最愛の我が息子
「私の可愛い弟子よ。目覚めた気分はどうかな?」
ノバが水槽に語りかけると赤い瞳が細くなる。睨んでいるような顔になったノアに望実は大丈夫だろうかと二人を交互に見る。
ノアはノバのクローンのようなものだ。なぜ魔力が通用しないこの国で動けるのかは分からないが魔道具のような石を使っているのかもしれない。全ての女神はそれぞれの宝石を抱いて誕生すると書かれている。いったいどんな宝玉を使えば人間そっくりに、いやそのものに複製できるのだろう。
やがて管が抜かれ、水がどんどんと排出されていく。倒れるようにペタッとガラスにもたれ掛かるノアに思わず望実は「ノア」と叫んだ。
「呼吸を自分でするのは大変なのです。成人の格好はしていますが機能は赤子と一緒。知識はありますが使い方が分からず大量に流れる情報を処理するのに時間がかかります」
ゆっくりとノバが水槽を開ける。丸くなっているノアに触れると酷く冷たかった。荒い息を繰り返している。
「風邪を引くのでは?」
「人ではないので引くかは分かりませんね」
「心臓はどうやって動いているの? ちゃんと鼓動の音がするけれど」
ゾンビみたいな死人でなくてよかったと思うがノアの顔色は酷いものだ。
ノバはノアの来ていた服を捲る。望実ははっと息を飲んだ。胸の中央に大きな紫色の宝玉が埋まっていた。大きさは鍵に埋められている物と同じ、拳ぐらいでそこから管のように血管のようなものが浮き出ていてドクンドクンと息をする度に震える。
「この宝玉をかっぱらうようにもらってきたせいで私は祖国の大敵なのです」
「あ、うん。そうだろうね」
天文学的とか値段がつけられないレベルの国宝をどうやってもらってきたのかも気になるが、さっきのせてもらったグライダーでも使ったのかもしれない。
「着替えさせるので部屋を出るか、あちらでも見ていてください。観察するのは構わないのですが、一応男性なので」
「そ、そうね。あっちの椅子に座って待っているわ」
布が擦れる音と低く漏れる声になんだかドキドキしながら違う意味で禁断の扉が開いていると望実は机に突っ伏しながら呟く。
そのままぼんやりしているとアクビが何度も出る。夜更かしなんて久しぶりだものと目を擦っていると「赤くなりますよ」とノバに手をとられた。
「終わったの?」
「概ね、完璧に」
「彼は食事とかできるの?」
「はい。しなくとも宝玉が力を失わない限りせずとも動けるのですが、なるべく疑われないように食事もできるようにしました」
きっちり着込んでいるノアはアラブの王子さまのような格好をして望実の隣に座っている。
「この格好だと目立ちすぎない?」
「今は着込める服がこれしかないのです」
「確かにネビルみたいに胸が空いている服は無理だろうけれど」
ノアと呼ぶと視線が合う。
「こんばんは。私はの、ポメロ。ポメロ・リヤンって言うの」
「こんばんは。ポメロ様」
穏やかな声に望実は瞬きする。最近ほとんどアニメに出てこない有名な声優の声に望実は夜中のテンションが一気に上がる。断じて声フェチなわけではないが、師弟でいい声なんて、なんて乙女ゲー。あ、乙女ゲームでした。やっぱり声は重要だ。
「もっと色々しゃべって。うわーいい声ね。いつまでも聞いていれる声よ。α波でも出てそう。ここでノアの声を聞きながら眠りにつきたい」
「何をいってるんですか」
あきれたように頭に手を当てるノバに望実は「そのうち二人でユニットでも組めば女子がわんさか群がるわよ」と親指をたててつきだす。
「目立つ行動はしませんから」
「ユニット?」
「ユニットに興味ある? 複数で組んで踊ったり歌ったりするの」
こうなれば望実プロデューサーが張り切って一大アイドルに育て、まで考えた望実は頭を本で叩かれた。
「痛い」
「バカなことばかり言うからです。この子は物覚えがいい上に滅多なことでは忘れないので余計な事を教えないでください」
「はーい。でもそうしてると父親みたいよ。ノバ」
語尾が弱まる。作られたノアより父親について分からないなんて自分の方がよっぽどおかしい気がしてくる。
「というか一応私の血も微弱ながら入ってるから私とノバの子供みたいなものか……異世界に来て子供がどんどん増えてる気がする。結婚もしてないのに」
「それは姫があちらこちらから拾ってくるからでしょう」
「でもこの子は正真正銘私と血が繋がった子供じゃない。なんかドキドキしてきた。誕生にも立ち会ったし、これから私のことはママと呼んでもいいのよ。自分よりでかい息子を持つなんて異世界すごい」
「何をおっしゃっているんですか、私と貴方を両親だと認識したら大変なことになるじゃないですか! 嫌ですよエスクードに目をつけられるのは」
「一層結婚する?」
「何でそうなるんですか!」
「一応独身同士だし。子供もいるし」
「貴女ね」
ぶつぶつ説教紛いの事を言っているノバを無視してノアの手を握ってみる。少しだけ体温が上がっている気がする。
「……ママ?」
「どうしたの?」
「お、れに、パパとママが?」
「そうよ。あそこでぶつぶつ呟いているイケボがノアのパパで可愛くてチャーミングな王妃様が貴女のママ。けれどなんということでしょう。王妃様は異世界転移してきた日本人だったのです。はははは」
完全に後で思い出してどん底に落ち込むレベルの夜中のテンションである。夜中に創作活動はしてはいけない理由が今ならわかる。
冷静でなかったのはノバも同じだった。ずっと目を覚まさなかったノアが目の前で動き出した科学者としての興奮もあったのだろう。
「違います。あの方は貴方に力を分けてくださっただけの他人です。貴方の父は世界最高の魔術師であり医学にも造形が深い天才科学者の私だけです」
「なんだか自己評価高すぎじゃない? 息子の前だからってかっこつけてもってるでしょ」
「貴女こそチャーミングの前に抜け出し癖を何とかしないと誘拐されますよ。男にホイホイついてくる時点で王妃としての自覚がありません。気軽に結婚するとかいって戦争でも起こったらどうするんですか! 貴女のせいで世界対戦とか洒落になりませんよ」
「まあ、ノバったら私の評価も高いのね。トロイのヘレンみたいに私を争わないでなんて言えるもんなら言ってみたいわよ。私はちょっとオチャメなだけじゃない。そもそも誘った本人が何いってるのよ。だいたいそのままペッシュを追いかけ回してたらロリコンの変態よ」
ノアは望実とノバを見ながらおろおろしと二人を見て混乱していた。
「変態とは聞き捨てなりませんね。どちらかと言えば変態ホイホイな姫がいけないのでは?」
「なによ。何十年も嫁の一人も連れてこれないで地下で実験してる寝暗よりずっとましよ」
「私の実験は世のため人のためです。ノバは今後魔力と科学の融合とこの国でのみなぜ魔力が使えないのかそれをさぐる手がかりになるかもしれない最高傑作なのですよ」
「それだけでは愛情に飢えてしまうわ。そもそも貴方が放置したら大変なことになるんだから、ちゃんと見てないと兎は寂しいと死ぬのよ。ノアが最高傑作ならちゃんと可愛がって息子よ愛しているの一言ぐらい言えないで何が父親よ」
「言えないとなぜ言えるのです。ノア、よく目覚めましたね。愛していますよ。ほら言えたじゃないですか! なに真っ赤になってるんです。貴女に言ったわけではありません」
いや、囁きフルボイスはいけないだろうと望実はぶんぶんと首を振る。
「かっこよすぎるノバの声がいけないんだもん。なんでそんなにかっこいいの? バカじゃないの?」
「な、貴女だっていちいち可愛いですからね。ちまちまあっちこっち行っては信頼全面に押し出した顔を色んな人に見せて、そうやってたらしこんでるといつか手痛く裏切られますよ。そうならないようにちゃんと守ってあげますから、私の言うことは聞きなさい」
「はい」
「素直なのは可愛いですよ」
「はひゃあ」
「パパとママ仲良し。パパは俺を愛していて、ママはパパと俺の声が好き。ねえ、あってる?」
「概ね間違いでは……」
「正解。ノアったらパパによくにて天才なのね」
「俺、天才? ママ嬉しい?」
「うん。嬉しい。このままお城に連れていきたいぐらいよ」
「だめです。貴女がオランジュ殿下をどれだけ甘やかしてるか見てますからね。城にあがるならきちんと躾をしてからです。それまでは私とここで勉強なさい」
ノアは見たことがないほど綺麗な笑顔で二人を見た。望実はその無垢な美しい笑顔を見て泣きそうになる。彼は化け物ではなくただ特別に愛されたかっただけなのだ。それは望実だって、オランジュだって一緒で。
「よかったね。ノア」
「はい」
この日、破滅フラグと死亡フラグは一気に消滅した。夜中のテンションと大人げない父親、そしてノリがちょっとばかしよすぎる王妃のおかげで。
ここで父母否定すると死亡フラグでした。ノア暴走のち望実とラボは爆発。ノバはなんとか生きてますがノアを殺してリヤンで指名手配。のち……に永久に地獄の苦しみをあじあわされながら生きるはめに。
最悪のバットエンド回避です。
夜中のテンションは世界を救う。




