第二十七話「この誓いを貴方に」
「組織の人間が分かったんですか!?」
「しー!公でその声量はまずいですよ!」
「あ、すみません」
大声で反応し注目を集めたことを指摘されたジャンヌが申し訳なさそうにする。
「詳細を話すのは決戦の前になります」
「シノン君がそういうのなら、私は信じます。
ここからは何をするんですか?」
「おそらくローランさんたちがリスティア国王に交渉に向かっている頃、時間がありますし2つやることがあるので手伝ってもらっていいですか?」
「はい、勿論です!」
シノンの申し出にジャンヌは身を乗り出して食いつく。
ジャンヌの心は高揚している。最近は関わりが無くなっていたシノンとの関わりができたのだ。
彼女の中で見た目は幼くもその精神性は大人にも引けを取らない彼の姿はジャンヌも憧れ、そして恋焦がれる姿があった。
そんなシノンとの時間は特別な物になっているのかもしれない。
2つのやる事の内の1つを片付けるべくシノンはジャンヌを連れて大図書館へと向かった。
大図書館──ミラーナにある大規模施設の中でも大聖堂に並んで数えられる施設であり、大陸中の図書館の中でも保有している蔵書の数は豊富と言われている。
「ジャンヌさーん、全部見つけました!」
「ほ、本当にすごい量ですね…」
シノンの腕に抱えられている本は多く、シノンの顔を隠す程に積みあがっている。
シノンは本を机に置き頂点の本から順に読もうと手に取る。
「魔力式に土地の権利者名簿、関連性が無いように思えますが…」
「実際ありませんよ。ここに来たのは、僕の懸念を晴らすためです」
シノンが運んだ本の内容はどれもバラバラであり、関連性は一切ない。
権利者名簿、魔力式の種類と効果をまとめた物、魔獣戦跡と名のついたタラスクについての本などだ。
今日は色々な疑いを晴らす日だ。調べてきて感じた違和感を全て解消する。
持ってきた本をジャンヌと分担しつつシノンは読み進める。ジャンヌには簡単な本を渡し読み終えれば要約した内容をシノンに伝える役割を任せる。
「タラスクとの戦いは大規模なものになっていたようですね」
「そうなんですか?」
「はい。この本によるとタラスクは生れ落ちたその場所から大地を踏み鳴らしながら進行し続けていたとか」
聞くだけでも最悪の光景だ。止めることのできない災害に近い生物が土地を荒らし尽くしていくんだからな。
しかし悪いことだけでもなかったらしい。ここから南にあるドレアン諸量までの道はタラスクが踏み鳴らしたことで大きく切り開かれ2つの国を繋ぐ道を作ったそうだ。
「やはり、弱点になりそうな情報はどこにもないようですね」
シノンは読み終えた本を閉じて次の本を手に取る。
「聖女マルタ」について、聖女についての文献を探してもシノンが見つけることのできた文献はとても偉人が書き記されているとは思えない程薄い1冊だけだった。
内容を見ようと本を開け読み進めるもページを捲る手が休まることはない。内容さえもあまりに記されている内容が薄いのだ。
どれもこれも詳細な情報──証拠を基にした情報がない。本の内容は起きた事柄から推察した物ばかり、まるで神話を語るような文面だ。
本当に聖女マルタという存在は居たのだろうか。なんて考えてしまう程には内容に現実味がない。
あまりに参考にならないと思いつつも全ての本を読み終えたシノンは隣で熱心に本に目を通すジャンヌに視線を移す。
前世では聖女マルタと同じく聖女の名を与えられた彼女の未来、それを思うシノンの瞳には慈愛が宿る。
本の最後には記されている。「聖女マルタは水となり世に満ちた」これが聖女マルタの最後であると、まるで死んだかのように描かれている。
聖女マルタはタラスクの出現の少し後に現れた聖女、その活躍はあまりに短くタラスクの討伐と共に姿を消した。最後の一文が何かの比喩ならどういう意味なのか。悪い方向へ考えてしまう自分が嫌で仕方ない。
本を取る手を止め、シノンはジャンヌを見詰める。彼女は熱心に本を読み続ける。
ふと、ジャンヌが手を止めシノンに本を見せて来た。
「シノン君見てください。この2つの魔力式、とても似ていませんか?」
「蘇生魔法の魔力式と錬金魔術の魔力式ですか。確かにとても似ていますね」
確かに似ている。違いを聞かれれば錬金魔術の方が1つ層が多い程度だろうか。
「こんな共通点を見つけるとは、ジャンヌさんはすごいですね」
「!──褒めないでください。その、恥ずかしいので」
「…すいません──」
シノンがいつもの様にジャンヌを褒めるとジャンヌは照れくさそうに顔を逸らした。
シノンから顔が見えることはないが彼女の耳が赤く染まっているのは見えていた。(気付いてはない)
最近、ジャンヌさんの入れ替わりは意識が途切れなくても起こるようになった。出会ってから少し経ったことで見分けられるようにもなったが、それでも細かい人格の差は見落としがちだ。
今はきっと子供ではない。大人の方の人格だろう。
俺は、彼女に何をしてあげられるんだろうか。ずっと思い走り続ける。
教えて欲しい。あの時の涙は、まだ流れているのか?
図書館での時間が終わり、2人はやることを終えるためにまた都市に出た。
最後に向かう場所は、裁判所だった。
だがそこで何をするでもなく、ただ場所を確認して、シノンはジャンヌと共にその場を離れた。
ーーー
夕刻、鳥の鳴き声や道を歩く家族の声を聴きながら大聖堂の1室でシノン、ジオ、リネファが会していた。
「リネファさん、魔力式の進行はどうでした?」
「聞いたところ、準備は残り3日で終了する」
「時間はあるようだね」
俺は今朝、それぞれに役割を与えた。ローランさんたちには騎士団への報告と王への謁見、俺とジャンヌさんは蔵書の調べと座標の確認、リネファさんには一度地下へ戻り、組織の人間に魔力式の進行状況を聞きに行ってもらうことだった。
事前にリネファさんからレドンプシオンは組織として団結しているものの個人間で関わりがほとんどない。それによって誰が死ぬか消えても気付かれないことが多いらしい。
「3日か…」
「作戦を練るのに1日を使うとして、何かやりたいことがあるのかい?」
「──作戦は任せる。その代わり、俺を戦力に入れず自由行動にしてくれ」
「君も十分戦力だから中々に痛手なんだけどね」
我儘ともとれるシノンの発言にジオは困った様子で頭を掻く。
「大丈夫だ。戦力には必ずなる」
「…信頼しているよ。シノン」
「ありがとう、ジオ」
戦いには不介入なジオだが、頭を使う場面では手助けをしてくれる。
本当にジオが居なければ俺自身できないことが多くある。
「君から感謝なんて珍しいね」
「そうでもないだろ」
「…ジャンヌさんのことかい?」
「!」
隠そうとするもジオの目に映るシノンは「ジャンヌ」という言葉に反応していた。
ジオの目配せもあり2人の雰囲気を察しリネファが部屋から退出する。
「焦り、かな?」
「俺は…まだ何もできてない。
ジャンヌさんが笑っておる時も、頭の裏には泣いていた顔が浮かんでくる」
決戦は近い。考えることが多くて頭が痛くなる。
「他の物を考えている時でも、俺はあの人が心配なんだ。
理由はないけど、ふと消えてなくなりそうな気がするから」
シノンの言葉にジオが返すことはない。相槌も何も必要ない。
只、不安を宿し下を向くシノンの目を見詰める。
「以前、言ったことを覚えているかい?」
シノンはその言葉を聞いて一瞬思考する。
前に言った言葉?ジャンヌさん関連の話ならここに来るまでの──
「心当たり、か」
「ああ」
「確証を得たのか?」
「証拠、ではないけどね。僕の中で結論は出た」
感情が高ぶり、シノンは立ち上がる。
「教えてくれ。それがなんなのか。それは解決できるのか?」
本当に君は異常だよ。シノン。
ジオの目に映るシノンは救いを求める様にジオの言葉を待っている。
「聖人、又は聖女──それは突如として現れ、そして突如として消える存在。
その誕生と消滅は世の危機と結びついていると古くから信じられている」
「…」
口を挟むことなくシノンはジオの言葉に耳を傾ける。
「聖女に選ばれるには幾つかの条件があると言われている。人族であり、若く、善心を持つこと。聖神はその条件を満たす者を選び加護を与える。
その加護は莫大な力と強力な能力。でもそれ程の力を使うには代償が伴う」
昼頃、目と押した1冊の薄い本がシノンの脳裏に過る。
「──この世界からの消滅だ」
「っ!」
例えであって欲しかった。あの本の最後を飾る言葉に、それほどそう感じていただろう。
思えば聖女の存在を知った時から自然と、ジャンヌさんも同じ存在なのではと感じるようになっていた。
だからあの文を見た時、俺は強く願った。
「止められないのか?」
あるかもしれない救いに縋るようにシノンはジオの腕を掴む。
「残念ながら、これは神と人の盟約だ。原初の聖人が結んだ契りはこの時代を生きる者が壊せる物じゃない」
「…」
ジオの腕を掴むシノンの手から力が無くなり、体を預ける様にソファに腰を下ろした。
シノンの頭は未だジオの言葉を理解ができていない。いや、理解を拒んでいた。
「戦線から彼女を外せばどうなる」
「定まった運命は変わらない。結末は同じさ」
「タラスクの復活は避けられないってことか」
「勝利もね」
大勢の人は喜ぶはずだ。勝利の決まっている戦い。神様が定めてくれてるんだ。これ以上ない確証じゃないか。
でも、その犠牲がなんで──
「なんでジャンヌさんなんだ」
運命で結びついたタラスクとジャンヌの決戦は確定事項、過程で流れる血や犠牲は変化しても結末が変わることはない。
激情により強く握られた拳からは爪が皮膚へ刺さり血が流れる。
「ジャンヌさんは全部知っているのか?」
「聖神は聖女を選ぶ際に全てを説明する。彼女はい今自分に起きている事、そして自分の最後をもう知っているよ」
「っ!──じゃあ、戦うななんて言えなぇよ」
戦いすら知らない1人の少女が、覚悟を決めてここまで来た。
その決意を汚すことは、誰にも許されたことではない。
「じゃああの涙は何だったんだ。ジャンヌさんは自分じゃ駄目だって──」
「聖女は人格を強制的に成長させられるんだ。臆病な子もいるからね。
シノンいいかい?聖女とは神造的に作られた英雄なんだよ」
じゃあなんだよ。本来の自分じゃできないから、聖女としての自分にまかせて悲しみも何もかも隠そうとしてたって言うのか?
シノンの記憶が、泣いていた少女を映し出す。
必死に隠そうとしてたんだ。出てこないようにしてた。
じゃあなんで聖女としての人格じゃない本来のジャンヌさんが出てきてたんだ。
シノンは黙ったまま立ち上がる。ジオはそれを見て止もしなければ言葉も掛けない。
その背中が示す覚悟を信じてシノンを部屋から送り出した。
ジャンヌを探し、シノンは大聖堂を駆け続けた。
誰に言葉を掛けられても振り返らず、只1人の少女を探して駆け続けた。
大聖堂の中を回り尽くし辿り着いた最後の場所、月が輝き星が照らす屋上でシノンは少女の姿を見つけた。
「ジャンヌさん」
シノンは思わずその名を呼んだ。聞こえるはずのない声量で。
だが彼女は振り返った。
シノンとジャンヌの目が合う。瞳だけでもう分かる。
そこに居るのは聖女ジャンヌ。ダルクではなく少女としてのジャンヌ・ダルクであることを。
シノンの足はジャンヌへと向かい、目の前で止まる。
「ジャンヌさん…」
再び名を呼ぶ。その声色だけで、ジャンヌは理解した。
「ジオさんですか?」
「…はい」
誰から教えてもらったのか。なんて前置きが無くても2人の会話は互いの意図を汲んでいた。
「安心してください。もう覚悟は決めてます。
ずっと前から──決めてました」
シノンを安心させるためだけの取り繕った言葉、彼女自身も分かっているはずだ今の自分がちゃんと笑えて異なことが。
ぎこちない笑顔、抑えようとする力より強く溢れようとする感情漏れ出た笑顔。
その笑顔を見たシノンは言葉を選ぶことなどせず、気持ちのままに吐き出す。
「じゃあなんで!なんで俺にあの本当の貴方を見せたんですか。
なんで今、少女の貴方でいるんですか。
なんで──あの時泣いていたんですか!」
見せなければ良かったのだ。自分の弱さなど、見せるべきではなかった。
あの時何故ただの少年相手に、あそこまで自分を晒してしまったのか、ジャンヌは分からなかった。
だがシノンと接する内に、シノンを知る内にその理由を知り出した。
「僕は泣いて少女を見なかった事にはしない」
シノンはその場に膝を着きジャンヌに目線を合わせ、彼女の手を取る。
この言葉の重みを知った上で、本人に向けて言うなんて馬鹿げてるなんて言われてしまうんだろうか。
でも、それでも俺はこの人に伝えたい。
あの日、1人で掲げた誓いを、貴方との約束にするために。
「ジャンヌさん。
僕は──貴方を救います」
自分が犠牲になる事にはとことん躊躇しない男、それがシノンである
解説
・運命というのは定まっていてその運命が定めた世界の存在はほぼ抵抗できません。
・ジオは最初からジャンヌが聖女であることに気付いていましたが彼女の意志が本当に救いを求めているのか確認するために様子見してました。
確証って言うのはこれの事ですね。




