侵入者
腫れている足をミリヤに冷してもらいながら望実は大きなため息をついた。
「お疲れのようですね。顔色も良くないようですし」
「嫌だったら答えなくてもいいから。ミリヤはどうして家のためにそこまでできるの……今日はずっと結婚結婚言われて頭がおかしくなりそうだった。オランジュの婚約者をミラベルに決めておいたのは正解だったわね。うまくあしらっていたもの」
「そうですね。家を継ぐために育てられたのでと言うしかないですね。両親共に身体が丈夫な方ではなかったのもあって、家を支えなければと自然に思うようになりました」
誇らしそうに言うミリヤが少し羨ましかった。ぴんと背筋が伸びているミリヤはやっぱりかっこいい女性だ。
「け、っこんは?」
「向こうが割りきってくれれば一番いいのですが、私からはなんとも」
ミリヤは苦笑いする。婚約相手は随分年下だと聞いていたが、この感じでは恋愛とは別物のようだ。
「怒らないでね。恋愛したいとは思わない?」
「親族に言われたら怒るかもしれませんが、ポメロ様には……微笑ましいと思うだけですわ。これでも騎士物語のように、いつかどこかへ連れ出してくれる人が来てくれないかと待っていたときもありました」
少しだけ夢見るような瞳をメガネの奥からきらめかせ、ミリヤは内緒だと言った。
「どんなに才能があって望んだとしても兄や弟を退けて家長になれない女性は大勢いるのです。父の名を継ぐことができる私は恵まれています。婚約者にも感謝は忘れないようにしたいと思っています。彼の家族もまた窮地だったとはいえ、ほとんどの条件を文句もなしにのんでくれましたし、こうして妃殿下の側で働くこともできるのですから」
これ以上を望んでは偉大なるザンザールから強欲の罰がくだります。ミリヤの静かな声に望実は泣きたくなった。好きな人と思いあったときに結ばれる。それは本に書いてあるよりずっと難しいことなのだ。
ただミリヤは諦めたからここにいるわけではない。望実だって同じだ。
「それに、最初は打算だらけでした。グルナード様にのお側で良いところを見せれれば、家のためになると思っておりましたので」
「宰相で国一番の貴族だもの。当然よ。それにミリヤほどの人材を私の侍女で終わらせるのは勿体無いなって思ってたの。いずれオランジュの指南役か、大臣補佐か、貴女にあった場所に移動してほしいと思って。貴女の才覚にぴったりの場所が見つかればいいのだけれど」
「勿体無いないお言葉です。ただ我が儘を言えば妃殿下が他国に嫁がれるのでない限りはお側にいさせていただければ嬉しく思います。今の仕事はとても楽しく勤めさせていただいておりますから」
なんとなくモヤモヤしていたものがミリヤの慣れない笑顔で吹き飛んだ気がして望実は立ち上がる。
「ええ、お願いね」
布団にはいれば晩餐会の疲れもあってすぐに望実は寝てしまった。
「ママに何をするんだ!」
「え?」
どさっという音で目を覚ました望実は目を擦る。何かが上に乗っているのがわかるが、よくわからない。
「なに? だれ? まさか、幽霊?」
「違う。ママ、俺だ」
「これが有名なオレオレ詐欺……ってまって十秒数えて落ち着かないと。えっと……その最高にいい声はノア?」
「うん、そう」
うん、そう。ではない。いったいどうやってここに……の前に先程の音はなんだったのだろう?
とりあえず慌てて起き上がると望実は叫び声をあげそうになった自分の口を塞いだ。
「だ、だれ……このひと?」
「知らない。ママに襲いかかってからとりあえず殴った」
「そ、そう。守ってくれてありがとう」
「ううん。当然だ」
ニコニコ笑うノアに問いただしたいこと満載だったが、とりあえず男の顔をつけたランプで確認する。
「見たことがない顔ね」
「殺した方がいい?」
「ダメよ。 絶対ダメ。とりあえずこれで縛っておいて」
「うん。喉が一番いいかな?」
「何いってるの。手を縛っておいて」
「ふーん」
納得いかないようすで帯紐を見つめてノアは男の手をぎゅっと縛った。
「ノア、いいっていうまで隠れていられる?」
「当然。毎日ここに来てるけど一度も見つかったことなんてないよ」
「あ、そう」
警備体制はどうなっているんだとか、ノバはいったい何を教えているんだとか言いたいことは山ほどあったが、とりあえず飲みこんで望実はノアに笑顔を向ける。
「これからも見つからないようにお願いね」
「じゃあ、また」
あいつは忍者かと突っ込みたくなるぐらい一瞬で姿を消したノアの残像を消すように頭を振って、望実はとりあえずドアを叩く。
「はい。いかがされましたか?」
「ジーンは夜警にいる?」
「おります」
「ちょっとよんでもらっていいかしら?」
「すぐにお呼びします」
しばらくしてノックが部屋に響く。とりあえず一番分厚い辞書で殴ったことにするために本を持ち上げて望実は「入って」と言った。




