ゴールデンアフタヌーン
「お気づきになられました」
誰かの声がする。
望実はまだぼんやりした視界の向こうに夕御飯を用意する母を見る。
ねえ、お母さん。なんで何もいってくれなかったの?
この世界に戻りたい?
私は何をすればいいの?
どうすれば帰れるの?
質問したいことはいっぱいあったのに今ではどうでもいい。尋ねたいのはひとつだけだ。
『私とこの世界で過ごせて幸せだった?』
自分を宿していなければ、生まれていなければ母は許されていたのではないだろうか?
それはあの日幻のような体験をしてからずっと望実が思っていたことだ。
「ははうえ」
「……オランジュ」
ぎゅっと手を握る。このまま光にとけてしまうのではと思ったとき連れ戻してくれたのはオランジュだった。助けようとして引っ張られてしまうなんて恥ずかしいが、オランジュがここにいてくれるのでよしとしよう。
「私の力がオランジュの中にあって、私は今オランジュの力で生きてる。ねえ、オランジュ。私たちこれで本当の家族だね」
オランジュが声をあげて泣くのを抱き締めながら望実は身体を起こす。
「何日倒れてたのかしら?」
「三日です。皆様寝ずにうろうろうろうろドアの前でなさっていましたよ」
そういうコラーダの瞳も潤んでいる。ペッシュがベッドの横で寝ているのが見える。ミリヤもサーシャも目元が真っ赤だ。
「黄泉の国でも見てきたような顔をなさっている」
「うん、そうかも。母さんと会ってきた。相変わらず笑うだけで何もいってくれなかったけど」
失礼と断りをいれて額に手を当てるノバをオランジュが顔をあげて引き剥がそうとする。
「オランジュ、診察できないでしょう?」
「さわらないといけないのですか?」
「そりゃあ、熱があるかわからないから。コラーダ、ちょっとでいいからオランジュを寝かせてあげて。あなたの方が色々あって疲れてるだろうに、もう」
ぶつぶつ言いながらもオランジュは素直に手を引かれていく。ほっとして、泣いて眠くなっているのだろう。身体は子供なのだから余計にだ。
「仮死状態に近かったのです。オランジュ殿下とペッシュに救われましたね」
「ええ」
「こうなることを見越して彼女を?」
「まあ、先生ったらエスクードにつめよる私と一緒じゃない」
倦怠感はあるが、これはずっと動いていなかったせいだろう。ノバがいうには息もほとんどしていなかったらしい。
「三日の間に貴族たちの病はほぼ回復しました。それを妃殿下の功績にできないのが心苦しいのですが」
「そんなことされたらいつのまにやら王座に押し込められてるんでしょうね」
「確かにそれは貴女の望まれることではないでしょう」
「うん。ノアは大丈夫だった?」
「それが今朝方までまるで人形のように動かなかったのですが急に目覚めて動きだし始めました。貴女に何かあったのだと思い城に駆けつけたところです」
いい声で言われたらちょっとキュンとする台詞だと望実はニヤニヤしながら天井を見上げる。
「ノアには後でいっぱい言いたいことあるんだから覚悟しなさい」
天井に向かって望実は叫ぶとノバの手を借りて歩き出す。
「初めてあったときもこんな感じだったのよね。なんだかすごく懐かしい」
「妃殿下は城中の人間をあたふたさせるのが得意ですから」
「そんなことないといいきれない……すいません」
反省はしていると頭を下げるとくしゃっと頭を撫でられた。ノバからのぽんぽんなんてもう一生してもらえそうにない。望実はえへへと呟くとノバの手をとって部屋を出る。
「妃殿下」
「グルナード、ごめんなさい。心配かけて」
「もうなれました。無事に目覚めてくださってよかったです」
「うん。サガ、ネビル。なんだか久しぶりに感じる」
「そういうもんだろ。倒れてたんだから」
「サガ」
「べ、っとで横になっておられた、ので……か、だめだっ」
全身が痒いと悶え始めたサガをネビルがため息混じりで見ている。このままでは身辺の護衛はまだまだ無理だとか考えているんだろうなと望実は笑ってしまう。
「ようやく一息ね」
「まだですよ」
エスクードの言葉に望実は頬を膨らませる。それを皆が嬉しそうな顔で見つめている。
穏やかな午後の一時だった。




