女騎士と医師
「私、死んでたの?」
「なにを……死んでいたらあの医師は二度とこの国を歩けませんよ」
手を開いたり伸ばしたりして動くことを確認する。夢の中でふわふわと浮いているような気分になっていたのだが、幽体離脱していたわけではないようだ。
はっと望実は身体を起こしてミラベルの目元を拭う。ずっと呼び掛けていてくれた気がした。オランジュといいペッシュといいしなくてもいい心配をさせて申し訳ないと思いながらミラベルをぎゅっと抱き締める。ミラベルは最初はどうしようと戸惑っていたが次第に「放してください」と手を振りほどこうとする。
「ミラベル、心配かけたわね。この通り、むしろ元気いっぱいだから大丈夫よ」
ベッドから飛び起きると身体がぐっすり寝たときのように軽い。飛んだり跳ねたりスキップして最後にポーズを決めると望実はベッドに戻ってふうと一息つく。絶句しているネビルとミラベルと目があってしまったと思うが、今更だ。
「ネビルもありがとう。これまでにないぐらい身体が軽いのだけれど、先生がなにか処方してくださったのかしら?」
「顔色もいいようですし、そうですね。弟の部屋から抱えられて真っ青な顔で出てきたときはどうなることかと思いましたが、そのようすでは杞憂であったようで安心しました」
「そんなに倒れていたの?」
「いえ、一時間ぐらいでしょうか。ディオール医師と母をよんで参ります」
一礼するとネビルは部屋から出ていく。セミノールの事も聞きたかったがデラが話してくれるだろう。
「ミラベルから見てセミノールはどんな子だった?」
「……そうですわね。自信がないのでしょうか。声が小さく感じられました。自分の意見を言うのが苦手なのか何かを言う度に兄であるネビルの顔をみていました。おじさまの顔色をうかがうミネオラのようで好きではありません」
さすがミラベル、はっきり言うなと思いながら望実は頷く。攻略対象と対象外のヒロインを合わせたらなにか起こるのか反応をみたかったのだが、セミノールはともかく、ミラベルは特段なにか感じたわけではなさそうだ。
「末っ子はそうやって学習していくから仕方ない部分もあるんじゃない? 特にセミノールは小さな部屋だけが彼の世界だからそれ以外のものが怖く感じても仕方ないと私は思う。ただあの顔色の悪さは気になるけどね。オランジュとか頬っぺた真っ赤にして走り回ってるから」
「殿下は病などものともしない強い方でいらしゃいますから」
ほんのりだがミラベルからオランジュへの好意を感じて望実はおおっとなる。ペッシュはひたすら目上相手の接し方しかしてくれないのだが、ミラベルの方はそれなりに最初から好感度は高いのかオランジュをよく誉めてくれる。誉めると同じぐらい駄目なところも言ってくれるので非常にありがたい。
実際、王国の事を一番に考えるとミラベル以上の王妃はいないだろう。多彩で、政治的センスも高い。勉学はみっちり仕込まれているし、ティエラ家の忠誠は本物だ。一部の派閥がティエラ一族に権力が集中することを騒ぐぐらいだろう。
「オランジュのこといつもありがとう。ミラベルとミネオラがいてくれるから安心していられるのだけれど、まかせっきりはよくないもの。ちゃんと自分の時間も大切にしてね」
「いえ、そのお言葉だけで十分です」
ミラベルが礼をしようとしたのを止め、望実はまだ小さな身体をしっかりと抱き締める。ミラベルは慌てたようにもがくが、望実はぎゅぎゅっと強く抱き締めると一気に手を放した。よろけるミラベルが顔を真っ赤にしているので自然と笑みがこぼれる。
「そんなこと言わないで、文句でもいいし、愚痴でも、何でもいいから話して、十分なわけないじゃない。私は確かに立場上オランジュの母だけど、姉みたいなものだし、ミラベルにも姉だと思ってほしいの」
そう思ってくれれば悲惨な僻地に追放とか即処刑みたいな事はしないんじゃないかなと打算的なことを考えながら望実はミラベルの頭を撫でる。
「……おねえさま……ですか?」
「うっ、文句のつけようがない美少女に言われるとなんだかドキドキするのはなぜだろう」
「私、思えば父兄のような方は回りに大勢おりますけれど、姉妹のように思える方はいませんわ」
「じゃあ私が姉でペッシュが妹でいいじゃない。私も兄姉も弟妹もいないからずっと欲しかったの」
ミラベルは少し固い表情になると「おおせの通りに」と呟いた。
しっかり躾されている厳しく育てられた貴族の姫君に気軽にどうぞといっても難しいのだろう。自分でいった言葉なのに酷く傷ついたような顔でミラベルは望実を見上げる。
「貴女らしくていいとおもう。無理になれなれしくしろっていってるわけじゃないから。貴女が貴女のまま城でいてほしいと思ってる私のわがままを許してね」
ミラベルは少し目線をそらすとなにか呟き小さな小さな声で「……します」と言った。ツンデレはお姫様の特権である。可愛いなと望実は目を細めた。
扉が開いて駆け込んできたノバは望実の頭に手を当て、喉の脇に触れ、目蓋を押さえて広げ、その場に崩れ落ちた。
「先生?」
「……想定外です。想定外、想定外です」
「一回言えばみんなわかるけど」
「本来なら貴女は三日は動けないはずでした。枯渇するほど力を使い、譲渡だけでなく水漏れだらけの器の漏れた箇所も同時に全てふさいだ。大魔法使でも魔石を十は敷き詰めた水の中、しばらく身体を休めねば歩くことすらままならない」
「つまりそれだけ危険な目に王妃を合わせたと、そう言うことですね。宮廷医師殿」
すっと細長い剣先がノバの首筋に当てられる。剣先をたどっていくとデラが背後から動けぬようにノバを捉えていた。
「我が息子より王妃の命の方が重いことを知っての行為ならば切り捨てることもやむを得ないかと」
「エスクードが凍てつく氷なら貴女は弾ける炎だ。私を燃やし尽くしたとしても姫君は納得しませんよ」
なぜここで挑発めいた事を言うのだと望実は軽くズキッと痛んだ頭に手を当てる。
「デラ・ウェルテクス。剣をおさめなさい。先生は施術前に私を止めたの。やると決めたのは私なのだから」
「炎の騎士、リヤンの咲き誇る薔薇。私よりずっと危険な人物がここにいる。貴女は見逃すのか? 王の名ゆえの保護を貫くこともできずに」
デラは一瞬その場にいた全ての人を焼き付くせそうな瞳でノバを見つめ、次の瞬間息を吐いて剣をおさめ、望実に笑顔を向けた。
「どんな力があの子を元気にさせたかは今追求することではないかと。ノバ・ディオール。アマンダは今でも貴方を慕っていますよ。塔にいるので是非どうぞ」
「いや、結構。私は帰る。妃殿下、失礼いたします。では」
逃げるように出ていったノバになんだあれはと首をかしげているとネビルが「へえ」と意味深に呟いて吹き出した。
「アマンダとは誰なの?」
「祖母です。父の母です」
「それが先生と何かあったのですか?」
「言うなれば追っかけと言うか、ファンと言うか、年齢的には問題ないのでいいんじゃないですか」
笑いだすネビルに意味がわからないとデラを向けば複雑な顔でたっている。
「一度御前試合に義母をつれていったのですが、あの方とトーナメントで当たることになりまして」
うわーなんて私得な試合なんだ。テレビがあれば放送してほしいと望実は目を輝かせてデラを見る。
「まだまだ未熟者だった私はあの方に負けたのです。足払いで転がされて杖で上からドンと突かれてはい、終わり。金がほしかっただけで、試合結果も対戦相手もどうでもいいと言ったあの男が医師だったとは思わなかったのです。試合に興奮して帰った義母が倒れてしまいまして。義母は一時王の乳母を勤めていたこともあり、あの方が屋敷に来て、一命をとりとめたのです。それからことあるごとにその、熱烈なラブコールを」
「元気なお方なのね」
「医師が百を越えていると聞いてからは拍車がかかりまして、そう言えば彼は宮廷医師になっていたのですね。ここで会うまでは忘れていました」
それだとああも先生が突っかかる理由がないと望実は唸る。
「もしかして、デラ様。再戦を申し立てて先生をこてんぱにしちゃったんじゃ」
「……だいたいそのようなものです。自制が働かず恥ずかしいですが」
「素敵ね。おばあさまになって見てみたいぐらいよ」
苦笑いするネビルとデラを見てあっと望実は声を出す。
「セミノールはどうなの? 咳は出ていない?」
「ええ、さっきまで飛んだり跳ねたりして私と夫を驚かせておりました」
「そうなの? それはよかった」
ネビルとミラベルは飛んだり跳ねたりこの部屋でしていた人物を同時に思い出してそういう病なのだろうかとふと考えてしまった。
「夫がわんわん泣くもので叱っていたのです。遅くなり申し訳ありません。セミノール命を助けていただきありがとうございました。このご恩どのように返せるかわかりませんが、命あるかぎり妃殿下を守ることを誓います」
「ふああ」
「どうかなさいましたか?」
あまりのかっこよさに眩暈がしましたとは言えずに望実はくらっとしたのごめんなさいとベッドに突っ伏す。きゃああと叫びたかったがそんなことをしたらせっかくつかみかけた信頼を吹き飛ばしかねない。
「セミノールについてまだ聞きたかったのに、先生からなにか聞いていますか?」
「このままいつまで持つかは分からないと言われました。今回は極めて希な状況でうまくいったが本来うまくいったかすら分からない病なのだと」
「いつでも協力するのでいってください」
「いえ、いけません。妃殿下。私の息子に命をかければ、なぜ他の病は救わないのかと王族が批判されます。今回は特別なご厚意でしてくださった偶然とお忘れください」
デラは望実の前に跪き頭を垂れる。どう処分しても構わないという意思の表明に望実は言葉をつまらせる。
「もし……ご子息が順調に動けるようになったら……必ずオランジュと私に城に会いに来てください。約束です。彼は必ずオランジュをたすけてくれる。そう私は信じています」
一瞬、母の顔をした騎士はそっと顔を覆い、次の瞬間、国と王を守る戦士の顔に戻っていた。
「妃殿下のお言葉けして忘れません」
帰り道、望実はミラベルに絶対倒れたことは内緒だからと何度も何度も念を押した。
ミラベルは笑いながら困った顔で何度も頷いた。




