憂鬱な長雨
イルと各国の特徴などをさらに詳しく学んだあとで、ペッシュの村への対応が進んでいるか聞く。すぐに食料は送られ、ノバが医療に当たっていると聞いた。貴族を見る医師が派遣されたことは大いにドペリを満足させていたようで、私のおかげだと触れ回っているようだ。
伯爵に洗ってもらっている人身売買の裏の首領はやはりすぐには見つからないようだ。ただ望実が居なくなってすぐに鉱山は売られ、現在宝玉探しは一切していないと手紙には書いてあった。屈強な山男たちは一斉に姿を消し、家族や子供たちが協力して変わらずに鉱石のみを掘っているとか。
正式な売買の場合必ず国の許可がいる。何人もの商人や貴族を通して難しくしてあるが、こちらは必ずエスクードが突き止めると笑いながらいっていた。怖い上に相手がどうなるか考えると望実は苦笑いしかできなかったが、氷の宰相が本気を出せば早く終わらせられそうだと快諾している。
その日はピクニックの約束をしていたが生憎の雨で完全にオランジュはすねていた。望実が戻ってきてから少しわがままになってきていないか心配でついコラーダに大丈夫かと聞いてしまう望実だが、それはそれは健気にミランダと待っていたときいて怒れなくなっている。
「天気まで僕をきらっているんだ」
「そんなことないわ。明日は無理だけど明後日晴れたら行きましょう、ね」
「……うん」
渋々頷いたオランジュだが、長雨が続き二日後のお出掛けも中止になると溜まっていたなにかが爆発したのか突然机を叩きひっくり返し、持っていた本をペッシュに投げつけた。
「おまえのせいだ。おまえがやってきてからははうえはおまえばかりかまうし天まできげんをわるくしている。疫病神め。帰れ。さっさと城からでていけ」
「オランジュ様。いけません。姫様のお客人でもあるのですよ」
「落ち着いてくださいませ」
「……ペッシュ。こちらへ、早く」
「まて、そいつをははうえのへやに近づけるな。これは命令だ。僕はあとふたつきで王になる。王のめいれいがきけないのか」
オランジュの部屋が静まり返ったその時、重いため息をついて望実は部屋の扉を叩いた。
「誰もへやにはいるな。これはめいれいだ」
「さようですか、けれどオランジュ。まだ貴方は王ではないし、監督者は私なのだから命令は聞けません」
「誰がつれてきたんだ。おまえか? おまえもか?」
「皆、部屋から出るように」
くるっと扇子を回し望実はパシッと叩く。望実の背から侍女達が素早くペッシュをつれて出ていく。
「貴方達もここで待つように」
「しかし妃殿下」
「護衛の意味が」
「息子と話すのになんの護衛がいるというの?」
音を立ててドアを閉める。酷い部屋の惨状に望実はもう一度ため息をつく。図書室で丁度、新しい本を探しているとオランジュにつけたばかりの望実と同い年の侍女が半泣き状態で飛び込んできたのだ。ジーンは構えるし図書室は大騒ぎだしで当分落ち着くまでなってしまいそうだ。
窓は割れていないものも花瓶は割れて水が飛び散って絨毯を濡らしているし、花は踏みつけられてぐちゃぐちゃに、本も踏まれ破れ、机は転がっている。
望実もヒステリーを起こしたことはあるがここまでやらなかった。机はひっくり返したが。
「オランジュ」
「僕は、あやまりません」
「謝らなくていいわ」
「え?」
「それよりここを片付けましょう。私も手伝うわ。雑巾はどこかしら?」
あたりを見てみるがさすがに王子様の部屋に物置とモップはないかと望実は自分の服を見る。ドレスではなくグルナードが作ってくれたお気に入りのスカートだがここに拭くものはないのだ。護衛に持ってきてもらうのもカッコ悪いし中に入られてしまう。それではオランジュはさらに苛立ちを積み上げてまた爆発するだろう。
こう言うときは勢いも大事なのだ。望実は勿体ないと思いながらスカートをめくり中の裏地をおもいっきり引き裂いた。
「……な、なにを」
「そうよ。これもあれも一生懸命働いた民がいて、献上する貴族がいるからここにあるものよ。だからちゃんと元通りにしましょう」
割いた布をさらに四つにしまず一つを畳んでオランジュに、もう一つを持ってカーペットを叩く。割れた花瓶をもう一つに包み、本のページを伸ばす。唖然と望実を見ていたオランジュもふらふらと床に座って花を拾う。
「雨の日が続くと嫌になるわね。私も長雨は嫌いよ」
「……はい」
「一回スープをひっくり返して癇癪を起こしたことがあるの。でもね、スープは飲めないし一日中口をきいてくれないしなんだか惨めになってしまって。イライラするのは誰だって同じだけどやっぱり人に当たってはいけないと思うの。私も時々やってしまうけど」
「わかってます」
少し落ち着いたのかぼそりとオランジュが答える。
「うん。知ってる。オランジュはいい子だから。いっぱい我慢もしてるし王になるために努力もしてる自慢の息子だから」
「でも、お日様を照らすことも、雨が上がるように雲を飛ばすこともできない」
「そうね。私にもできない。一緒ね」
一緒にテーブルを戻し、本を積み上げて椅子を元の位置に置く頃にはだいぶオランジュは落ち着いていた。
「オランジュ、何が一番悪かったかわかる?」
ぶんぶんと首を振るオランジュを椅子に座らせ望実は椅子の前に屈む。泣きそうな顔は年相当でオランジュを大人扱いしすぎたのではと後悔する。友達と出かける許可も取りたいが今のままでは難しい。望実も手一杯になりすぎた。
「ペッシュにあたったことが一番良くないことだと私は思う。酷いことをいったし本も投げたでしょう? ペッシュは大変な目にあってこのお城に来たの。逃げてきたの。オランジュも辛い目にあってここに逃げてきたはずでしょう?」
はっとした顔になったオランジュの目にみるみるうちに涙が溜まる。
「オランジュは人の気持ちがわかるのね。私よりずっと賢いわ」
「そ、んなこと」
「だからもう一つだけ聞いて」
「はい」
「王の命令は時に人を死なせることもある。だから簡単に言って良い言葉ではないのよ。凄く大事で重い言葉なの。だからオランジュも命令するときは責任を取ることになる。命令をするときは三つ数えて一番大事な一つだけまず口にしてみたらどうかしら。できる?」
こくりとオランジュが頷く。望実はほっとしてオランジュを抱き締め、額にキスした。
「ペッシュに謝ったら一緒に城の探検にいきましょう。新しい部屋を見つけられるかもしれないわ。皆でかくれんぼしてもいいわね」
「はい!」
涙を拭って手を繋いで望実とオランジュは部屋を出る。望実の部屋にいたペッシュに謝るオランジュを誉め、望実もまたペッシュに謝る。オランジュが不思議そうな顔をしていたがペッシュの親がいたら親にも謝るのが当然だ。心の中で大事な娘さんにごめんなさいと謝っておく。
ペッシュはひたすら恐縮していたが望実の勢いに苦笑いして許してくれた。
「よし、じゃあとりあえずこの階だけでチキチキかくれんぼ大会をしましょう。私が頑張って探すから皆気合いをいれて隠れるのよ!」
かくれんぼに最後まで残ったのはペッシュとオランジュで、二人は王様の寝室で手を繋いで眠っていた。ここをオランジュの部屋にする用意もしなければと望実は優しそうな肖像画を見上げて一礼する。
ペッシュとオランジュがどんな会話をしたのか分からないが二人は次の日普通に話していたので望実はほっとする。
長雨が続くと必ず城内チキチキかくれんぼ大会が行われるようになり最終的にグルナードに望実がつかまるのはそれからしばらく恒例になった。




