原因追求
なんだかひどい誤解をされた気がするが、今騒げば余計にこじれそうな気がして城内にはいる前についてしまった草やら実やらを落としての望実は息をふうと吐く。
五才の子供に色仕掛けやらはしないと思うが何かあればオランジュの両親に申し訳ない。ただあの別人のような伯爵令嬢の姿には違和感がある。大人しくつんとした気位の高い令嬢がああも露骨なことをするだろうか?
ミラベルをみて色々とコンプレックスが刺激されたのかもしれないけれど。容姿端麗、王家に次ぐ家格、頭脳明晰で声も仕草も美しい。ハイスペックチート美少女を前にいたたまれなくなるのはよく分かるのだ。
ただミラベルだってコンプレックスがあったり、教科書通りの社交しかできない悩みを抱えていたりする。オランジュが自分の境遇に悲しんでいたとき、一緒に泣けるのがペッシュなら、叱咤激励するのがミラベルだ。
男だったらなんて今でも言われているのだからゲームの世界でミネオラが複雑すぎる感情をもて甘し、サガが乙女になるのも分かる気がする。考えればどちらかというと王子様スペックだものねと望実は足が痛いのもありゆっくりと階段を上っていく。
客間は三階なのでまだまだある階段を見上げため息が出てくる。靴を脱いでいいだろうかと一瞬立ち止まって客間にいる控えの貴族にみられたらと思うと上らねばいけないだろう。気合いをいれスカートをつかむと「妃殿下」と声をかけられた。
「なに? …………エスクード」
「久しぶりです」
「ええ。そ、うね」
グルナードに感じる安心感とは違うぞわっとした焦燥感が望実を襲う。髪型以外そっくり二人なのによくみると雰囲気は全く違う。冷たい氷のようにツンツンさしてくる表面を氷らせるグルナードと違って、エスクードの視線は心の奥をついてゆっくりと氷らせてくる。獲物を捉える矢のようだ。
視線をそらす望実にエスクードはわざとらしくため息をついた。ここら辺は兄弟そっくりだ。サガぐらいはっきり言えばいいのにと望実は思いながらなんだかジリジリ近づいてくるエスクードから離れようと壁を伝って後ずさる。
「そんな様でこれからどうするのですか」
「あなたね」
どの口で言うのだと望実はエスクードを睨む。
「その方がずっとらしいですよ」
「何するのよ」
「足を痛めたのでしょう?抱えた方が早いので失礼を」
「いやよ。ね、ネビルを呼ぶから」
「彼はまだ騎士寮かと。かの少年といましたから。女騎士に運ばせるには妃殿下は少々……」
「いい、わかった。わかったから。しょうがない。我慢してあげる」
ままよと手を伸ばすと丁寧に持ち上げられる。この人は言葉も態度も酷く冷たいのに手だけは温かい。想像通りで悲しいが望実は酷く緊張して唇を震わせる。自分らしくないとは思う。嫌なことなんて今までは寝れば忘れられた。こんなにも根をおろすどろどろした何かに心が未だにとらわれていることが酷く苦しかった。
「泣かないでください。貴女に泣かれるとどうしたらいいかわからなくなる」
「泣いてる女の子をあやすことぐらいどうしてできないのよ。そんなんでよくミネオラとミラベルと暮らしてるわね」
しかもミラベルの初恋は確実にこの宰相殿である。子供の扱いはうまいんじゃないのと毒を吐くと「さあ。乳母も家庭教師もつけておりますし、子供など勝手に学習していつの間にか育っているものです。あのぐらいの年頃ですでに私の質問に両親は答えられませんでした」とエスクードは笑顔でいった。
「ちょっと、それじゃあ勉強以外はどうしてるの?」
「音楽も絵画も人並みにさせていますが」
「違う違う。ハグしたり、頭を撫でて誉めたり、寝る前に頬にキスしたり、可愛がるってことよ」
グルナードですら、二人を可愛がっているふしがあるのに、肝心のエスクードがこれではミネオラが屈折するのも分かる。
「それは母親の役目です」
「違う! 両親の役目なの」
父親を知らない自分がいうのもと思うが、ミネオラにはちゃんと目の前にれっきとした父親がいるのだ。可愛がってもらえないなんて酷すぎる。
「グルナードのこともたまには誉めてあげるのよ。お兄ちゃんってそういうものでしょう?」
「なぜ、弟を誉めないといけないのですか。もちろん勲章を貰うほどの活躍をしたのなら私だって誉めると思いますが、普段なにを誉めるというのですか」
眉間に皺を寄せるエスクードをみているとなんだか望実は気分がよくなってきた。頭のいいエスクードにも分からないことがあるなんて愉快な気分だ。
「なんでもいいのよ。書類の字がみやすいとか、丁寧に整頓されていたとか。ミネオラやミラベルには勉強をよく頑張っているなの一言でいいの。貴方にはわからないかもしれないけど、誉められるって嬉しいのよ。今日でなくてもいいからまず三人を誉めなさい。そしたら私が誉めてあげる」
「うむ」
「オランジュなら大喜びなのに」
「さすがに五才の殿下と比べないでいただきたい」
「あら、オランジュはいつも私を誉めてくれるのよ。五才の子にできてなぜ宰相の貴方にできないの? じゃあ頑張ってここまでで大丈夫だから」
望実は戸惑っているエスクードの手からゆっくりと降りると伯爵令嬢の部屋をノックする。
「誰だ」
「オランジュ? 私よ。令嬢がどうかされたの?」
すぐに扉が開いてなぜかペッシュとオランジュが二人で寝ている令嬢をみていた。
「エスクード。体調をみれる?」
「君、すぐに医師を。殿下、下がってください。ペッシュ。こちらへ。力を使いましたね」
ペッシュは首を振って「いいえ」といった。
「力の波動が残っているのです。無意識なら何か引っ張られる感覚はありましたか?」
「いいえ」
「ペッシュ。裁きたいわけではないのです。事実を言ってください」
「本当になにも」
「エスクード。私と共にいたのだ。彼女はなにもしていなかった」
さっとエスクードの前にたってきっぱり言うオランジュがかっこよくて思わずうちわを振り回したくなる。いつの間にかペッシュとも順調に仲良くなっているようでお義母さん安心しました。
にこにこと二人をみていると突き刺すような視線に絶対にそちらは見ないぞと気合いをいれて望実は部屋を見渡す。望実がいる部屋とあまり変わらない間取りだ。伯爵家は城壁を守るという役目を担っているので辺境にいるが、中央の伯爵家より家格が上だ。ネビルのウェルテクスより上といってもいい。それに見合った十分なもてなしだと思う。
「力がごっそりとこの令嬢からは抜けています」
「でも聖力って普通の人は持っていないのよね」
「いいえ。私たちのように強くないだけで、どんな人にも力はあります。量はごくわずかといっていいものですが。よって彼女が留学し魔法を使うのは大変難しいと言えるでしょう」
ペッシュやオランジュなら使えるということだろう。
「ペッシュの力の許容量をバケツだとすると、彼女の許容量はコップ一杯です。非常に何かに力を乱されているのを感じます」
「オランジュ。令嬢はなにか、そう石とか貴方に見せなかったかしら?」
「はい。鉱山でとれたものだと、つけているブレスレットを見せてくれました」
彼女の腕から腕輪を抜くとエスクードはよく観察する。
「これですか。ふむ……これは……ペッシュこちらへ。殿下叱るわけではありません。少し力を貸してほしいだけです」
ペッシュの手首を左手でもち、右手に腕輪を持つとエスクードは唸る。
「非常に我が国の宝玉と波動が似ています。ただかなり微力ですが」
「それがペッシュともにていると?」
「ええ、ほとんど同じと言ってもいいかもしれません。私が気配を間違えるなんて」
がっかりしているエスクードを無視して、令嬢のひどい顔色を見る。まるで生気が抜かれているかのように真っ青だ。
「オランジュ、ペッシュ。とりあえず戻りましょう」




