第二十九話「何気ない一言」
今回のタイトルは2人にかかっている。
「それじゃあこれまで!皆筋が良いね」
「はーい!」
晴天の下、孤児院の子供たちはシノンの一言で解散する。
今日、シノンは孤児院の子供たちに自身の持つ知識を伝授しに来ていた。
戦いが待っている今、ジャンヌ──聖女の運命によって阻止は不可能となったタラスクの復活までにシノンは孤児院の子供たちの今後の為教えられることを教えていた。
基礎的な魔導の知識、世界の大陸や種族など、俺が10年で得た知識を限界まで簡略化させて伝えたがやっぱり子供に話すとなると言葉を選び過ぎて難しいな。
──親がいないこの子たちは、都市の崩壊と同時に唯一の家まで失う。貴族が育ての親だとしてもこの人数を育てながらでは孤児院の再建までに時間も金もかかる。
今の内に将来に役立つことを教えておけばこの子たちの未来の一助になれるはずだ。
自身の教えたことを熱心に友達と共有したり、簡単な剣術を木の枝で実戦したりする子供たちを眺めるシノンの横に孤児院の管理者であるロペスピエールが並ぶ。
「ありがとうございます。シノン殿、私も勉強は教えるのですが簡単な算術や語学が限界でしたので」
「やりたくてやっていることなので、気にしないでください。この数の子供たち相手に毎日笑顔を守れているマクシミリアン殿の方が僕よりよっぽどすごいですよ」
孤児院の子供は35人、この数を全て1人で面倒を見ることは簡単ではない。年齢もばらつきがあるのに纏め上げれている時点でこの人は立派だ。日本の教育でもいくつかのサポートの上で約30人程度を担当する教師はいるものの全てを担うとなると過労死RTAが始ってしまう。
「そういえば、あの子が見えませんね?」
シノンが庭で遊ぶ子供たちの中に昨日出会った少女がいないことに気付く。
「あの子、と言いますと?」
「レティシアと言う子です」
「ああ、その子ですか」
レティシアの名を聞いたロペスピエールは複雑そうな顔を浮かべた。
その様子にシノンは首を傾げる。
「あの子は他の子と関わりを持ちたがらなくてですね。私には懐いているのですが…」
「人見知りですか。確かに昨日会った時もあなり会話が弾みませんでした」
「あの子が初対面で逃げ出さないだけ珍しいものですよ」
初手逃げられる展開も有り得たのか。ってことは俺は上手く接することができたということだろう。
高校の時の俺は無口だったからな。部類は違えど気持ちはよく分かる。心通じる者として何か見出してくれたんだと思いたい。
「あの子が気になるのでしたらきっと屋敷の裏にいますよ」
「…では、お言葉に甘えて」
「ええ、応援していますよ」
一切表情を崩すことなくロペスピエールはシノンにレティシアの場所を教えグッとポーズをしながら少女の元へ向かうシノンの背中を見送る。
あの人、俺とレティシアの歳が近いからって何か変な考えをしてないか?
肉体の年齢は10歳でも精神はアラサーだ。ここで同年代に手を出せばロリコンのレッテルを自分で貼ることになってしまう。それはプライドが許さない。
ロペスピエールの計らいに呆れつつもシノンは屋敷の裏へ到着し、昨日シノンたちが交渉を行った椅子に座りながら本を机に広げて読むレティシアの姿を見つけた。
レティシアは本の内容を理解しようとしているが難解さに頭を抱え困った顔をしていた。それを察したシノンがレティシアの後ろに歩み寄り静かに読んでいる本の内容を覗いた。
「生跡の全集か」
「!」
シノンがぽつりと零した言葉、思った以上に詰められていた距離に驚いたレティシアの肩が跳ね勢いよく振り返る。
「あ、ごめんね!読んだことのある本だったからつい…」
「よ、読んだことあるんですか?」
最初は驚いたもののレティシアはシノンの言葉に食いついた。
「結構前だけどね。どこか分からない所があるの?」
レティシアと対面になる椅子に腰を掛けながら、先程の困った顔の真意を聞き出す。
生跡の全集は読めば生跡についての大体の事が分かるが子供が読むとなると難易度がやや高い。大人に読んでもらうのが一番だろう。
俺も読み聞かせて貰っとまではいかないが、分からない部分を母さんや父さんに聞いていた。
シノンの質問に応え、レティシアがページを広げてみせる。
そこに描かれていたのは生跡と魔導の連携に関しての記述だった。
「かなり難しい所を読んでるんだね。他の所は理解できたの?」
「一応は…できました」
驚いた。この歳でそこまで理解ができているのなら才能と言っていいだろう。前世の記憶と知識なんてチートを使っている俺よりよっぽど優秀だ。
「よし。じゃあ生跡と魔導の連携、その基礎から話していこうか」
「はい!」
好きな物に輝く目は、他の子と同じなんだな。
「まず魔導とは魔術や魔法などの魔力を使用し起こす現象の総称でありその言葉の持つ範囲はとても広い。生跡は個人で1つの特殊な魔導のようなもので10歳までに体に術式が刻まれることが基本とされている」
基本、とあえて断言しないのは以前も言った通りこの世界の教育は完全な物ではないから、そして魔力という未だ謎の多い事柄の説明を行っているからだ。
「魔導は一般的な物だと魔力式が上げられる。決まった式を魔力で構築することで書かれた現象を引き出すことだ。魔導陣なんかが一番一般的かな?」
魔力式にも種類がある。単一の式で構成される素片式、2つ以上を繋げた連鎖式、ミラーナの浮遊装置のような常に発動し続ける恒式の3つだ。
そして魔導陣を用いるのは主に複数の魔法や魔術を組み合わせて使う場合だ。
陣を用いない魔力式は《火→飛ばす→拡散》程度しかできないが陣を使い他の魔導を組み合わせると《火→強化→飛ばす→軌道変更→拡散》と、多種多様な要素を組み込めるようになる。
「難しいのはここからかな?生跡には魔法や魔術の力を持つ物が多い。火の生跡は属性魔術、重力の操作だと現象魔法に関連している。これは生跡と魔導が同じ何かを基にしていることを示す」
「…あの」
シノンの解説を聞いたレティシアがページを眺めてから困った様子で声を掛けた。
「どうかした?」
「えっと、生跡と魔導が同じ何かを基にしているって言うのはどこに書いてあるんですか?」
「ああそれか。書いてないよ。これは僕が独自に出した結論だからね」
「え?」
俺は全ての知識に自身の解釈を持ち込んでいる。勿論既にある理論を大きく逸脱するような解釈は持ち込んでいない。あくまで考察の域を出ない物だ。
「じゃあここで1つ人生の教えを与えよう。
本で見た物、人から聞いた事ばかりを信用するな。君の目で見た物こそ真実だ。
まぁ違う場合もあるけど…」
なんともしまらない言葉だがこの教えはとても大事だ。本の知識を鵜呑みにして間違った知識のまま成長しては後々大変なことになる。だからこそ自分の感受したことを一番に信じろという事だ。
だがこれを人間関係に持ち出すと大変な事になる。喧嘩なんかがいい例だ。喧嘩の始まりから終わりまでその全容を全て知らなければ間違った視点のまま判断を下してしまう。
あくまでこの言葉は学問にのみ言えることだと俺は思う。
シノンの言葉を受けてレティシアは驚いたような、呆けた様な、自分が変われる決定的な何かを得たように目を輝かせた。
「自分の目で、見た物が全て…」
受け取った言葉を言い聞かせるように小声で何度も唱える。
そんな大層な言葉を言った訳じゃないんだけどな。何気ない一言でも、この子の中では大きかったってことか。
思った以上に自身の言葉を嚙みしめるレティシアの様に本来の彼女を見つけて少し頬が緩んだシノン、そのすぐ傍までレティシアが距離を詰めた。
「あ、あの…」
「?──どうかしたか?」
よく緊張で言葉が詰まるレティシアだが、今回はそれと様子が違う。顔は赤く染めあがり、身長差の影響でシノンを見上げる瞳にもどこか興味のような物が混じって見えた。
「先輩って読んじゃ駄目ですか?」
「せんぱい?」
「はい。私よりずっと知識があって、先生みたいで…でも、先生はもういるので先輩って呼びたくて…駄目、ですか?」
いつになく饒舌、それでいて珍しいお願い。短すぎる交友機関の俺でもよく分かる。
少し尊敬が大きい気がするが、これは彼女なりに俺と仲良くなろうとしてくれているんだろう。
断るわけにはいかないな。
「ああ、問題ない──ぞ…」
「?」
レティシアのお願いに快く答えようとしたシノンの視界に移る少女の姿が歪み、顔も名前も知らない黒髪と制服を着た少女の姿が重なる。
シノンの瞳が、激しく揺れる。
誰だ?君は誰だ?
俺は君の顔も、性格も、名前も知らない。
でもなんで──君の声が流れて来るんだ?
シノンの頭に顔も見えない少女の声が、幾重にも重なり金切声の様に脳に響く。
程なく続いた後、共振でグラスが割れる様にシノンが無意識で固く閉ざしていた記憶の境界が砕ける。
気付けばシノンは夕暮れの見える高校の教室に居た。
辛うじて記憶にある転校する前にいた中高一貫の高校、俺が1年時に在学していた場所だ。
俺はさっきまで孤児院にいたはず、どうしてここに?
シノンが窓に反射する自分の姿を確認しても映る姿はシノン・ウィットミアの物、決して前世を過ごした一ノ瀬シンではない。
状況が飲み込めず混乱するシノン。その彼の背後、教室の後ろにある扉から男の声がした。
『なんで毎度俺が迎えに来るんだ。▯▯』
恐らく探していた人物の名前であろう部分はノイズが入った様な音でシノンの耳に届くことはなかった。
だが、それ以外の情報がシノンを驚かせた。
男の声だ。それは前世で何度も聞いた声、生まれてから死ぬまで聞き続けた自分の声だった。
「俺?」
声の方へ振り返ると、そこには息を切らして扉に寄りかかりながら教室の中にある何かを睨む一ノ瀬シンの姿があった。
しかし、シノンの記憶にこのような情景はない。
『ふふふ、そろそろ来ると思っていましたよ。
よくぞここが分かりましたね先輩!』
『いやここお前の教室だろ』
『いたっ』
ビデオの時間を飛ばすように、一瞬で扉に寄りかかっていたシンがシノンの背後に現れる。
そしてそのすぐ前にシンの事を先輩と呼ぶ少女がいた。
少女は自身の教室であるにも関わらず隠れていた気になったようでそれをシンに指摘され軽く頭にチョップを打たれた。少女の顔は、まだ見えない。
『可愛い後輩に暴力とは、サイテーな先輩ですね!』
『そうかじゃあ俺は帰る』
『あぁ~待ってください私が悪かったですから』
『分かったから離せ!制服が伸びる!』
少女の罵倒に苛立ちを見せ、態と素っ気ない態度を見せた途端にシンの制服に少女がしがみ付いた。
シンは鬱陶しいと怒りつつも、どこかその表情の中に幸福感を覚えていた。
また場面が切り替わる。
夕焼けを一身浴びる高校からの帰り道、田んぼだらけとは言わずとも田舎には変わりない道を先程の少女とシンが並んで歩いている。
『先輩は将来なりたいものとかありますか?』
「藪から棒だな。
…少なくとも人を笑顔にできる人間になりたいよ」
まだ明確には決まっていないのか。シンは確かな答えは出さずにそう言った。
『なんだかロマンチックですね~』
『なら▯▯は決まってるのか?』
『えー私ですか?』
少女はシンの顔を悪戯な笑みで覗いたあと、シンの少し先へ駆けて振り返った。
『私は──▯▯▯▯▯▯▯たいです』
最後の言葉は聞こえなかった。でもそれを言った少女の顔が心から望んでいる様に見えた。
届くはずのない記憶の残照に手を伸ばしたシノンの手は空を切ったところで視界が暗転し現実へと引き戻された。
「──!」
「ンさん。シノン、さん?
もしかして駄目でしたか?」
目を──意識を覚ますと、レティシアが不安そうにシノンの顔を覗いていた。
彼女の心配度合いからしてあの景色を見ている間こちらの時間は進んですらいなかったのだろうとシノンは判断した。
あまりの情報量に頭を押さえたくなる気持ちをどうにか抑えシノンは何でもないように振舞うことにした。
「いいや。大丈夫だ。
レティシアの好きなように呼んでくれ」
「ほ、本当ですか!?
じゃあ…せん、ぱい」
「ああ、先輩だぞ!」
レティシアを不安にさせないように普段以上に自身を隠す。幼さ故かレティシアがそれに気付くことはなくシノンに先輩と呼ぶことを許されたことに頬を赤く染めていた。
決戦前だって言うのに、考え事増えたな。
女子って同年代より大人な人好きって聞いた。
からそれを鵜呑みにして書いた。経験はない。
何も言うな。




