筋肉一族と美少年
おしゃべりをしていたこともあってあっという間にウェルテクス家の居城につく。城と呼ぶには簡素でもっと言えばガッチリとした作りの要塞に近い建物に見える。ウェルテクス家は代々騎士として神々から授かった門を守っている。
門をなくそうと破壊したり、逆に利権を作り儲けようとするそんな人々から門を守り、見張る役目もあるのだ。それもあってのこの居城なのだろう。
「ティエラの城はもっとお城って感じのよね」
「門のための要塞なのでしょうね」
さすがミラベルは賢いと場所から先に降りると望実は自然にミラベルを抱き上げて地面に下ろす。
「妃殿下!」
「あ、ごめんなさい。ペッシュにしてたのと同じようしてしまって」
「私はもう子供ではありませんし、一人で降りれます」
「そうだよね」
「そうです。妃殿下のなさることではありません」
ピシッと腕にかけていた扇子で顔を隠すミラベルにかなわないなと望実は苦笑いする。昨日のどたばたのせいで自分が悪いのだが眠いこともあってあまり頭がうまく回っていない。
「気を付けます」
「そうやって隙だらけなので殿下もおじさまも心配で仕方ないのですわ」
六歳の子に隙ありと言われると複雑極まりないが、その通りなので仕方ない。うんうんと頷くとまだ説教が続きそうな気配に望実はやっぱり嫁にはペッシュがいいと勝手なことを考え出したとき、規則正しい足音が近づいて来るのが聞こえた。
「出迎え遅れましたことお詫び申し上げます」
「いえ、遅れてなどおりません」
ネビルが中年になったらこんな感じの容姿になるのだろうという想像そのままの男性が慣れた手つきで騎士の礼をする。望実はすっと扇子を男性に出すと、男性は扇子の先にそっと口づけた。
それにしてもネビルによくにている。ウェルテクス家の男子はそっくりというのも分かるなと望実が思っていると、真っ赤な髪を高く結い上げた美しい騎士が望実の前に跪いた。少し堅い表情で騎士の礼をする女性にこれが物語のモデルかと望実は高揚した顔で女性を見つめる。
下の階のおばちゃんは宝塚のファンで時々一緒にDVDを見たりした。望実としては誰かのファンになるというより華やかな舞台が面白いという印象だったが、おばちゃんが見たら卒倒するのでは、男装の麗人そのものな騎士から望実は目を放せない。
「ようこそ、ウェルテクス家へ。妃殿下。お久しぶりでございます」
「は、はい」
「末息子の見舞いにわざわざお越しくださりありがとうございます」
夫婦の挨拶に仕方ないが歓迎されていない雰囲気を感じて望実は浮きだっていた気分を一気に沈める。望実が無理をいって訪問したのだ。一昨日からずっと熱が引かないのであれば子供を愛する親なら心配で仕方ないはずだ。それなのに貴人の相手をしなければいけない。気もそぞろになっても仕方ないだろう。
「私のわがままを聞いてくださりこちらこそありがとうございます。昼前にはディオール医師も参りますのでよろしくお願いいたします」
ノバの名前を出すとウェルテクス卿は立ち上がった姿勢を戻し、跪くと大きな声で「勿体なきことでございます」と言った。
耳がキーンとしているが、きっとウェルテクス卿なりの歓迎方法なのだ。先程と違って表情まで柔らかくなっている。先生を餌につり上げた気分だが、あながち間違っていないのでとりあえず扇子で顔を隠して頷いておく。
こういうとき曖昧な笑みが貴族女性の嗜みで良かったと思う。もうちょっと小さな声で耳が壊れますとか言ったら元の木阿弥だと望実は夫妻の後をゆっくりついていく。
「他の居城と違い簡素で申し訳ないのですが」
「いえ、格好いいと思います」
なんかメカとか出てきそうな雰囲気がある。伯爵家の城壁とも少し違っていて、より装飾や彫刻など華美なものを無くし、頑丈で戦いやすい建物にしたのだろう。大きな岩を掘って作ったテーブルは違う意味で見事なものだった。
「これがデリコの剣で切り開いた一枚岩ですか?」
「ティエラの小さな姫はよく学んでおられますな。さよう。私達の先祖が魔物と戦い、女神のために献上する石を守った証に授かった一枚岩。先祖は軽々とこの机を盾がわりに持ったという。ウェルテクス家の男は騎士になる前にこれを持ち上げなければ騎士の試験を受けれないのです」
黒光りする大きな岩に望実は無理だろうとその分厚さに顔をしかめる。国王の食卓とまでいかないが、十数人囲めそうなテーブルだ。二人でもそうとうきついと思う。
「デラ、ここに座りなさい」
「妃殿下の前です」
「デラ」
「騎士の前での余興ではないのです」
「いいではないか、ほら」
強引に奥方をテーブルに座らせるとウェルテクス卿はニカッと豪快に笑い雄叫びをあげた。望実がぴくりとも動かせなかった一枚岩が奥方つきで持ち上がっている。しかも片手で。ついでにものすごくうるさい。ただなんだか勢いと満足気なウェルテクス卿に押されて思わず望実は拍手してしまう。それをみてミラベルも物凄い勢いで拍手する。
「父上、母上、妃殿下の御前で何をなさっているのです」
息を切らして入ってきたネビルにウェルテクス卿はつまらなそうな顔をしてテーブルを元の位置に置くと奥方に手をさしのべ立ち上がらせる。
「失礼致しました。父上、セミノールと話すぐらいの声音で妃殿下方とはお話しください。耳を痛められたらどうするのですか。母上、そんな機嫌よさそうな顔をなさらず、お止めください」
機嫌がよかったのとミラベルを思わず振り向いて見てしまう。ミラベルわからないと言うように首をかしげていた。
用は顔に出る夫と、出ない妻のカップルなのだろう。ウェルテクス夫妻は従兄弟結婚だと聞いていたがある意味にたものカップルなんだと思う。筋肉大好きカップルなんだ。筋トレ自慢する男ってばかみたいだけど可愛いのよねとスナックのママを思い出す。
「妃殿下、ここで話すべきではないと思いますが、失礼を。その、妃殿下。あの男なのですが……」
「ええっ」
耳元で囁かれたのは望実を殺しに来たのでも、夜這いに来たのでもなく、ミリヤに会いに来たという。夜這いに来たといった方がいいのかもしれないが、もしかしたらミリヤの実家が手を伸ばしている可能性があるため、急遽家に帰ったとネビルに言われた。
「ほっとしたような、なんだか腹立たしいような。知り合いではなさそうだったけど」
「名前はしっているが顔は知らないそうです。恐縮して青ざめておられました」
「彼女はなにも悪くないわ。ケチつける貴族がいたら追っ払うからちゃんといってね。護衛はつけたのよね」
「はい。ウィルとこの機会ですのでサガをおまけで強引につけました。騎士たちよりごろつきの事は分かると思いますので」
「いい人選だと思う。何かあったら鳥がくるでしょう。あとはエスクードに任せます」
それにしてもミリヤと望実を間違える人がいるのだろうか?
謎だらけだが、望実が目当てでないのならミリヤには申し訳ないが少しだけほっとする。まとわりつくような気持ち悪さも落ち着いた気がした。
望実はくるりと向きを変えるとずっと言いたかったことをウェルテクス夫妻に話す。
「ウェルテクス卿、デラ様、ご子息を私の騎士に送り出してくださりありがとうございます。ずっとお礼を言いたかったのです。ネビルは私の最高の騎士、いつかオランジュの親衛隊になってくれればと思っています」
「うおおおおおおおっ、妃殿下。なんと、なんと、勿体なきお言葉。陛下にお聞かせしたかった。あ、これはどちらの陛下にもです」
「あ、はい」
すすすっとミラベルが耳の被害にあわないように避難している。なんてちゃっかりしているのだと望実は思いながら苦笑いしていると嬉しそうなネビルが目に映った。
ネビルには感謝しかないのだ。少しだけある距離は騎士と主としては正しい。あの大変な旅の距離がエスクードのいうとおりおかしかったのだ。そう思うとやっぱり寂しい。
「妃殿下。オランジュ殿下の母君は私の親友でした。妃殿下がオランジュ殿下を心から大切に思っておられることをネビルから聞いて私も嬉しく思います」
久しぶりに美形の笑顔の眩しさにくらっときた。これが宮廷の男たちを嫉妬させ、早く嫁げ、そうでなくば女達が結婚しないと言われた麗人のスマイルかとうっとりしてしまう。
「ネビル、騎士物語は本物ね」
ファンになりそう。ノバの声でこの顔で口説かれたらイチコロかもと呟くとネビルが頭に手をあてる。
「はははは。デラは国一番の人気者でしたからな。まだその威光は健在のようだ。なんせ妃殿下の父君ときたら、デラがいると国中の娘が変になってしまう。早くおまえが口説いてもってけとせっつかれたぐらいでして。いやそのくせデラと踊った王は……」
「父上。そのお話は禁じられております。妃殿下、お忘れください」
何か事件でもあったのだろうかと望実は思ったが今聞いても教えてくれそうにないので「ネビル、セミノールに会いたいわ」と話を変えた。
「もう起きているようなので、寝室です失礼いたしますがご案内します」
ネビルは両親を咎めるようにみると二人は目に見えてしゅんとした。
「可愛いご両親ね。ほんとはもっと堅苦しくないんでしょう? 緊張させて申し訳なかったわ」
「そうでしょうか? がさつな家なだけです。貴族と大勢関わっている家であればあるほど我が家を敬遠するのですが、妃殿下がそうではない大きな心の持ち主で安心しました。襲われた話しはしていたので警戒していたのでしょう。表だって妃殿下派閥を表明していないことは心苦しいのですが、オランジュ殿下の扱いをみて両親はとても喜んでいました」
「いい意味で貴族らしくなくて好きよ。ネビルがおおらかな理由も分かる。あ、母君にサインもらってもいいかな? リザリヤの憂鬱の本、あれデラ様がモデルよね」
「……妃殿下、できればあの本の話はしないように」
「え、なんで? 本人も納得されてのモデルだったとミリヤに聞いたけど」
「そのですね」
あーとかうーとか唸る要領を得ないネビルの言葉に望実は首をかしげる。ちょんちょんとスカートが揺れる。ミラベルを振り返ると彼女は「オランジュ殿下の母上とネビルの母上がモデルなのです」と言った。
「え、妖艶な男たらしのリザリヤってオランジュの母上なの?」
「違います。母もあれには怒っていたのですが、殿下の母君が世間にはこう見えるのでしょうと笑ってお許しになったので」
でも王に使える侍女でモテモテだったらしいからそう見えたのかもしれないと望実は眉間にシワを寄せる。オランジュは王様より母君ににてるとコラーダもいっていた。肖像画がないかデラに聞いてみよう。
オランジュが扉の前でノックをする。
「妃殿下がお越しくださった。粗相のないように」
「はい」
小さな声が聞こえる。まだ四歳の子に厳しいなとネビルを睨んで望実は部屋にはいる。
あらまあこれはと望実はベッドの上で咳をする小さな子供に息をのんだ。
父親の遺伝子をいっさい感じない神殿の女神の眷属のような線の細い美少年が座っている。ネビルとも髪の色さえなければ兄弟とはわからないぐらいに似ていない。デラのような風格はないが、あの繊細な美は受け継いでいる。
「これはウェルテクス卿が溺愛するのも分かるわ」
もし娘だったらお嫁にはいかせないと暴れそうだ。セミノールがコンプレックスだらけになるのも分かる気がした。ウェルテクス一族だけでなく、剛健な騎士や戦士ばかりがこの居城にいるのだ。
貴族の女性にはそっちの方がもてるから安心したまえ、君は母上並みに人気者になるぞ。セミノールといっても幼児といっていい年齢の子供にはなんの慰めにもならないだろう。
ベッドの前に屈むとセミノールが起き上がろうとする。望実は寝ていていいのと言うと手をとって怖がらせないように微笑んだ。
「セミノール、はじめまして。私はポメロ・リヤンよ。こちらはミラベル・ティエラ。貴方と話をしに来たの」
セミノールはビックリしたようにネビルを見つめ、小さな手をぎゅっと握りしめた。




