られ、耳を傾けずともシノンの言葉は耳元で囁かれるかの様に木霊した。



「だって、貴方は言い返せなかったじゃないですか」

「お前に、お前に何が分かる──!」



告げられた言葉により動揺は最高地点に達する。シノンはそれを、見逃さなかった。

生じた隙を逃すことなく、壁を足場にすることで距離を詰めた。



「分かりますよ。僕だって目を背け続けた」

「ごふぁ!」



すれ違うほんの一瞬で繰り出された二刀流の連撃がロペスピエールの体から鮮血を溢れさせる。

手足の関節を的確に切断されたことによって起き上がることは叶わない。魔物の再生力があっても全てを再生するのには多少時間を要する。



「でも、僕は貴方の様に人を傷つける真似はしなかった」



俺だって向き合うべき過去に、問題に向き合ってこなかった。

でもそれから逃げた訳じゃない。振り向けばいつだって向き合える距離に俺は居た。



「俺は、()()じゃない」

「…ははっ、力でも心でも…このような子供に敗けますか」



乾いた笑い、乾いた声で自信を嘲る。

這いつくばった状態から戦闘を続けることは無理だとシノンはそう判断し世写の四肢とまではいかずとも強張った筋肉を緩めた。



「逃げなければ、もっと違うやり方があれば、貴方は人を導けたはずです」

「そう、ですね。私はあの男の言葉に何も言い返せなかった。

 私は清い人間ではないから。結局彼らを見下していた」

「罪を償ってください。正義に向き合うのに早いも遅いもないはずです」

「いいや無理だ」

「!」



シノンが差し伸べた言葉を取れないとロペスピエールは弾いた。

髪が掛かりしかと確認はできないが故にシノンは見落としてしまっていた。彼の目はまだ諦めていない。

意趣返しをされたのだ。

肉体の再生を集中したことで動作を可能にした右腕でズボンのポケットに入れていた物を取り出す。



「追加の血肉!駄目だ。それ以上は!」

「もう遅い」



シノンが手を伸ばすも止めきれず、ロペスピエールは隠し持っていたソフトボール大のタラスクの血肉を丸呑みにする。



「ぐ、あぁぁぁぁぁ!!」

「!」



血肉を取り込んだロペスピエールはその場で激しくのた打ち回る。とりこんだ血肉の力は凄まじく、驚異的な速度で肉体の再生を完了。それだけにとどまらずロペスピエールの体は大凡人とは思えないレベルにまで変容を遂げた。



「くっ…!」



止めきれなかった悔しさが、涙となって頬を流れる。

2回り以上巨大化した肉体、片側だけが異様に発達した腕、巨体を支え得る豪脚、面積の半分が膨張した顔、数の増えた脊椎から生える触手、骨が見えている尻尾。



「これじゃあ聞けてるか分かりませんね」

「あ、あぁ」



何を話し掛けても返って来る言葉は呻き声だけ、ロペスピエールの人としての理性は変容と共に消えていた。


改めようマクシミリアン・ロペスピエール。正しさから逃げた貴方は今信念から逃げることをしなかった。やり方が間違っていたとしても、自身のなそうとしたことに命を賭けるその姿。

俺は敬意を表する。



「善人であろうと足掻き続けたその生に終わりを──」



倒すことは叶わない。ならばせめて安らかな眠りを与えよう。

無謬の拘鎖が所々黒くなってたのは魔物の魔力の影響ですね。

事例は少ないですが魔力の特性が魔に変化していってるので起こる現象です。

黒くなったりとかパターンは色々。

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