第二十六話「各々の話し合い」
「君たちの話を聞こうか」
シャルルはシノンの考えを見透かしているのか、「交渉」ではなく「君たちの話」と言って身を乗り出した。
その言葉に、シノン自身も眉を潜めた。
「気付いて、いるんですね」
「最初から何かあるとは気付いていたが、使者が子供だったのが一番だね」
落ち着いて淡々と話すシャルルには大人の余裕というものを十分に感じる。
この余裕、崩せる気がしないな。そもそも俺自身探り合いは初めてなんだ。最終手段は脅迫、それまでは穏便に話を続ける。
「工場の騒ぎ、かなり事件になりましたね」
「それなら聞き及んでいるよ。投資していた身として残念だ」
「投資、ですか?何故工場に投資をしていたんですか?」
投資をしていた事に関してまるで初めて知った様な態度を取りながら興味を持った演技をしつつシノンは最初の探りを入れた。
「私は先を見据え続けているんだ。それにより交易の流れを掴む。工場の産業でも同じことだ。
あそこの研究は必ず新たな時代を作ると私は期待しているんだ」
「だから投資を…」
職業柄から見ても不審がる点は一切ない。踏み込むか。
「魔力体と血肉…この2つをご存じですか?」
「当然だね。投資者ならば何を研究しているかは知っている」
「工場の事件はどの程度ご存じですか?」
「起こったという事以外は何も。まるで質問攻めだね」
回答に迷いもない。手慣れているか完全な白か。
投資者にも何が奪われたでかまは伝わっていないか。まず1つ目の情報だ。
シノンの質問が途切れた時、ジャンヌが顔を寄せ小声で話しかける。
「シノン君、どうやって断定するんですか」
「まぁ見ててください。きっと分かります」
この話し合いの場においてどうやれば犯人の特定ができるのか。
それはとても簡単だ。全員に同じ質問をすればいい。一寸たがわず何もかも同じ質問をする。
さっきは間違えたがここからは人ごとに回答が変わらない様に職業や家族について語るような質問は避けつつ進行する。
シノンがテンプレート化した質問を淡々と聞いていく。
「事件の日は何を?」
「白い布を被った人々を知っていますか?」
「犯罪者が牢で殺されるうわさがあるようですね?」
時に関係のない質問を投げかけることで逆に会話に違和感を持つように誘ったりしてなど工夫を凝らしてシノンは質問を終えた。
「──なるほど、僕から聞きたいのは以上です」
「おや?もういいのかい?」
「ええ、捜査に協力いただきありがとうございます」
「もう隠さないようだね」
どうせ始めからただの話し合いじゃないことくらい気付いているんだし取り繕う意味もないだろう。
「陛下にはこちらから話を通しておきます。伯爵は信頼のできるお方ですと」
「ではお願いしようか」
「失礼します」
シノンとジャンヌが椅子を立ち上がり部屋を去る。ジャンヌは最後の最後まで部屋の空気に緊張していた。扉が閉まり少しの静寂が場を包むとジャンヌがそれを破いた。
「結局分かりませんでした!」
「やっぱりそうですか…」
「やっぱりですか?」
「まぁその話は終わった時にします。あと3人、さっさと回っちゃいましょう」
やっぱりアレにジャンヌさんが気付くことはなかったか。気付きにくいとは思ったとはけど──だが進展はあった。残り3人、全てを探り終えれば必ず組織の人間かが分かる。
それに、あなたの事も調べないとだからな。
屋敷から出シノンたちはてランスから貰った情報の場所へ向かう。
ーーー
「どうか!お願いできないでしょうか!」
部屋の中にローランの大きな声が響く。
場所はローラン、オリヴィエ、アストルフォ、トゥルパンの元へと移る。シノンたちが投資者の元を回っている間、彼らは鎧を身に着け騎士団の元へ報告、そして謁見を行っていた。
王へ頭を下げ懇願する姿を玉座に座る男は見下ろす。
「息子の従者だからと通してみれば民をこの都市から外に出せと?」
「これはこの国の行く末に関わる事です」
リスティアを治める王にしてローラン等が忠誠を誓いしシャルルマーニュの父──ピピンはローランの申し出に疑念を抱いている。
しかしローランは退くことなく普段とは違う騎士の風格を感じさせる眼差しを送る。
「貴様らの言い分ではそうなる前に止めることも可能ではないのか」
「ですので最終手段として容認していただきたいのです」
「ならん」
「何故です!?」
ローランが立ち上がりピピンに問いかける。
「民の不安を煽るなどしてはならない。貴様も理解はできるだろう」
「っ!ですが──」
「何がそこまで貴様らを動かす」
「!」
民の不安が強まれば苦に進む方向が歪む。それは血族であるローランには理解のできることだ。
だがそれを飲み込めはしなかった。
ピピンの問いに狼狽えるローランの前にオリヴィエが出る。
「国ではなく民を見るべきです。最終手段とローランは言いましただその時がいつかは分からない。
今すぐにでも!」
「分かっておらんな。余は全てを見ている。故にならんと言っているのだ」
「何故ですか」
「全て無駄だと言っているのだ。地下空間、魔力式、証拠を聞くにもう間に合わんだろう。
民を逃がしてもかの魔獣は全てを蹂躙するだろう」
ピピンの言う事は現実的だ。タラスクを止めることのできる勢力はこの都市にいない。期間から見ても増援は間に合わないだろう。妖精族も、自身の森を守ることで全ての力を使うはずだ。
タラスクはその命果てるまで蹂躙を続けるだろう。どこまで逃げたところで逃げ切ることはできない。
「問おう。貴様ら正義とはなんだ」
「正義…」
「余の正義は現実だ。理想など信じる続けるだけ自身を苦しめるだけだ。
ならば現実を現実のまま終わらせることこそ最大限民にできることだろう」
その場にいる4人が俯く。揺らぐ事のないリアリストであるピピンの言葉は残酷なまでに現実を突きつける。
オリヴィエも、根柢の考えはピピンに似ている。勇者や英雄になろうとするローランを一度は罵った身としてそれを否定することはできない。
何も言えない。私は、彼の言葉を聞いた上で何もできなのか…
不甲斐なさにオリヴィエは唇を噛む。最早この場に挽回の手はない。
そんな時、オリヴィエの肩に手が置かれた。ローランの手だ。
「何も知らぬ者が理想を語ればそれは笑われるでしょう。ですが彼は残酷な現実を知っても理想に手を伸ばし続けています。
俺は、そんな彼を信じてみたみたい」
顔を上げ再びピピンを見詰めるローランの瞳にどれほどの思いがあるのだろうか。昨晩のシノンの言葉は全員が聞いていた。
シノンの見て、経験してきたことが詳細に語られた訳ではない。しかし言葉の重みは十分すぎる以上にあった。ローランは理想を追い後悔した者として、オリヴィエは常に現実を見続けた者としてシノンの言葉に感じる事があった。
ローランの心からの訴えが、オリヴィエを動かす。
「あなたの敵になるとしても、許しを得れなければ私たちは民を避難させます。
それでは」
「オリヴィエ殿!」
「止めるなトゥルパン!これしかないだろう!」
交渉はできないと諦め踵を返すオリヴィエをトゥルパンが止める。トゥルパンが抑えるオリヴィエの顔には抑えきれない激情が映っている。
その様子を眺めるピピンは少し考えた末に溜息を零した。
「よかろう」
「…え?い、今何んと?」
「よかろうと言ったのだ。ただし条件がある。
魔獣を止めきれなければ責任の全てをカールに背負わせる。それでも、貴様らはやるというのか」
覚悟を図るピピンの瞳に刺されながらオリヴィエとローランは顔を見合わせ応える。
「「勿論です」」
その言葉にピピンは静かに口角を上げ、アストルフォはやれやれと肩をすくめ、トゥルパンは事態が上手く収まったことに安堵した。
「では去るがいい。貴様らが再度謁見に来た時、その時に民を避難させるとしよう」
「感謝します。王よ」
その場に跪きピピンに深く頭を下げてから4人はその場を後にした。
王城の廊下を歩いている時、アストルフォがにやにやと悪戯な笑みを浮かべてオリヴィエに聞いた。
「あんなに感情が出てるオリヴィエ久しぶりに見たな~」
「なっ!」
「ローラン殿を泣きながら叱った時以来でしょうか」
「おいトゥルパン!」
「オリヴィエ赤くなってる!」
「アストルフォ貴様ぁ!」
馬鹿にしていたオリヴィエに我慢の限界が訪れ、アストルフォが逃走するが彼女の俊足に敵うはずもなく即確保、頭を掴まれアイアンクローをお見舞いされる。
「ちょっと!冗談だってオリヴィエ!ごめん!本当に!あっ──」
「あ、落ちた」
「預かっておきます」
オリヴィエはまるで当然の事かの様にアイアンクローに耐え兼ね気絶したアストルフォをトゥルパンに任せて廊下を歩く。
「まぁ意外なのは俺も思ったぞ。何かあったのか?」
「…ジャンヌだ。寝る前に彼女と話していると本当に自分の汚さを思い知らされる。
聖剣を探そうと言い出した時もそうだ。彼らは正義感だけで助けを申し出てくれた。
そんな姿を見ていたら純粋な気持ちで人を助けたいと願い続ける2人に、少しでも近づきたいと思ったんだ」
「…お互い、当てられたか」
「そうだな」
多くの戦場を共に超えても2人の意見が完全に重なることは少ない。それ故の強みも勿論ある。
だがこの瞬間、共に同じ王を支える者として初めて2人の向く先が重なったと、そう言えるだろう。
どこまでも純粋な少女が、どこまでも苦しみ続ける少年が、2人の心が向く先にいた。
ーーー
時が少し経ち、シノンは現在最後の投資者の元へと訪れていた。
孤児院、多くの子供が大きな庭で遊ぶ様子を見ながらシノンとジャンヌは門を潜った。
庭に居るのは3歳~9歳までの子供だけ、シノンとジャンヌを見るその子らは目を輝かせている。
「すごく見られてますね」
「子供は好奇心が強いですからね」
「…えっと、シノン君もでは?」
「まぁ異端児ってことで」
シノンはジャンヌからの視線から逃れるために元気よく手を振る少年に手を振り返す。
すると、正面にある屋敷の扉が開き男が出て来た。
「ようこそ。お待ちしておりました」
「お出迎え感謝します。ロペスピエール男爵」
「感謝します」
4度目となると段々慣れて来たのかシノンとジャンヌがスムーズに挨拶をする。
ロペスピエールは挨拶を終えると2人を屋敷の裏にあるもう1つの庭に追われた白い椅子と机の置かれたパティオに案内した。
机の上にはクッキーなどの洋菓子とティーカップとティーポットが置かれている。
「どうぞ、お掛けください」
「失礼します」
「失礼します」
2人が座るとロペスピエールは2人の前にティーカップを置きそこに紅茶を注いだ。
手厚い。他の投資者とは俺たちの扱いが違うな。ジャンヌさんも固くなくなっている。
それはいいことなんだが、俺──お茶会のマナー知らないんですけど。
「あ、ありがとうございます」
「おいしそうです!」
「それは良かった。マナーなど気にせずお飲みください」
「そ、それでは…」
出された紅茶に上手く手を出せずにいるシノンに気付きロペスピエールが言う。
隣のジャンヌが気にせず紅茶を飲むのを見てシノンも紅茶を口に含んだ
「おいしいですねシノン君!」
「はい。おいしいです」
「それは良かった」
始めて飲んだが紅茶もいけるな。きっと高い物を用意してくれているんだろうがその良さは分からないのが申し訳ない。
「それで、何故ここに?」
ロペスピエールがティーカップを皿に置く。
「手紙の通り。ではありませんね?」
「やはり気付きますか。であれば隠すことはしません。
単刀直入にお聞きします──」
そこからは決まった質問をしてその回答を聞くだけだった。生憎と言うべきか結局回答から組織と繋がっているか分かるほどの決定的な物を聞くことはできなかった。
シノンとジャンヌは話を終えて直ぐに帰ろうとしたが、シノンの歳が孤児院にいる子供と近いことを知ったロペスピエールによって引き留められ、子供たちの遊び相手をさせられている。
「ちょっと髪引っ張らないで!剣は取っちゃ駄目だ!指輪を取るな!」
子供たちと遊ぶ。ではなく最早もみくちゃにされるシノンは必死に取られた剣と指輪を取り返そうと手を伸ばすが大勢の子供に乗られて動きを封じられる。
「シノン君、楽しそうですね」
「ですね」
「ジャンヌさんは手伝ってくださいよ!」
子供の波に呑まれるシノンをジャンヌとロスピエールが微笑ましそうに紅茶を飲みながら眺める。
助けが来ないと理解しシノンは押し寄せる子供たちをどうにか捌き隙を見て一度戦線を離脱した。
「ふぅやっと抜けれた──?」
屋敷の屋根に上って自分を探す子供たちから隠れる様にシノンは庭の反対側に降りようと下を見ると1人の少女が花を眺めているのを見つける。
たとえ異世界でもグループに馴染めない子はいるよな。
前世、クラスで1人だった自分を思い出し。シノンは少女の背後に降り立つ。
「花、好きなのか?」
「!」
呼ばれてやっと気が付いたのか少女は背後のシノンの方へ振り返る。
ブロンド色の長髪に碧眼、歳を重ねればより美人になるであろう少女がそこに居た。
「先生と話していた人ですか」
「見てたのか。
君名前は?僕はシノン・ウィットミア、10歳」
「レティシア、9歳です」
驚いた1歳差だったのか。よく見れば確かに他の子どもたちより落ち着いているし大人びている。
納得──じゃないな。この歳にしては珍しいな。
「レティシアはあの子たちと遊ばないのか?」
「私なんかは他の子と仲良くできないですから」
シノンの質問にレティシアは気不味そうに答えた。
おっと、この反応、聞いてはいけない事だったみたいだ。ここはどうにかフォローをしなければ。
「変な事を聞いて悪かった。お詫びとしてぼっちの先輩から1つ教えておこう。
何か自分に自信を持てるようなことができたらきっと変われる」
話している感じからしてこの子は人付き合いが苦手なのではなく自分に自信が持てていないのだと感じた。現に「私なんか」と言っていたしな。
そういうのは自信を持つことさえできればすぐに変わる。成功体験が大事なのだ。
「それじゃ、時間があればまた来るよ」
「…はい」
シノンはレティシアの頭に手を置いて軽く撫でてからジャンヌの元へと帰った。
シノンの背中を眺めながら残されたレティシアが触れられた頭を確かめながら言われた言葉を反芻していたのは、彼の知らない話だ。
「子供たちもまた会いたそうにしています。良ければまた来てください」
「時間があればいつでも、それでは失礼します」
「ありがとうございました」
「ええ、また」
ジャンヌの元へと戻ったシノンはロペスピエールに別れを告げ孤児院を出た。門を出て少し屋敷を少し話してからジャンヌはシノンの方を向いた。
「結局まるで分かりませんでした?シノン君は本当に犯人捜しをしていただけなんですか?」
確かにこう言われるのもおかしくはない。俺は彼女の言う通り犯人捜しをしていたか疑われるような最早事件の事に関する情報提供や雑談しかしていなかった。
だが、それをするためだけの話し合いではない。俺はしっかりと情報を持ち帰っている。
「安心してくださいジャンヌさん」
「もう、その言葉何度目ですか?」
「今回は本当に安心ですよ。
あの4人の中にいる組織の人間はほとんど分かりましたから」
今回のジャンヌさんは子供の方だ




