禁断の扉
「姫様。サーシャが感動していましたよ。殿下はあれから酷い癇癪を起こさなくなり何かと自分で片付けたり、皆を労るような声をかけてくださるようです」
コラーダは相変わらず感激屋さんで、陛下達にもお見せしたかったとハンカチで目元を拭きながら望実に涙声で言う。
グルナードにも子供の扱いが私よりずっと上手いとかお世辞を言われてしまったけれど、子供の扱いが上手いというよりは、まだまだ自分が子供のなのだ。自分がしてほしかったこと、自分が不満だったこと、自分が嫌だったことを思い出すとそれがオランジュに当てはまるだけで、きっとそれはもっと大人になれば薄れていってしまう感覚なのだと思う。
母親が仕事にいくのが嫌だった。雨の日の一人っきりの留守番は酷く寂しかった。外に出れない理由がわからなかった。ぶつける相手もいないから一人で良く泣いた。やがて泣いたり、物に当たってもどうにもならない事に気づくのだ。
「それは元々のオランジュが賢い上に優しいからよ。私が何かしたからじゃないわ」
「いいえ姫様。殿下には両親がいず、親戚も……王族として年配の方がいらっしゃれば良いのですが流行り病で皆、身罷られています。そんな中で話ができる姫様がいることでなんとか頑張れているのだと思いますわ。先代が急に連れてきた娘を王妃にと言ったときはなんと酷い事をと思ったりもしましたが、贈り人からの最後の贈り物と皆が姫様に感謝しております」
そんな大層な物ではないと思いながらも望実はコラーダに抱きついて「ありがとう」と言った。正真正銘貴族の娘で母なのにコラーダは広間で合わなければいけない貴族の女性達と全く違ってどこか石鹸の香りがする。
「コラーダこそお子さんとちゃんといれてるの? 私が独占しているようで申し訳ないのだけれど」
「そろそろ一番下の息子が陛下の護衛につきます。外に出だすと口うるさい母親は面倒なのか煙たがられていますわ」
「えー、オランジュに煙たがられるのは悲しいわね。年頃になる前に高感度の双眼鏡でも作っとかないとダメかしら?」
「姫様は時々理解できない事をいいますね」
「えへへへ」
笑ってごまかしながら今夜先生にでも聞いてみようと望実はコラーダから離れてお休みの挨拶をした。本音ではあまりペッシュの攻略対象をオランジュの周囲に増やすとオランジュルートへの確率が下がるのでセミノールもマラッカもノアもちょろちょろするのはご遠慮願いたいのだが。特にノアはバットエンドまっしぐらだし。
かといって強引にオランジュルートはこっちですと誘導し続けてもそのうち違和感を感じるだろうしと望実はベッドの上で唸る。ノアは今夜解決できたらペッシュを悲惨な目に合わせないですむのでいいとしても、登場する前にお互いが初恋になるようなシチュエーションぐらい作ってあげてたいと思う。
「そう言えばミランダって公式であの性格のひねくれた宰相様が初恋だったっけ。趣味が悪いわ」
頭が良いからお互い理解できるというてんでミネオラは置いていかれて鬱屈をためるわけだけどと望実は部屋をぐるぐる回りながら合図を待つ。
やがて窓に光が差し込んだ。望実の部屋の窓は打ち付けられているが衣装部屋は換気のためと望実が滅多にいないせいでまだ放置されている。こういう風に夜、抜け出すと無駄にワクワクするのはなぜだろうと思いながら望実はタンスを登り窓へ飛び移る。
屋根で待っていてくださいと書いてあった先生の伝言の通り屋根の上で座って待つ。長雨があがり星がいつも以上に美しく見えた。そろそろ暑くなっていくので衣替えをとミリヤがいっていたなと望実は空を見上げる。
エスクードのように鷹でも寄越すのだろうかと考えていると大きな鳥のような何かがこちらに近づいてくる。どんどん大きくなる影に望実は瞬きして立ち上がる。ぐるりと望実の頭上を一周するとノバがふわりと屋根に降りてきた。
「やだ。先生ったら怪盗みたい」
「姫はロマンチック小説の読みすぎです。これはれっきとした魔道具ですから」
望実が持っているルーペと同じでなんらかの魔力が込められていて動いているのだろう。グレーの羽をさわると化繊のようにつるつるしている。
「天空の国では翼があるもの以外はこのような羽のついた乗り物に乗ります。これは壊れて放置されていたものを自分なりに治したものです」
「すごいのね」
さすがマッドサイエンティストと拍手したくなったが怒られそうなのでやめておく。
天空の国、名前だけで興味がそそられる国だ。天候と裁定を司る翼のある女神が作った幻の国。この国では特に実態がよくわからないのだが、十二の国を一年づつ回る雲の中にある国なのだと書かれていた。いつかいってみたい国だ。
「その好奇心の塊のような性格は好ましいですが、あまり私を信頼なさらないように」
「先生は医学と科学のためならなんでもしてしまうのね」
笑う望実にノバは腰を抱き上げグライダーにつかませる。
「お分かりなら結構。夜の旅を楽しみましょう。最も宰相殿の鷹にはかないませんが」
「あれね。なんでグルナードにも懐かないんでしょうね。お礼を言いに言ったら私の肩から離れないの。グルナードが何を言ってもしても動かないからビックリしたわ」
「素質ですね。グルナードはおそらく動物使いの素質はないのでしょう」
動物使いなんて可愛いものじゃない猛獣使いだと望実が呟くとノバは笑いながら妃殿下も猛獣扱いですから、確かにと言って望実をむくれさせた。
風が強く吹き付ける塔の裏の山奥にノバの居住区はある。生い茂った草木が侵食している石造りの建物はホラーハウスのようだ。ゲーム内のおどろどろしい曲を思い出してしまい思わず望実はノバの服をつかむ。
「姫は勇ましいと思っていましたが化け物は苦手ですか」
「そ、そういうわけじゃないわ。暗い場所になれないだけで」
楽しげに声をあげて笑うノバに押しの笑い声は癒されますなとオタク丸出しの事を考えながら、望実は腕にしがみついて歩いていく。一見大きく見えたが伯爵の城壁の半分ぐらいの大きさだった。断絶した貴族の城を治療費変わりに買い取ったのだとノバは言っていたが怪しい毛はえ薬と交換したのを望実は知っている。
ランプではなくロウソクが揺れる部屋にたどり着くとノバは椅子を引いて望実を座らせ、対面するように自分も座った。
「なんかホラー映画みたい」
「ホラー映画とは?」
「怪奇小説ってこちにもあるでしょう? それを映像にしたものなの。ぞっとする感じの」
「映像ですか」
「そうよ。私の世界では映像を見るのは世界中の人の娯楽で日常なのよ」
「いつか詳しくお聞きしたいものですが、まずは姫、夜に男に誘われてほいほい来るものではありませんよ。お忘れのようですが私は妃殿下派閥にはおりません。治療以外で共にいるのを見られるのも憚られる関係なのを重々ご理解を」
真面目な顔で先生らしくないことを言われて望実は吹き出してしまう。それこそノバが言うことじゃない。彼は幼い頃に目の前で死んだ母親がトラウマで彼女をよみがえらせたい一心で人造人間の開発をしている。成功しない神の領域に挑み続けているのだ。魅力的な女性に目もくれないマッドサイエンティストへの不安は人体改造されないかぐらいだ。
「まあ、いいじゃない。先生は科学の事になるとあれだけど医師として人を助けている身で私の命を奪う訳ないでしょう?」
「そんなに信頼しないで頂きたい」
「医師としての先生は国一の名医だもの。信頼するに決まってるでしょう?」
参ったなと頭をかくノバを見ながら先生にはこの後も色々頑張ってもらわないとと思っているので飴は定期的にあった方がいい。それにやっぱりノバには安心感があった。ぴったりくっついての空中移動も全く緊張しなかったからだ。
「負けました。エスクードが落ちるわけです」
「だからエスクードにロリコン疑惑をうえるのはやめてあげて。あれは先生が科学オタクなのと一緒で内政オタクなだけよ」
「エスクードがロリコンだったら貴方の王はどうなるのでしょうね」
「お、王様は幼い私に手を出そうとかそういうことはなさらなかったもの。そういう対象ではなかったの」
「どうでしょうか。或いは花開くのを待っていたのかもしれません」
手を伸ばして髪に触れられる。意味深に囁かれる声に思わずうっとり仕掛けながらいけないいけないと首を振る。
「そんなこと或分けないでしょう? 王様はオランジュの母君と恋仲だったのだから」
望実の言葉に曖昧な笑みを浮かべるとノバはテーブルの上に一枚の紙を広げた。
「これも魔道具なの?」
「そうです。魔力を込めた紙で主に魔法契約に使われます。この国では契約効力はありませんのでしかるべきときに持ち出させていただきます」
「先生のラボってリヤンじゃないの? え、もしかしてグライダーでわたってきたの? リヤンには扉以外の方法ではこれないはずよね」
「よく勉強されていますね。私は一応正規ルートでこの国に来ております。祖国以外は移動に制限はありませんし、許可をもらって国を出ているだけです」
扉があくたびに開いた国へ行っていると言うことだろうか、羨ましい。
「つれてはいけません。王族は扉を潜れないのです」
「ええええ」
「王族の効力か鍵の都合かはわかりませんが、血の濃さではなく王室にはいる際の契約でしょうかね。魔力のないこの世界でどのように強制力を働かせているのか、他国でも研究され続けていますが未だに解明されていませんので」
だとすれば国を出るには王族追放されるしかないではないかと望実は眉間に皺をグッと寄せる。
「姫が贈り人なのなら鍵すら従います」
「そうなの?」
「ええ、ですから都合がいいのです。祭りが終わった跡、一度でいいので共に故郷にいっていただきたい。そのさい神殿から鍵をちょろまかさないといけませんがこれまた都合がいいことに大祭司イルは貴方に甘い。一度ぐらい見逃してくれるでしょう」
法律違反に神殿規約の違反、扉の勝手な使用、罪状は重そうだと望実が頭に手を当てるとノバは「これを逃せば機会はないでしょう」といった。
「約束だものね」
エスクードに怒られるだけではすまないなと望実はため息をつく。
「では契約成立です。こちらにサインを」
真っ赤なインクで津野望実と名前をいれると「本当にポメロ・リヤンではないのですね」と先生が呟く。
「ではこちらへ」
隠し扉なのだろう。暖炉脇にあった本を三回押すと扉が現れ地下につながる階段が現れる。
「私の最高傑作でございます」
真っ青な水槽の中に見たことのある青年が目を閉じたまま浮かんでいた。ゾクッとする光景に望実は目を大きく開いて水槽に触れる。
「ノア・ベラクルス」
心無き破壊者。ペッシュを手にいれれば心が手にはいると思い壊してしまうバッドエンドまっしぐらの回避したいルート。
「姫、私は名前を教えましたか?」
「いいえ」
「貴女は不可解です。贈り人だとしても真っ先にこの水槽へ歩くとはまるで知っているかのようではないですか……まさか貴女が本当の聖女なのでは?」
「いいえ、それは違うわ」
ポメロは聖女ではない。イコール望実が聖女ではないにはならないのだろうが、今のところ予言も予兆もかんじたことはない。
「この世界とよくにた世界を見たことがあるだけ、似ているだけで違うものだけど」
「ほう、それで納得できると?」
「ええ、貴方は血の一滴があればいいのよね」
ノバは躊躇わずに頷く。
「私も同じ、貴方が協力してくれればいい。私たちは共犯者で、共有者それだけでしょう?」
この問いには少しだけノバは考えるように望実から目をそらしやがて頷いた。
「神は贈り人にあらゆる祝福を与えます。貴女についていればおそらく間違いはないでしょう」
「……間違いはあると思うから信頼しないで」
「ク、フハハハ、一本とられましたね。良いですよ。予測不可能なことは新しい可能性を秘めている。私は可能性を何より愛しているのです」
「そうね。可能性は未来だもの」
どんなルートが待っていようとオランジュもペッシュも幸せにできる可能性がここにあるなら望実は躊躇わない。
「宰相殿は非常に見る目があるのですね」
「誉め言葉に受け取っておくわ」
水槽に赤い一滴が落ちる。薄い赤い色の渦になった血はノアの回りをリボンのようにくるくると回転していく。
やがて見たことのあるスチルのようにノアが真っ赤な瞳を開く。
望実はドクンと心臓が大きな鼓動をたてた音が聞こえた気がしてノバを振り返った。




