月夜のであい
「妃殿下、いかが……マティアス。隊長をすぐにこちらへ」
「はい」
「見覚えは?」
「全くないわ」
髭が濃い、それなりに体格のいい男を見て望実は首を振る。
「読んでいた辞書を振り回したらのしてしまったんだけど、その、できれば内緒に……」
暴力的な王妃として世に知られるのはちょっとと望実がいうとジーンはくすりと笑った。
「妃殿下は並みの方ではありませんね。かしこまりました。取り押さえたのは私といたしましょう。その方がすんなり行きそうですから。あとで侍女の方ともそのように打ち合わせしておきます」
「ポメロ様、失礼いたします。すぐにこの男を地下へ。部屋変えはされますか?」
「変えなくていいわ。お客様もいるなかでバタバタすると後で困ったことになるから」
「かしこまりました」
叩き起こされたのかネビルは眠そうな目をしてこちらにやってきた。だが男を見た瞬間引っ張り出すと「ただちに地下へ」と声をあげた。
「妃殿下、ご無事で何よりです。明日朝報告をさせていただきます。今夜はジーンをお側においてください」
「わかったわ。皆にお疲れといっておいて、ティエラ家にだけなるべく目立たないように文を」
「かしこまりました。失礼いたします」
一瞬でできる男の顔になったネビルに望実はおおっと内心拍手しながら頷く。
「お茶をいれてくれる?」
「はい」
「少し打ち合わせをいたします。失礼を」
ミリヤとジーンが部屋を出たのを確認して望実は小声で「ノア」となまえをよぶ。
「今日は帰った方がいいわ。見つかったらややこしいことになるし、先生にも迷惑が」
「マスター? 大丈夫だよ。俺は見つからないから」
すっと現れたノアにビックリしているとノアは不思議そうに望実を見つめる。
「それにあのマスターが俺のことぐらいで窮地になるとは思えないね。くえないもん」
「作りだした親みたいな人を悪くいうもんじゃないわよ」
「えー俺、誉めてんだけど」
ターバンを巻いてマントで身体を覆っているノアは一見するとランプの魔神のようだ。エキゾチックで浮世離れしている雰囲気のせいか嫌な感じはない。
「あと、ママはやめて。ポメロでいいから」
「なんで? 俺のママだっていってくれたじゃないか」
「あ、うん。そうなんだけどね」
見た目がどうみても20前後のノアにママと呼ばれるのは複雑を通り越して怖い。オランジュぐらいの年齢なら許可できたのだけど。
「ポメロって、でもそれはママの名前じゃない」
「?」
「俺はあなたの血を貰って産まれたから、あなたの本質がわかるんだ。ポメロは違う人の名だよ」
望実は驚いてノアを見つめる。数人に別人だとばれているがここでもかと頭を抱えたくなる。外国の王族とあわなければいけないが、片っ端らからばれたりはしないのだろうか?
「あ、うーん。ノバにも秘密にできる?」
「秘密?」
「だれにも言わない約束みたいなものよ。特別で大事なこと」
「特別で大事? それってすごくいいね。わかった。マスターにも黙ってる」
「望実っていうの。私の名前」
「それがママの本質か……うん。わかった。ありがとう望実」
「普段はポメロっていってね」
「了解」
子供みたいな笑顔になるノアに望実は複雑な気分になる。ヤンデレホラーなノアしかしらなかったから、健全に育てばこんな感じなのかと不思議な気分だ。
ノックの音と共にノアはすっと消えた。どうやっているのかわからないが、まるで風のようだ。
「失礼いたします。だれかいたのですか?」
「空気を変えたくて換気しただけ。今日は月が綺麗なのね」
「そうですね」
侵入した男の目的を聞くまでは眠れそうになかった。




