器を満たすもの
「貴女は石を作り上げたと聞きました。ノアを動かしているのは貴女の聖力を核にした宝玉。もしこの少年に継ぎ足せるとしたら貴女だけです」
「でもやり方がわからないの」
やれと言われてやれるならやりたいが、はっきりいって石を作った時だって意識が曖昧だったのだ。もう一回作れと材料を押し付けられても作れる気がしない。望実が首を振るとノバは冷静な声で落ち着いてくださいと囁いた。
「石をまとめたときと同じ、いえ今度は人体です。よりいっそう慎重に、指先から力が溢れるところを想像してください。少しずつ少しずつ光の糸が伸びてくるイメージです」
言われた通りに手を伸ばす。いつぞや両手が光っていたと言われたが望実には見えないしわからない。想像できる限りの想像力をフル回転して望実は自分の中から力が溢れだすイメージを手に込める。
「眩しい。ポメロ様、流しすぎです。もう少し弱めに。あまりにも力を込めると今度は貴女が空っぽになってしまう」
「……やってるんだけど、私には見えないから加減がわからないの」
一気に力が抜けていく感覚があるが、どう押さえればいいかわからない。イルに聞いておけばよかったと今さら後悔する。
「失礼致します」
大きな手に手を握られて望実はノバを見上げる。
「蛇口をゆっくり捻って細く水を出していくんです。一定の量が出るでしょう?」
「うん」
言われた通りに頭に思い浮かべ望実は頷く。流しすぎると手をぎゅっと握られるので少しだけ蛇口を締める。少なすぎる事はないようで油断して量が増える事を押さえればなんとかなりそうだった。
「そろそろ少年が目を覚ますと思いますが貴女は慌てずに今のまま力を出し続けてください」
「わかった」
ぷるぷるっと瞼が震えたのが見える。セミノールは目を開いて眩しいものを見たように目を細めた。
「なに? なんなの?」
「治療です。目を閉じて、いいと言うまで開けてはいけません。先程までの餓えて渇いていた感覚がなくなっているはずです。指先から頭の先まで温かいものに包まれているでしょう?」
素直にセミノールは目を閉じて頷く。ノバの衣装も含めると怪しい術中にも見える。
「ポメロ様、集中してください」
「ご、ごめんなさい」
吹き出しそうになったせいでまた大量に注いでしまったらしい。後でちょっと貰っておしまいではダメなのだろうかと望実がぼんやり考えていると「そんな繊細なこと貴女が出来るんだったら最初からこんな大雑把な施術頼みませんから」とノバに言われる。
なんで考えている事がわかったのかと首をかしげていると膝ががくっとふるえて立っていられなくなる。
「危ない。あと少しです。あと少し」
「大丈夫。立っていられないだけだから、椅子に座れればまだできる」
すぐに椅子を持ってきて座らせるとノバは体温計のような細い管を見つめ望実にできるかと言うように見つめる。望実は頷いてもう一度集中して蛇口を思い浮かべる。だんだんと思考が揺らいできて眠くなってくる。気を抜くと目を閉じそうになってきた。
「ノバ、なんでもいいから話して」
「こんなときになにを」
「貴方の声なら聞いていられるから、お願い」
擦りたくても擦れない手を震わせて頼む望実を抱き上げると自分の膝に座らせた。
「ノアは毎日研究所の本を読めるだけ読んで何処かに行ってしまうのです。追いかけられないほど早いので健脚にしなければよかったと思ったほどです」
「今度、一緒に、競争したいな」
「そうですね。妃殿下であれば追いかけられるかもしれません」
「ふふ、そんな早くないの。でも毎日歩いて学校にいっていったから健脚なのよ」
なんだか真っ白な繭に包まれている気分だ。望実はこくこくと船を漕いでははっとして目を開く。
「では、私が審判しましょう。楽しそうですね。どんな実験結果になるか」
「なんでも、実験なのね。先生は私を特別にしないから好きよ」
「なにをおっしゃる。貴女は特別です。特別だと知らないことが特別なのです。だから私も貴女は拒絶しない。不思議ですね。あの男に引っ張られこの地に逃げてきた私が今では子育てのようなことをしている」
「……先生が、父さんだったら嫌だけど嬉しいわ」
望実の声がかすれ始める。魔力計とセミノールの様子を見ながらノバは望実の頬を引っ張る。
「な、に……する……の」
「つまむのがお好きとうかがいましたので」
「摘ままれるんじゃなくて、ぷにっとするのが好きなだけ」
「……元気になりましたね。良いことです。今度はゆっくりゆっくり蛇口を閉じていきますよ。セミノール、貴方もです。自分の中に閉じ込めておくイメージを浮かべなさい。せっかく満たされたのです逃したくはないでしょう?」
「ゆっくり、ゆっくり……しめて」
「もう少しです。セミノールから漏れていた光がだいぶ見えなくなってきました。ポメロ様、ポメロ様っ」
落ちる前にぎゅっと硬く栓をしめる想像をする。セミノールは大丈夫だろうか?
「せんせい。めがみさまはだいじょぶでしょうか」
「ええ、彼女が女神なら大丈夫なことはわかっているはず」
「せんせい。ぼく、いきぐるしくない。むねがいたくないの。せんせい。こんなのはじめて、めがみさまのおかげ?」
「ええ、だからあなたが貰ったものをむやみに出さないように、大事に大事にしまっておきなさい。母親を呼んできます。走ったり騒いだりすればすぐに貴方の脆い器はほどけてまた空っぽになることを忘れないように」
望実を抱き抱えたまま扉を開く。ぐったりとした望実をみてミラベルは息を飲み、ネビルに殺気を向けられたがノバはすぐに視線をデラに向けた。
「当分は大丈夫でしょう。いつまた倒れるかは分かりませんが、症状が出るたびに押さえる方法を学習していけばいい。ただ施術方法は貴女にも言うことはできない。それを了承できるか?」
「妃殿下を危ない目に合わせたのでは?」
「承知してくださったので」
嫌な笑みを浮かべるノバに殺気が突き刺さる。あれで騎士なのかと眉をあげるとデラがノバの背後を睨んだ。
「ネビル、恩人へ向けていいものではないぞ」
「失礼を」
騎士を体現したかのような騎士と歌われる夫人を見つめると一瞬胸を突かれたような錯覚を覚えノバは一歩さがる。ネビルの子供じみた殺気とは格が違う。死を見せることができる殺意にノバはそれでも悠々と汗を拭った。
「ご子息には薬も治療も意味がない。会えばわかるかと」
「ディオール医師。感謝する。だが、その方に何かあれば私はそなたを許さないだろう」
扉を閉め中に入ったデラをみてノバは小さく呟く。
「この方に何かあれば私がどうなるかなど言われなくとも分かっている」
「妃殿下をお運びしてもよろしいでしょうか?」
「構わない。だがけっして無理に起こすな。無理に起こすと目覚めなくなる可能性がある」
ネビルに望実を渡すとネビルもミラベルも真っ青になってとぼとぼと歩き出した。
よく他人にあそこまで心を割けるものだとノバは二人とは逆方向に歩いていく。
「あの大司祭はとっくに知っているはずだ。聖力など生ぬるい。あの方が持っているのはもっと原初の力だ。それであってもこの国では無駄なものだが……」
ありとあらゆる力が意味をなさないこのリヤンになぜ贈り人は贈られるのか。そもそも贈り人を贈る女神がこの世界にもういないことをノバは知っている。大司祭も宰相も知っているはずなのだ。
「確かに世界になど知られない方が世界のためでもある。私が仮定する想像が現実なら、なお悪い。それでも私は私の望み以外省みることはない。だから貴女は私の事など気にかけなくていい。貴女を利用すること以外考えられない男のことなど忘れればいい」
ノバの呟きを聞くものはなかった。
走り回るセミノールを抱き上げデラは可愛い我が子に何があったのかと尋ねた。
「めがみさまとそのつかいのせんせいが、ぼくをみたしてくれたの。ぼく、うまれてはじめて。こんなにきもちがいいの」
「良かったな。良かった。セミノール」




