第三十話「眩しい輝き」
決戦前日の昼、大聖堂にこれまでにない緊迫感が満ちている。
いつもであれば昼時は使えなかった教会中央もランスとトゥルパン以外の聖職者がいない今であれば自由に使うことができる。
では何故大聖堂の中に2人以外の聖職者が不在であるのか。それはローランたちが謁見に向かい。市民の避難を騎士団に行わせたからだ。
都市の避難はほぼほぼ完了、事前にシノンがジャンヌの事を伏せつつタラスク復活の阻止ができないので迎え撃つと騎士団に伝えているので地下空間への突撃は行われない。
ジャンヌの事を伏せたのはあまり他言しすぎれば神の力が薄れるとジオに口止めされたからである。
「それにしても避難は思ったよりあっさりだったなジオ」
「団長がうまいこと理由作ってくれたらしいよ」
ジオの話によるとどうしても戦いが起きると言うと市民が動揺してしまうため、浮遊装置の不具合が起きたので今日1日は都市外で生活をしてほしいとバヤールさんが頭を下げたそうだ。食料や国に関する重要な情報などは船に積まれて安全になるまで海の上らしい。
準備は整った。あとは時間まで待つだけだ。
昨日の事で手がかりを掴めるかとレティシアに会いに行ったが、孤児院は子供が多い分避難が早く早々に蛻の空になっていた。結局彼女にあの本の内容を教え切れていなかったが、まぁ戦いが終わった後に話せるだろう。
「で、戦いはいつ始まるんだ?」
ローランが椅子の背もたれに顎を乗せながら言う。
「魔力式の進行具合から見て日付が変わった辺りらしいです。僕たちはタラスクの現れる都市中央部を囲む形で陣形を組み、戦闘を開始します」
昨夜、決戦時の陣形や各々の役割についてバヤールを交えてジオから詳細な説明がなされた。
ローラン等シャルルマーニュ陣営はタラスクの相手を、リネファと騎士団陣営は主力となる戦力以外をレドンプシオンの雑兵との戦闘、避難した市民の警護に、ランスは生跡が回復能力を持つことと本人の戦いに参加したい希望を汲みこちらの主要戦力が重傷を負った場合の回復、ジャンヌはジオと行動、シノンは単独での自由行動が主な役割だ。
また、妖精族の森──常若の森を始めとした他の国は自衛を選択、援軍は出さないとのことだ。
「正直、私は勝算は薄いと思っている」
「それは僕も同じです。現状では勝算は1割に満たないでしょう」
組織の団員がどうにかなったとしてもタラスクを止めなければ負けるのは目に見えている。だが現状の話だ。運命によりこちらの勝利は確定している。
だからこそすべきなことは犠牲を少なく済ませる事、そしてジャンヌさんを死なせない事だ。
唯一単独、そして独断での行動が許される立場である俺にしかできないことをやる。
この戦いは俺が終わらせる。
「こ、こんにちわ」
声がした方向へ全員が振り返る。ジャンヌだ。
決戦という事もあり胸当てなどの装備に槍を携えた住旗でジャンヌが恥ずかしそうに現れた。
シノンもそれに気付き視線を送っては見るがあの夜の宣言からジャンヌはシノンの事を避けているため顔を背けられてしまう。シノンはその反応に若干落ち込んでしまい気付かないが顔を背けつつもジャンヌの目線はシノンに向かっている。
他の十二勇士たちがジャンヌの装備を褒める中、シノンとジャンヌの様子を交互に見たローランは心の中で言った。
甘酸っぺぇ~
絶対あの子シノンの事好きじゃん。前からあんな感じだったか?
いや、確実に何かあったな!
邪推に邪推を重ねたローランはニヤニヤくねくねとしながらシノンに絡みに向かった。
「なあシノン、嬢ちゃんと何かあったな?」
「なっ!」
「図星か。まさかお前たち──」
「それはないです」
「言い切ってねぇよ」
ローランが発する言葉が読めたシノンは言い切る前に回答を投げておいた、案の定、シノンの読みは当たっていたようでローランはつまらんとばかりに口を膨れさせている。
なんて緊張感のない人だ。戦いの前だっていうのにちょっかいをだすとは。
昨日アストルフォさんも言っていたが、そんなにジャンヌさんの仕草は露骨な物なのか?
これも恋愛をしてきた人の経験って奴か。
「恋愛…」
その言葉が、底も見えない。自分がどこに浮かんでいるのか分からない。記憶の海に落ちる。
一ノ瀬シンとしての記憶が、無数の欠片となって揺蕩う中で見つけた1つの記憶。
顔も名も知らない。生前の俺を「先輩」と呼ぶ少女の記憶。
よく考えてみれば、俺は中学生から高校1年生の記憶が曖昧だ。なんとなくでは覚えているが思い出と言える記憶が一切出てこない。
あの少女が関係しているんだろうか。
「また何か考えてるな?」
「…そりゃ決戦前ですからね、考えますよ」
難しい顔をしながら顎に手を置くシノンにローランが話掛ける。
「俺はお前を最初はただの子供だと思っていた」
突然、ローランがシノンへの評価を話し始めた。
「急ですね。別に今もただの子供ですよ」
「謙遜するなよ。間違いなくこの戦いでこちらの陣営の中心はお前だ」
自分への自意識の低さからか、シノンはローランの言葉に素っ気なくい返す。
それに対してローランは冗談と受け取り話を続けた。
「子供とは思えない実力と頭脳、そして尋常ではない覚悟。いつの間にかお前を中心に物事が動くことに誰も疑問を抱かなくなっていた」
「オリヴィエさんやジオのおかげですよ」
「2人のサポートがあったからか?いや、お前の実力だ」
頑なに俺の事を褒めようとしてくるな。何言っても否定される。
ローランさんは何も考えていないようで何かを考えている様な人だ。
何度か手合わせをしたが、思い付きかと思えた奇怪な行動に何度足を救われたことか。
これもあの人なりの意図があるのかもしれない。子供の俺にその手法を使うという事は俺になら気付けるという期待もあるんだろう。
ローランの言葉の意味を何倍にも細かく、大きくシノンは解釈しようと彼の言葉を租借し始めた。
「オリヴィエはジャンヌに、俺はシノンに学ばされた。
成し遂げた先の何かの為に、人の善行があるんだと。そう思っていた俺たちにお前と彼女は見返りも何も求めずに手を差し伸べた」
騎士団として善行を行うにしてもローランは名誉を、オリヴィエは未来への利益を求めて行動していた。
そんな2人にとってこの少年と少女の存在はあまりに眩しい存在であったのだ。
「この前、謁見の時に聞かれたんだ。
正義とは何か。とな」
一瞬、シノンがローランへと視線を移す。
覗いた彼の表情はいつものおちゃらけたものではなく、問われた言葉へ真剣に今も向き合い続けているように見えた。
「俺はずっと騎士としての名誉が正義だと思っていた。
いかに騎士らしくあるかこそが正義だと…だが違った。
まだ答えは出ていないがその答えは違ったんだ。そんな確信がある」
実直なローランさんの事だ。その言葉を受け取った時から1人、延々と苦悩し続けていたんだろう。
「自分を見直せば見直す程、シノン、その先にお前が居る事に気が付いた」
ローランの顔がシノンへと向く。
自分の正義──それについて考えを巡らせる程、ローランの答えの前にはシノンが居た。
ローランは残酷な世界を知って尚自分より強く、大きく輝こうとするシノンの姿にいつの間にか手を伸ばそうとしていた。
「あんなことを言っていたが、俺はまだ大事な物に気付けてなかったって事だな」
自嘲気味に笑いながらローランはシノンに言った。
あんなこと、と言うのはきっと地下空間で話していたことだろう。戦いの中で名誉ばかりを追い求め過ぎた事への後悔はローランさんを変えた大きな出来事だ。
後悔を抱え自分の今を見たからこそこの人は変わることができた。
きっと、今もそうなんだろう。
「人なんてそんなものですよ。
自分の弱さを知った時、他人が眩しく見えるんです」
気にする必要はないと、シノンはローランに向けて微笑んだ。
それを見たローランはふっと軽く笑い1つの問いをシノンに投げる。
「これだけ、答えてくれ。
シノンにとっての正義とは、なんだ?」
それはピピンに問われた問いと全く同じものだった。
未だ答えを得られず、彷徨うだけの自分に道標を作ってもらおうとしてるかもしれない。
ただの興味かもしれない。1つの問いに多くの意味を持たせローランはシノンに聞いた。
「…正直、正しさとか。自分のやりたい様にしてきた僕にはよく分かりません。
でも、自分の行いを振り返った時に何を思って動いてたらって思うと、そこにあったのはこうなって欲しいっていう願い──理想があったんだと思います」
その先の言葉を待つようにローランは言葉を発することはしなかった。
「完璧な世を目指す。その為だけにやってきました」
「だがそれは──」
「はい。不可能です」
そんな事は分かっていると、ローランが言い切る前にシノンは言った。
自身の無力を憎み、恨み続けて来た彼だからこそ、決してできないことだというのは痛い程理解していた。
「ならどうして…」
「別にできなくたっていいんです。目指し続ける中で自分の掲げる物を見つめ続ける事こそが本当の正義。そして人の在り方です」
「!」
シノンの言葉に、ローランは何かを気付かされたかの様に目を見開く。
正解なんてない。そもそも理想自体が盤上を、規則を度返しした有り得ない答えなんだから。
正解がないからこそ、正解を作ろう。見つけようと問い続ける姿勢こそ、正義を掲げ生きる者のありべき姿だ。
「…ありがとうシノン…これで、悩みは晴れた」
雲の晴れた真っ直ぐな瞳でシノンへ感謝を告げたローランはシノンの元を離れオリヴィエ等の元へと向かった。
多分ローランさんは俺に自分の考えへの裁定を任せたんだろう。否定か肯定、そのどちらかをして欲しかったんだ。
結果的に俺は肯定した。と言うより大体の正義は肯定されるべきものだ。
本当に人の事を考えているのならその正義はあるべきであり、信じていて咎められるものではない。
「俺も、迷いはない」
誰にも聞こえない言葉を零して、シノンはその場を離れた。
ーーー
作戦の詳細などを話していたせいか、いつの間にか空は暗くなっていた。
それぞれの陣営が段々と役割を果たすための場所へと移動を始める中、シノンは1つの建物へと向かっていた。
最初に感じたのは要点の位置だ。全てが東にずれていた。1つではなく全てとなると偶然では片付けることはできなかった。
だから調べた。結果、ジオの予測した位置から魔導陣全体が東にずれていた。
ただその方が作り易かったとは考えにくい。魔導陣の中心を都市の中央からずらせばその分陣が小さくなり質も落ちる。リスクを負ってまでやるとは思えない。
何か理由があるとすればそう。アクセスのしやすさだ。組織の中核となる人間が地下空間に資料や設備を持ち込むための通路があったと思えば合点がいく。
地下空間には多くの研究資料や設備があった。それを用意できる財力、知識又は研究施設との関係性、それを持ち合わせる人物を絞っての調査だった。
最初から、そうではないかと思う人物はいた。後はそれを確信に変えるだけの作業だった。
魔導陣のずれの発覚、投資者への調査、魔導陣の中心にある建物の確認、8割の真実を9割、そして10割にした。
不気味な程人の影を感じない都市、シノンは今──裁判所の前にいる。
装備で身を包み、剣を携えたままシノンは神妙な面持ちで巨大な扉を開け中に入った。
精巧な彫刻が施された格子状の高い天井、至る所に見られる百合の紋章、石造りの壁の物寂し景観を補うようなタペストリー、その中にはタラスクの掛かれている物もあった。
シノンはそれらに目を向けつつ、最奥の扉へ向かう。
静かに鼓動が早まる。そんな自分を落ち着けるために深く呼吸をして、シノンは目の前まで来た扉に手を掛け力を込めて押し開けた。
コの字で区切られた仕切りの柵、その先にある被告席と書記官の机、高段の上がった場所にある裁判官の席が両サイドに置かれ、その奥に国王が座る椅子が用意されている。
そしてその空間の中央には白装束が立っていた。
「こんな所で何をしているんです?市民は避難したはずですが、門番に捕まらずどうやってここに?」
「…」
連続した質問、しかし白装束が答える素振りはなくシノンに背を向けたままでいる。
「外にも地下空間への入り口があったんですね。妖精族が組織にいるなら当然ですか」
挑発的な口調で語る。
相手からの反応がないのをいいことにシノンは自身の疑問に勝手に結論を付け自己完結させる。
しかしこれ以上この状況が続くのは時間の無駄だと思ったのか。シノンが切り出した。
「子供たちに顔向けできるんですか?」
「…」
「人を殺し続け血肉にまで鉄の匂いの沁みついたその手で子供たちを抱き上げられますか?」
シノンの切り込んだ発言に白装束の纏う雰囲気が変化する。
自分から名乗りでるのを待っていたシノンだが、言葉遊びを諦めて剣を引き抜いた。
どうせ覚悟していふ。今更何を言ったところで貴方には無駄だと分かっている。
でも貴方のその姿を見たら、彼女はどう思うでしょうね。
引き抜いた剣を白装束の背中を向け、シノンは怒気を孕んだ声を上げる。
「答えろ!マクシミリアン・ロペスピエール!」
「…知らぬままでいればよかったものを」
告げられた名を持つ貴族が、シノンの方へと振り返る。
分かっていたシノンでさえも、現実を目の当たりすした瞬間、僅かに抱いていた希望が消え唇を噛んだ。




