穴の空いた器①
「まあ、そんなことはいいです。伯爵令嬢ですが、おそらくかなり長い間、宝玉にさらされていたと思われます。これから酷い中毒症状に苦しめられるだろうと言ったところ伯爵も倒れてしまい、しばらくお二人は城に滞在することになりました」
「大変だったわね。中毒症状……ならなぜ鉱石を扱っていた彼らは中毒症状が出ていないの?」
「そうです。そこです。おそらく水によって少しずつ取り入れていき、耐性を得ていたのだと思われます。子供は残酷ですが労働環境に耐えられなければすぐに死んでしまいます。一度鉱夫を調べてみたいのですが」
悪い顔をして笑みを浮かべるノバにこうしてると理想のマッドサイエンティストだなと望実は頷く。ノバに一回悪役台詞を読んで欲しい。世界は俺のものだとか、この世界を支配できるのは俺だけだとか、すごい似合うと思う。
「ちゃんとお給料出すならサガがやってくれると思う。毎年鉱石にいってたみたいだし、サガの父親は鉱山の技師だったらしいから」
「なるほど」
「ねえ、ノバ。鉱石の中毒なんだけど、私ずっとポケットに鉱石の欠片をいれてたの。伯爵令嬢が持っているのより強いものだと思う。それなのに私は症状がないのはなぜ?」
「それは贈り人だからではないですか? 贈り人はあらゆる災難から守られると文献にもありますし、自分で突っ込んでいく場合は別だと思いますが」
なんだかエスクードばりの嫌みを言われた気がする。望実がぴくっと片方の眉を揺らすとノバはくるりと向きをかえて鞄を漁り、ほとんど光のない宝玉を望実の手に乗せる。
「これは令嬢が持っていた石? さらに力がなくなってるけど……待って、ノバ、これなに? なんなの!?」
「落ち着いてください。暴走させないように」
「なにかがごっそり取られるような感覚が」
「妃殿下、ゆっくりと息を吸ってください。前を向いて、息を止めて、吐いて。鍵を一つずつかけていくところを思い浮かべてください。ガチャン。いいですよ。開いてる扉の鍵をすべてかけましょう。」
耳元でガチャと言われ度に光が漏れている扉がしまっていく。ようやく望実が普通に呼吸ができるようになるとノバは石を取り上げた。
「魔力が戻っている。ほとんどからだったのに」
「本当だ。光が私が持っているのと同じぐらい強くなってる」
ノバの手にもうひとつ自分の持っている宝玉とに乗せるとノバは息を飲んだ。
「こんなに、強いものをずっと持っていたのですか?」
「ええ。でもなにもなったわよ」
足を怪我したのも自業自得だしと望実は自虐を言う。が、ノバは聞いていないようでなにかを呟くと部屋中をぐるぐると動き回り始めた。
「前提から違っていたのか? いやたしかにそうと考えればノアの理由がわかる。あんなにも殿下が早く治った理由も、そしてエスクードの復帰も。ただ確かめる方法が……」
「ノバ、そろそろセミノールのところにいかないと」
「もしそうなら、すべてが救われる。けれども犠牲は出る。ノアが暴走しなければいいのだが」
「ねえ、ノバ。どうしたの?」
今まで見たことがない真剣な表情で固まってしまったノバの回りを今度は望実がぐるぐる回り始める。
「ねえ、ねえ」
「……妃殿下」
「あ、動いた。はい」
「少しお時間をいただけますか?」
「そろそろいかないと城でとんでもないことが起きたと勘違いされそうだけど」
「いえ、そちらではありません」
何かぶつぶつ呟きながら器用に「行かないのですか?」と尋ねるノバに、まったくと思いながら望実はドアを開けてノバが出るのを待つ。先生は皆が思っている以上に望実を王妃扱いしない。学校の先生に近い距離感はだからこそ心地よいのだけれど。
「どうなさいましたか?」
「フリーズしてるみたい。ご子息にお会いしたらきちんと動くと思うのでもうしばらく我慢して」
ため息混じりに言う望実にデラはそっと望実を抱き上げると「妃殿下が言うなら」と頷く。この気のきかせかたを周りの男共に見せてやりたいと思いながら廊下を進んでいく。
なにも言わずとも真っ直ぐセミノールの部屋に歩いていくノバに望実は吹き出すのをこらえる。けれど、すっと通りすぎたのには我慢できず笑ってしまった。まずい、まずい。ウェルテクス家に信用がなくなってしまう。
「ノバ、扉を開けてちょうだい」
「失礼いたしました」
ノバはすっといつも通りの表情になるとドアを開く。ほっとしながら後をついて望実とデラも部屋にはいった。
「妃殿下、大丈夫なのですか?」
「大丈夫。少し疲れただけ。ミラベル。ありがとう。セミノール、こちらが私の先生なのよくみてもらって」
「……ではまず手を」
ノバの診察が始まったので今度はネビルとミラベルと一緒に部屋を出る。望実が窓から覗くと中庭だろうか? よく手入れされて花々が咲き誇っていた。
「なぜ、こちらの庭が見える部屋をセミノールの部屋にしなかったの?」
「私には分かりませんが、きっと自分の背中を見てもらいたかったのではないでしょうか。父も母も生粋の騎士なのです。けれどあの子にその生き方は難しいでしょう。だからせめて肌で感じてほしかったのかもしれません」
「セミノールは喘息とかアレルギーではないの? 季節的なものとか」
「色々な医者に見せましたが、生まれつき身体が弱いということ、母の年齢もあり難産だったことが理由ではないかと言われただけで、具体的な病名はつかなかったのです」
「アレルギーとはなんですか?」
ミラベルが気になったのか望実に尋ねてくる。
「特定の食べ物や、物に触れたときに反応が出るの。例えばミルクを飲めなかったり、このカーテンの生地があわなくてぶつぶつが出たり、人によって違うのだけれど。毒と同じぐらい怖いから気を付けないといけないの」
「エスクードおじさまはイカがダメなのです。ぶつぶつが出るといっていました」
「そうなの。大変ね」
健康優良児だった望実はアレルギーはないのだけれど、下の階のまことちゃんは小麦粉とミルクがダメでお母さんは料理にとても苦労していたのだ。ケーキ一つだってとても工夫して作っていて、一緒に食べたとき感動してしまった。
しばらくすると厳しい顔でデラが出てきた。あまりいい診断結果ではなかったのかもしれない。
「妃殿下、ディオール様が部屋へと」
「わかった。すぐいくわ」
部屋に入りノバの元へ駆け寄るとセミノールは少しぐったりして眠っている。
ノアは体温計のような細い管を持っていた。
「それはなに?」
「これはこの国で聖力と呼ばれる力を計るものです。もちろん正確ではありませんが他国では魔術師又は医師になるさいにひつようになるのです。この国では使われるとしたら神殿ぐらいなものでしょう」
「だとすると、セミノールは聖力が多すぎて制御できていないということ?」
小さい頃はうまく力が出せず倒れていたというイルの言葉を思い出す。
望実がこの世界に来た時よく倒れていたのも聖力が滞っていたせいだったはずだ。
「逆です。この子は聖力が枯渇している。父や母が無意識に分け与えているようですが、おそらく燃費が悪いのでしょう。うちの弟子とにています。最もこの子供の場合は器が無駄に大きい。この国でさえなければ偉大な魔法使いになれたかもしれません」
「いいじゃない。ウェルテクスは名門貴族、留学する事もできるんじゃないの?」
「穴が大きすぎるのです。それを塞ぐには大変な訓練をしなければいけない。今すぐこの国を出、良い魔術師に仕官するのが一番良い方法です」
おそらくそこまでももたないとノバは言いたいのだろう。ゲームでセミノールの背景まできちんと見ていなかったから、いつ彼が動けるようになったのかいまいちわからない。何かがあったのかもしれないが、望実はすぐには思い出せなかった。
「もうひとつ、これは賭けです。もしかしたらあの伯爵令嬢のように中毒症状がでて、もっと酷い場合は廃人になるかもしれない。私もこの国で魔力の完全譲渡ができるかすらわからないのです」
「私には聖力があるかもわからないのよ」
聖力が高いのはイルとペッシュだ。ミラベルでなくペッシュをちゃんとつれてきていれば方法はあったのだろうか? オランジュとくっつけたいからなるべく放しておきたいといやらしいことを考えたのがいけなかったのかもしれない。
望実が落ち込んでうつむくとノバが顔を上げさせる。




