晩餐会②
「ポメロ様」
「あら、ネビル。来てたのね?」
ペッシュに頼んだ手紙はうまく伝わったようで、珍しく向こうから近づいてきてくれた。騎士としてではなく、今日はウェルテクス家の代表で来たのだと言われ望実は驚く。
「ご家族になにかあったの?」
「兄はたまたま領地に戻っておりまして、弟が出掛けに熱を出したのです。急遽私が代表でこさせていただきました」
「大変ね。流行り病ではないのね」
「いつものです。人前に出たくないのでしょう」
呆れたように言うネビルに望実はため息をつく。病気になったことがない人は気持ちがわからないとは言うが、頑丈そうなネビルにか弱い弟の気持ちを全部理解しろというのは難しい事だろう。そういった兄たちの態度をなんとなく感じて、ご両親はますます過保護になるのかもしれない。
「では明日お見舞いにいくのでご両親によろしく」
「え、ちょっと待ってください」
「なに? ちゃんと時間はあるわ。食事とかそういうのはいらないから」
「いえ、その……」
「ウェルテクス卿が誰にもあわせたがらないのならノバを連れていくわ。伯爵令嬢が落ち着いたらだけれど」
「ディオール様ですか、あ、はい。それなら両親も断らないとは思います」
ため息混じりに言われて、そう言えばネビルと元の状態に近い所で話せていることに気づく。
「ネビル、少しだけいい?」
「なんでしょうか?」
背の高いネビルの肩に手を置いて耳元に唇を寄せる。がっちりした肩に無駄に緊張が走るが望実は考えないようにして早口で用件を告げた。
ぱっと手を離して息を吐く。今までどうしてあそこまで気軽に触れられたのだろう。旅のせいもあるのかもしれないが。
今夜は色々な人と挨拶を交わし、時には手にキスされたり、握られたりしながら望実はどうしても緊張と嫌悪感に苛まされた。それとは少しだけ違う気がするのだ。
「すぐにとはいきませんができる限り急ぎます」
「ええ、ごめんなさい。貴方以上に信頼できて動ける人がどうしてもいなくて」
ウェルテクスの家は中立よりだが、それとは違いネビルは来たときからずっと世話になっているし、裏表が激しくあるようには思えない。一族脳筋とか書いてあったせいもあるだろうが、嘘は言えない人だと思うのだ。
「このような場でそのようなことをおっしゃってはいけません。誰が聞いているか分からないのですから」
「……っ」
「それで、いったい何を彼に?」
突然後ろから手を捕まれ望実は動揺する。さっきまであちらの端にいたのにいったいいつ移動したのだろう。
「ちょっと、ここでは言えないわ」
「なにか、また良からぬ企みでも?」
ふっと笑う笑顔に心が冷える。それはあんたの方でしょうがと叫びたいが、そんなことはできない。オランジュのためにも悪い印象を残してこの場を去れない。
「企みではなく、サガとペッシュのことで……ちょっと。せめて手紙ぐらいは許してほしいと言ったの。ここではまだ話せないことでしょう?」
センスを広げそっと小声で望実は言う。
「サガの事を頼んでいるのもあって、ネビルとひさしぶりに直接あったから、少しだけきが抜けたのは反省する」
「……そうでしたか」
納得と言うよりも満足した顔でエスクードは頷くと望実の手を放した。
「貴方こそ迂闊な行動とると噂になるわよ。宰相が狂ったとか聞きたくないのだけど」
「そのような戯れ言、流させるわけがないではありませんか」
「その調子よ」
ぱしっと音をたてて扇子を畳む。グルナードがいうようにこれは武器だなと思う。本心を隠す覆い。
ネビルがそっと頷いたのを見て、望実は扇を広げネビルにむかって一度だけ仰いだ。頼んだという合図だ。
「ははうえ」
ミラベルとミネオラと一緒に貴族の挨拶を受けていたオランジュは眠そうな顔をしている。そろそろいいだろうと二人で手を繋いで中央の席に戻る。
「皆さんと良い話し合いができたこと感謝します。今後ともオランジュと私を是非お願いいたします」
「つかれただろう。大義である」
オランジュがそういうと会はお開きになる。
「妃殿下とオランジュ殿下に幸いあれ」
いっせいに祝福の言葉が送られ「皆様にも」といいながら二人は退室する。扉が閉まった音がして、今更ながら足がずきずきと痛みだす。
「オランジュ。ごめんなさい」
「だいじょぶです」
しっかり支えようと頑張ってくれるオランジュと一緒に控え室に入る。
「ノバをここに呼んだら目立つからなんとか部屋に戻らないと」
「妃殿下」
すぐに入ってきたグルナードにほっとして「運んでもらえる?」と聞くと、なぜか後ろにいた子供二人がぱっと笑顔になった。そういえば誤解されたままだった。
「グルナード兄さま。このような場合女性から言わせるなんてもっての他ですわ」
「ミラベル」
少しげっそりするグルナードとミネオラにいつもこの調子なんだろうなと望実は笑う。
「オランジュ。ミラベルとミネオラと後から来て。ミリヤ、三人をよろしく」
「かしこまりました」
抱き抱えられてほっとするなんてやっぱりおかしいのだろうかと望実は綺麗な横顔を見つめながら思う。ノバは好きとか意識しているとか言っていたが、本当にそうなのだろうか?
こんな綺麗な人に触れられたらやっぱりドキドキはするだろう。お姫様抱っこは乙女の夢である。それでもそういった雰囲気ではけしてないことに望実は安心していた。
「あまり人をじろじろ見るものではありません」
「…うん。グルナードって」
白い頬に触れるとグルナードは眉間に皺を寄せる。思った以上に綺麗な肌質だ。化粧水とか弾きそうな感じの。これはつまみたい。望実が手を再度伸ばした瞬間手をとられる。
「兄に釘を刺されたのでは?」
「はい」
「先程もネビルに顔を寄せていたのを見られていましたが、妃殿下はもう少し回りを見た方がよろしいかと。ああいった方が好みかとご婦人方がざわめいておられましたよ」
「そうね、女性と話した内容はそればかりだったわ」
「オランジュ殿下は婚約者も決まっていますし、貴女の王への純愛は広まっているので気になるのでしょう。次の相手が」
次の相手かと望実はため息をつく。今のところ、条件はオランジュのためになる人だけだ。望実は今でも帰る気でいるのでそれでもいい人もいれないといけない。
「それにしても一瞬でしたが、兄の面白い顔が見れたのは妃殿下のお礼を言わなければ」
「エスクードが?」
「兄にようやくバカにさせれずにすみそうです」
グルナードは椅子を引いて望実をそっと下ろすとにこやかな笑みを浮かべる。
「ティエラの名を持つものは王を愛さずにいられない」
「グルナード、私は王ではないわ」
その言葉にグルナードは答えなかった。




