ティエラ一族
グルナードに交渉を任せてしまった方がいいのではと思うのだが、望実が考えて返答することこそ大事なのだと彼は言う。修正はこちらに任せていただいて構わないが意見を言わなければ何が正しいかを判断できなくなるとうう言葉に望実はその通りだと頷いた。
ティエラ一家が長く王家と共にあるのが分かる気がする。補佐としての役割を完璧にこなしてきたのだろう。
「グルナードは乗っ取ろうとか操ろうとか思ったことはないの?」
「ありませんね。ただ、王があまりにも弱気でいらっしゃる時はよっぽど兄がついだ方が国が治まるのではと思ったことはあります」
オランジュの父君は聡明だったとか勇猛果敢だったと言うより優しく穏やかな方だったらしい。グルナードにしては物足りなく感じたのだろうか?
「私の王は一人だけです。貴女が王位を継がないのならあの方だけでいい」
「オランジュを支えてほしいのだけれど」
「それは次代に任せましょう。ミネオラはまだまだ頼りないですが、ミラベルは兄に似て聡明です。殿下を支える柱として申し分ない働きをしてくれるでしょう」
もちろんミラベルが聡明なのは知っているが、あの子はあの子で問題がある。
「きゃあああああああああああ」
突然、悲鳴が庭から聞こえてきた。その声に望実は思わず窓にかけよるが、こちらからは角度でみれない。
「オランジュに何かあったかもしれない。見てくるわ」
「そのようなことを妃殿下がなさらなくても、すぐに駆けつけるでしょう」
「そんなの待ってられるわけないでしょ」
スカートをたくしあげ靴を脱ぐと望実は驚いている護衛達を無視して廊下を走り、階段をいくつも降りた。まだ伯爵以外の客がほとんどいない時間でよかった。裏の庭へ行ける扉まで来ると靴を履いてスカートを下ろす。
扉を開けてなるべく急ぎ足で小道を歩く。
噴水の側におろおろしているオランジュと泣いている伯爵令嬢、そして彼女を睨んでいるミラベルが立っていた。隣にはミネオラがいて真っ青になっている。
「妃殿下、少しお待ちください」
何があったのと声をかける前にグルナードに腕を掴まれた。望実は先程の修正はするが何もかも言うままではダメだといっていたグルナードの言葉を思い出して引っ張られるままに小道の影にはいる。
「ひどい。公爵家の令嬢がこのような事をなさるなんて思っても見なかったわ」
「妃殿下とご年齢が近いと聞いておりますが、身分の差をわきまえなさい。ミネオラの方が身分は上、殿下は次代の王、私はその婚約者です。いったい伯爵家では何を教えているのでしょうか?」
つんとした声にますます令嬢が激しくなく。貴族はあまり大声でないたり騒いだりしないと本に書いてあったが、間違いではないだろうかと思うほどの大きな声だった。
「足が……これではダンスも、踊ることができません。殿下の婚約者とはいえ、貴女のお父様は勘当されていた言わば庶民、身分がどうと言うのなら貴女の方がどうなのでしょう? 殿下、幼いながら聡明な殿下なら私のいっている事が間違いではないと分かりますでしょう?」
オランジュは「ミラベル」と名前を呼んだ。
「急に手を引いたのはそなただ。それで令嬢はけがをした。まずはあやまるべきではないだろうか?」
よ、大岡越前。名さばきといいながら拍手しそうになった望実は手を広げた瞬間、隣から刺すような冷たい視線を感じて手を引っ込める。さすが冷鬼、迫力がある。
「突然手を引いてしまい失礼いたしました」
六歳とはおもえない見事な貫禄に望実もおおうと思わず頷く。彼女の方が自分よりずっと王妃と呼ばれるに相応しい。そもそも主人公だし。
「誠意を感じませんわ」
「……怪我をさせてしまったことお詫び申し上げます」
「殿下、私は病み上がりでまだ体が万全ではありません。このような辛い思いをさせられたのです。今夜は彼女ではなく私をパートナーにしていただけないでしょうか? 今後のために言いふらしたりしませんし、一度エスコートしていただきたかったのです」
オランジュはにっこりと笑うと彼女をたたせ「私の今夜のパートナーはははうえなのだ。ミネオラ、今夜は彼女をエスコートするように。ミラベルはグルナードかエスクードとくればよい」と言った。
「え、あ……さ、さようでございましたか。妃殿下が……殿下のお心を騒がせて申し訳なく思います。父にエスコートしていただくのでご安心を。ああっ」
崩れ落ちる令嬢をオランジュが懸命に支える。
「二人とも戻ってよい。私が令嬢を送っていこう」
「殿下、なんとお優しい」
二人が去っていくのを見て望実は「ショタコンなのかしら」とボソリと言う。
「ショタコンとは何ですか?」
「ロリコンはわかるのにショタコンはわからないの? 少年好きのことよ」
「な、妃殿下は時々物凄い発言をされますが吹き込んでいるのは誰ですか。ネビルでしょうか?」
「本で読んだの」
「妃殿下」
「ちょっと黙ってよ」
望実はミラベルとミネオラの話が聞きたくてグルナードの口を塞ぐために手を伸ばした。
「……もうちょっと優しく言えばよかったんだ。殿下にも誤解される」
「別になんとも思ってないわ」
「それ、それだよ。それがよくない。なんとも思ってないわけないのに」
「でも、殿下の手をとってあれこれ吹き込んでいたのよ。市政では妃殿下の評判が良くないようで心配だとか、殿下も王妃選びはきちんとしなければとか……殿下に触れていいのは身内だけ、無礼なことをとがめてなにがいけないの?」
「……いけなくないし、正しくあろうとするのは君のいいところだと思うよ。でも、もっとやり方があったはず。僕を使ってもよかったし。君が悪者にならない生き方があるはずだよ」
「ミネオラ」
兄妹に見える二人が寄り添っているのは一枚の絵のような美しさがあった。思わず拝みたくなる神々しさに、この二人がくっつけばいいのでは? と望実は思ってしまう。ペッシュとオランジュの子とミネオラとミラベルの子が結婚すればいいじゃない。
「そろそろはなしてください」
「ちょっと急に立ち上がらないで、きゃあっ」
グルナードが急に立とうとしたせいで口を塞いでいた望実まで引っ張られ体制を崩す。
「妃殿下?」
「叔父上……な、なにを……」
グルナードの上に覆い被さっているのに気づいて望実が無理矢理身体を起こそうとするがなぜかできない。あわてて胸元をみればグルナードが着ているボタンに望実のドレスのレースが引っ掛かって伸びている。
「やだ、ちょっと早くとって」
「お待ちください。そんなに動かないで」
「叔父上と妃殿下ができてたなんて……そっちみちゃダメだよ。ミラベル」
「ええ」
「誤解よ! 誤解。転んだだけなの」
ぶちっと音がしたので見てみればグルナードはボタンを引きちぎっていた。
「ミラベル、ミネオラ。こちらへ来なさい」
「そっちは頼むわね。私、オランジュの方にいってくるから。あと本当にグルナードとは何もないのよ! ありえないから!」
望実が立ち去るのをみてグルナードは深いため息を吐き出した。
「おじさまに遠慮することはないのでは?」
「ミラベル」
「叔父上もやりますね」
「ミネオラ」
グルナードの苦い顔に二人は顔をあわせて笑った。冷鬼もあの妃殿下には敵わないらしい。いつもは硬い表情を崩さないグルナードの困り果てた表情は見たことがない面白いものだった。




