可哀想な人たち
「ひ、でんか…その」
緊張したのか、ひどく咳き込み出したセミノールに望実はポケットから慎重に保管していた飴を出す。
「セミノール、あーん」
とっさに口を開けたセミノールの舌にそっと飴をのせる。
「噛まないでゆっくり舐めてね」
「ふぁい」
一番風通しのいい涼しい場所で保管してあったのだけれど、そろそろ季節的にとけだしそうなので使い道があって良かったと思う。
「たべたことがないあじ」
「確かにキシリトールなんてこっちでは聞かないしね。いや木から取られてるから作れるのかな?」
「きからあめができるのですか」
「樹液と一緒みたいなもんよ。たぶん」
メイプルシロップは樹液を煮詰めて煮詰めて作るのをみたことがある。こっちでもシロップの作り方は同じようなので間違ってはいない。たぶん。
望実はポケットにいれていた石を転がす。これを使っていいのか、いけないのか、自分がこんな実験のようなことをしていいのかまだ決めきれていない。
「咳は落ち着いたようね」
「はい」
「ベッドから出たらなにをしたい?」
大きな窓はきっと彼が見える唯一の世界なのだ。あちらこちらで鍛練をしている兵士達が見える。
戦争を起こせないようになっている国でなぜ兵士が必要かと聞いたことがある。警察のような組織だということ、犯罪は撲滅できないこと、革命が起こる国もあることをグルナードに説明された。
平和の象徴のようなこの国ですら犯罪は亡くならない。国外はもっと深刻なところもある。争いを止めれるなら、なぜ女神たちは人間を平和な種族にしなかったのだろう。
「父上と兄上とたんれんをしたいです。みんなは三つの時からたんれんをしていたのにぼくは……」
「家族思いなのね。私も家族が大好きよ」
望実の家族はこの世界にいない母親とアパートの住人、そして城の中の皆だ。
「いつかきしになりたいな」
「ねえ、セミノールはどの騎士物語がすき? オランジュ殿下はライオンと騎士が好きなの。何回も読んであげたから私も覚えてるわ」
「……ぼくは魔法の鏡がすきです」
聞いたことがない本の題名に望実は首をかしげる。結構な数の絵本をよんだはずだが、みたことがない。
「えっと、ミラベルはしってる?」
「いえ、その……すいません」
「妃殿下、母が作った寝物語なのです。知らなくて当然です」
「あ、そうなの。デラさ……夫人が。そうなの。私の母……みたいな人もお話を作るのが好きで一番にいつもみせてくれたの。特別な気がして嬉しいのよね」
セミノールは突然声をかけたネビルをみてしょんぼりしていたが、望実の言葉に笑顔になる。お母さんがしてくれるお話は楽しいよりも嬉しいなのだ。声を聞けて、側にいてくれて、安心できる時間をくれる。
「ひ、でんか?」
「ごめんなさい。ちょっと、なつかしくて……セミノールはすてきなご両親とお兄様達がいてうらやましいわ。私にはもういないから」
「かわいそう」
「……でもオランジュ殿下もいるし、ほらミラベルも、ネビルだって家族みたいなものよ。悲しいときもあるけど、可哀想じゃない。セミノールだってそうでしょう? 悲しいときも辛いときもあると思うけど、それって皆そうだもの。可哀想じゃない」
瞬きをするとセミノールは大きく目を開いて泣き出した。望実は一瞬やってしまったかと思ったがネビルを静止してベッドに乗り上げセミノールを抱き締める。
オランジュもそうだ。不憫な子、可哀想な子、憐れな子、そんな視線を浴びて生きている。
でもそれは違う。オランジュは悲しさも辛さも越えていける強い子なのだ。きっとそれはセミノールだって同じはず。
ぐずりだしたセミノールの顔をハンカチで拭きながら望実はこんなときなのにふわっとしたほっぺたの感触におおっと思ってしまった。もう少しぷにっとした方がいいけれど。オランジュのほっぺつまめてないなとふにふにさせながら思っていると扉が開く。
「セミノール」
「ははうえ」
「あの……すいません」
端からみれば子供を泣かしている悪い女だと気づいて望実は慌ててしまう。
「ひでんかは、やさしいひとです」
「そう」
「ぼく、ひでんかのきしになりたいな」
ベッドから望実が降りるとデラがベッドを整えてセミノールを寝かせる。
「ディオール殿が参られました。少し妃殿下と話したいということです」
「ノバが? ネビル、ミラベルをお願い。ウェルテクス夫人、案内と護衛をお願い」
「かしこまりました」
すっと立ち上がるとデラはネビルになにか言う。ネビルはミラベルと自分の分の椅子を持ってくると望実に頭を下げた。
「気が聞かない子で申し訳ありません。あれで騎士が勤まるのかと心配になります」
「あら、ウェルテクス家の息子達は全員理想の騎士です。志があるならそなたは称号がなくとも騎士なのだとあるように、守ると決めたものを守ろうとするものは騎士なのだと私は思います」
これはミラベルがサガに言う言葉を捻ったのだが、騎士であるデラには酷く響いたのか彼女はその場で跪き望実の服の裾に口づけた。
「この国を照らす美しき月、我が国の道標。貴女が王妃であることを心から嬉しく思います」
芝居がかったように見える仕草も声もすべてが完璧だった。押しと写真一枚のために数時間並んだり、札束を溶かすファンの気持ちがわかる。
だってかっこいい。
「貢ぎたい」
「え?」
「いえ、なんでも……その、で、デラ様はかっこよすぎます。刺激が強いのです」
ドレス姿であったときは美人だなと思うだけだったのに。この騎士姿がいけないのだ。彼女のためにデザインと言えばいいのだろうか、より凛々しく、美しく見えるように作られている。近衛に彼女がいるだけで他の男性は居たたまれなくなりそうだ。
「ふふ、はははは。そのような世辞久しぶりに言われました」
「世辞のわけがないです。こちらにきて……いえ王妃として動かなければいけなくなってから色々なタイプイのケメン……えっといけてる男性? うーんかっこいい人に会いましたが、デラ様だけです。様ずけしたくなるほどかっこいいのは」
ある意味エスクードも様付けしたくなるときはある。遠く離れてほしいときとか。
「それは光栄の極み。まだまだ腕をなまらせるわけにはいきませんね」
「デラ様はオランジュ殿下の母君と親友でいらしたのでしょう? どのような方でしたか?」
「ちょうどいい。こちらへ」
デラは望実を軽々と抱き上げると分かれ道を曲がり突き当たりで止まった。足を痛めているのをなぜ気づかれたのだろうと思いながら彼女の視線をたどると一枚の絵があった。
「クレア……クレモンティーヌ・ジェリコ。私の親友です」
「この方が」
穏やかな春の女神のような笑みを浮かべ、戦の男神のようなデラを見つめている絵の美しさに望実は息を飲む。
「私は殿下の婚約者だったのです。ティエラに力を持たせたくなかった先代の王は私が生まれる年に最初に生まれた貴族の子を婚約者にすると宣言されました。必死な貴族もいたそうですよ。子爵クラスで王族の一員になるチャンスなんて滅多にない。我が家はウェルテクスに代々使える騎士の家で私もここで生まれました。一応伯爵家なのですんなり婚約者になり、彼女や王と育ちました」
絵から離れデラは元来た道を戻っていく。
「彼女が当時の王子と恋をしていると気づいたとき、私は今の夫を酔っぱらわせて襲ったんです。王子の婚約者に不貞は許されません。ただ、そのおかげで身分などほとんどない状態になり彼女の側にいれました。彼女は私と王子の光だった。貴方の父上が来たお陰で二人でひっそりと幸せになるものだと勝手に思っていたのです。けれど、王子は結局王座に付き、二人ともあっけなくいってしまった。戦なら助け出せたでしょう。けれど病と戦う方法はない」
息子が人一倍身体が弱いと知ったとき彼女はどう思ったのだろう。きっと二人に重なったに違いない。望実は泣きそうになるのを堪えて瞬きする。
「私はセミノールを可哀想な子だと思っていました」
「あ、あれは」
「大きくなってもあの子は兄たちのようにはなれないでしょう。もしかしたら成人もできるか……けれど妃殿下。妃殿下はあの子を可哀想な子ではないときっぱりとおっしゃいました。その通りです。クレアもセミノールも可哀想ではない。そう初めて思ったのです。恥ずかしいことです。ここまでわからなかったのですから」
「私すごく好きな言葉があるんですけど『武士とは恥を知るもの』っていう言葉で、名誉は全ての恥をしっていなければ得られないって意味のだそうです。デラ様は恥を知る名誉ある騎士です。王妃の保証付き」
デラは少しだけ口元をあげ、望実を抱き締めた。
「貴女はクレアに似ていないのによく似ている」
「そうなら、嬉しいです。私もオランジュの義母ですから」
「殿下は幸せですね」
扉を叩いて開くとデラは長椅子に望実を下ろし、指先に口付け物語の王子様のように出ていった。思わずうっとりとため息がこぼれてしまう。
「また妃殿下はよくわからないところを落としてこられる」
「おとすって、なにを?」
「うちの弟子もぞっこんですし」
「あら、私の一番は変わらず先生の声よ」
にっこり笑う望実にノバは呆れながらため息をついた。




