ハンカチ
力をなくしたその姿に望実は胸が傷んだ。結局この人も父と母に振り回されている一人にすぎない。罪悪感が胸を駆け抜ける。
「伯爵、たって。私は、貴方にされたことも貴方がしようとしていたことも忘れようと思う。他の人は分からないけれど」
「妃殿下、伯爵には罰は受けてもらわねばなりません」
「ええ、けれどなんの罪で? オランジュを唆したことぐらいだけれどそれだって伯爵令嬢の見舞いにオランジュが来ただけなのよ」
「反乱一歩手前の行動です」
「それは私が王妃でないと見破ったからよ。それぐらい彼の忠誠心は確かなものだわ。オランジュの忠臣を失うわけにはいかないの。ただでさえ、あの子の裏に公爵がいる限り、向こうの貴族が忠臣になるかは怪しいし、ポメロ派閥なんてもっと当てにできない。エスクード。今後の国のために伯爵は必要よ」
力強く告げた望実をみてエスクードはしばらく彼女を見ていたがやがて折れたと言うかのように両手を広げた。
「妃殿下のおっしゃるように」
「ノ、ゾミ……さま、本当にいいのですか? 勝手に国の宝を私事のために使い、王子から力まで奪おうとしたのです。私が言うのもおかしいですがもっと厳しい処分をしなければ今後の采配にも左右するかと」
「ええ、貴方を処断するよりしない方がこちらに利がある。けれど貴方にとっては生きるより大変かもしれない。妹さんの駆け落ち相手との男の子今の商家でうまくいっていないようなの。出来れ伯爵に引き取ってもらって家を繋いでほしい。貴方の先祖がしてきたようにあの場所を見守っていてほしい」
「……もち、ろんです。それができれば先祖代々の勤めが果たせます。私の不安も……あ、りがとうございます。私は……」
伯爵がどれだけの思いをもって必死で生きてきたかこの姿を見ればわかる気がした。望実はポケットからハンカチを取り出して伯爵に渡す。
「妃殿下、いけません」
「……え、あ……なんてことを」
真っ青になるエスクードと伯爵、そして丸くなって震えているノバに望実は首をかしげる。
「なに? 泣いている人にハンカチを貸したらいけないの?」
「はい。いけません。特に王族はそのように気軽な行動はしてはいけません。私達しかいないからいいものを、いえ、愛の女神どうか見過ごしてください」
愛の女神という言葉になんだか嫌な予感がしながら望実はどうみても笑いを堪えているノバの首根っこを引っ張って尋ねる。
「なに? 愛の告白でもしたことになったの?」
「……ええ、まあ。女性からの求婚です。本来なら自分で刺繍か染めたハンカチを相手に贈るのです。今はほとんど廃れた風習ですが、海の向こうの国々でも王族や伝統ある貴族の中では未だに行われております」
「伯爵、色々と申し訳ありません。その、そういう意味ではないのですがハンカチは受け取っていただけませんか? もしかしたらいつか貴方を守ってくれるかもしれません」
伯爵は戸惑うようにエスクードを見、エスクードはまあ、いいでしょうと言うかのように渋々頷く。
「家宝にさせて頂きます」
「そんなたいしたものではないから気にしないので、刺繍とかしてないし」
「随分と整った縫い目ですね。ありがたく頂戴致します」
伯爵が膝をおる。望実は王族の返礼として丁寧に一礼する。
「伯爵、いつでも領地に帰っていいわ。ただし娘は亡くなったことにしてしばらく喪に伏しなさい。その後しかるべき時に子供さんを連れていきます」
「かしこまりました。すべてお言葉通りに致します」
ベッドの上の物言わぬ人形の目をそっと望実は閉じる。愛されたいと願ったのは誰だったのだろう。




