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姑ですもの!  作者: K
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幕間:異世界

 真っ白な霧の中を歩いている感じがする。地に足はついているのに気分は高揚している。右も左もわからないの上に視界も奪われているのに、危機感も絶望感もない。

 自分はなぜだかここを知っていると望実は思った。来たことはなくても見たことはなくてもここが自分を気づけたり惑わすような場所ではないと感覚が教えてくれる。


「誰かいるの?」


 何か伝えたいという必死な感情が胸に響く。


「ごめんなさい。なにもわからないの」


 耳をすませても声は遠くなるばかりで聞こえては来ない。ただ悪意はない、むしろ優しく強い感情は伝わってくる。


「ありがとう。でも、いかなくちゃ」


 ミラベルの声が聞こえる。心配して今にも泣きそうな声に、胸が痛くなる。

 誰かがぎゅっと腕をつかんだ気がした。

 振り返ると霧がさっとはれ、月夜の下で見た目映い光が輝いている。


「あなたは……」


 顔が見えないと思った瞬間水の中に飛び込んだような息苦しさを感じて望実は身体をよじる。呼吸をしたいのに上手く息が吸えない。先程とは全く別の空間に来てしまったようだ。


「ほう」


 なにか、とてつもない畏怖すべきものが目の前にいる。立っているだけで恐怖を感じる異次元のものだ。


「引っ張られたのか。それとも欲する力に導かれたのか。どちらにしても珍しい客だ」


 低い地鳴りのような声は震えるほど恐ろしいのに耳に心地よい。

 望実は素直に声にしたがって後をついていく。


「実に愚かしい、だがそれもまた良い。苦々しい、だか美しくもある。怒りを感じることもあれば、喜びを感じることもある。不思議だな。この感情をなんと言えばいいのか……そなたならなんと名付けるか?」


 望実は首をかしげる。ぱっと思い付くものは矛盾だが、そんな言葉を言ったら一瞬で消し炭にされそうだ。ふうと息を吹き掛けるだけで存在できなくなる。この息苦しさはそのせいだ。

 声を出したいが出せないので手で大きくも字を書いた。


『愛』


 日本語で伝わるのかなと望実が悩んでいると声は機嫌よく笑いだす。


「愛か、そうよな。愛なくばこの世界など存在せぬ。そなたは利口だ。ただ……さえなければここにいることを許しただろうに。すまない。この怒りと衝動を納めるためにそなたはここにいない方がいいのだ」


 こくこくと望実は頷く。こんな恐ろしいところ一刻も早く出ていきたいし、長居はしたくない。

 それにミラベルは泣いてしまったら自分を責めるだろう。聡いあの子に余計な負担はかけたくなかった。


「……今なら小さなその望みは叶えられる。おまえは実に上手くやってきた。いないことでの混乱はそのうちおさまるだろう。大勢が死ぬかもしれないが、王朝は生きる。そなたの半分が願った王はそなたがいなくとも誕生する」


 オランジュは私がいなくても王になれると言うことかなと望実は理解する。そんなことは分かっている。エスクードとグルナードがいれば国は大きな揉め事もなくおさまるのだろうし、ポメロさえいなければペッシュとミラベルの争いはあってもどちらかが王妃になって国は穏やかに続くのだろう。


「ただ、そこに真の望みはあるまい。なぜここにいるのか、なぜここにきたのか、なぜどこにいくのか。そなたは知らない。知るよしもない。そして、私も会う気などなかった」


 それまで重々しくも恐ろしかった声は一時だけ寂しさをにじませた。


「千の橋を渡り、万の世界を見、ようやくそなたはここへたどり着いたのだ。その愛に敬意を評して元に戻してやろう」


 望実の目に懐かしいアパートがうつる。母がいて、お隣のおばあちゃんがいる。スナックのままさんとまことちゃん、まことちゃんのお母さん。美大生のお姉さん。望実の世界が手に届きそうなところに浮かんでいた。


『ちがう』


 けれど、望実は首を振った。違うのだ。確かに帰りたいけれど、今すぐじゃない。きちんとやりとげてから帰りたい。時間はかかるだろうけれど、望実は約束したのだ。この世界に来て一番大事な約束を破るわけにはいかない。


『じぶんでかぎはみつけないと』

「その通りだ。だが、そなたの道は長いぞ。ここにいつか来るとすれば幾年月の果てだろう。そしてここにたどり着けなければそなたは試練を受ける資格すら持たないのだ」


 バカにするように告げる声はなぜか励ますようでもあった。いつかまた会えるのを待っていると言われた気がした。


『しれんのはてにあるなら』

「そうか、そなたもまた道なき道をゆくのだな。よくにている……に……そして……にも……さあ、待つものの声をたどりゆくがよい。偶然の巡り合わせにより私の機嫌が上向いていた時の幸運を喜ぶのだ。そなたの器は満たしておこう。だが、それ以上はするまい……み、まも、るダケ」


 声がスローモーションになっていく。まだなにも教えてもらっていないと望実は手を伸ばすが奔流に巻き込まれ一瞬息が止まる。

 流され、押され、一つの扉の前に望実は立っていた。

 一瞬、ためらいだが次の瞬間開けるために手を伸ばす。


『それでよい』


 誰かが皮肉げに笑った気がした。


「ポメロさまっ」

「妃殿下!」


 気がつけばミラベルに手を握られ、ネビルと目が合う。


「大丈夫だから、心配かけてごめんなさい」


 

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