血の契約
「それは今度の聖女が癒し手かなにかということでしょうか? この国では特別な魔力があってもその力は発揮できないと知っておられると思っておりましたが」
「そうね。仮にそうだとすると彼女の両親は流行り病で亡くなっている。救われないわ」
「そうなのですか」
「そっちじゃないの。鉱山で働いている人に病の人はいなかった。治ってから来た人は残った痣が消えたといっているし、病気だと送られた人も回復している。他の地方でそのような話は聞いたことがない」
「それが聖女がその地にいたからだと?」
大地そのものに癒しが作用したのでしょうかと首をかしげるノバに望実は首を振る。
「違うわ。あの人達はこの鉱石に触れているからじゃないかと私は思ったの」
そう言って望実は小さな屑石をノバに渡す。
「これですか。どこか鍵の宝玉に似ていますね」
「ええ、そうね。水の湧く場所すべてにこの石が嵌め込まれていたの。浄水作用でもあるのかと思えばお守りみたいなものと聞いたし、水の女神への祈りが聞いているのかもしれないけれど」
「それと聖女とどのような関係が?」
「石のおかげだとしても彼女が理由にならないかしら? 先生、私はどうしても彼女を聖女にしたいの」
彼女の聖女になるイベントを望実がこなしているせいで、彼女は侍女見習いになってしまった。このままではオランジュと結ばれるには高い壁がありすぎる。オランジュの母は侍女で彼には後ろ楯となる貴族はいないに等しい。ミラベルはそういう意味でも候補だったのかと今思えばわかることもある。
けれども主人公とオランジュの幸せそうなトゥルエンドを堪能した望実としてはその未来を残しておきたい。
「先生にしか頼めないし、先生しかできないことだから。グルナードは私のためにならないことは全て反対するだろうし」
「聖女がいたからといって国が栄えるわけではありませんよ」
「そんなの当たり前よ。もっと言うなら贈り人がいたからといって栄えるわけでもないでしょう?」
長年生きて歴史を見てきているノバならその意味がわかるはずだと望実は訴える。
「先生のしている実験、他の誰も知らない地下での人体実験。難航しているのでしょう?」
理由は知っている。聖女の血が必要だからだ。それも一滴だけで良い。なぜかは知らないけれどゲーム内ではそうなっていた。
「私を脅すのですか?」
「そうかもしれないわね。でもこれしか思い付かなかったの。それに先生は貴族の医師で信頼されている。聖女が触れた石が病を改善するかもしれないという噂だけで良いの。騙しているから良心の呵責はあるけれど完全に嘘ではないのだし」
「それで、貴女に何の得があるのでしょうか?」
頬をそっとなぞられる。冷たい物言いなのにどこか気遣っているような視線に望実は目を閉じて身を任せる。先生の言うとおり意識していないからできることなのかもしれない。
「未来を、オランジュの隣に聖女がいれば貴族はともかく国民の信頼は厚くなるでしょう? いるかもわからない聖女を探すより聖女候補を聖女にする方がずっと楽でしょう?」
なんだか悪役の気分だが、元からポメロは悪役よりの行動をしている。ノバぐらいなのだ最後までポメロの味方でいてくれるのは。だからこれだけ信頼を寄せているのかと言えば違う気もするのだが。
「ノバには私の血をあげる。欲しいのは女神の力で、国を追われたのはそのせいでしょう?」
「どこまでご存じなのか。貴女が初めて恐ろしい人に見える」
「知らないことの方が多いわ。ただ目的が同じになるなら早めに答えを知れた方がいいと思わない? これでも先生を信頼して言っているの」
ノバは望実から手を放すと考え込むように黙ってしまう。だがしばらくすると首を振った。
「この件は聞かなかったことに致します。おそらく貴女の血では交じる女神の力は少ない。オランジュ様でも足りないでしょう」
望実はそんなとノバの長いローブをつかむ。なんとしてもペッシュをルートに乗せなけらばいけない。そうしないと幸せになれないのだ。
「贈り人の血なら特別なはずよ」
「ええ、そうです。彼の王は私に触れることすら許しませんでしたが、妃殿下は新鮮な王の血をお持ちなのでしょうか?」
望実は長身のノバに屈むように手招きする。
「私が贈り人なの……先生ならわかると思うわ」
石を一つにした時と同じように指先に神経を手中させる。望実には見えないのだが、聖力が強い人にはわかるとエスクードはいっていた。ノバの過去は魔術師だ。魔法使いとはまた違うのだが魔力がなければなれない職業である。
「まさに、これは女神の力。妃殿下。いつ、覚醒されたのです。まさかあの時、私が久しぶりに城にあがりお会いした妃殿下はもうすでに別人だったのですか?」
「そうだと思う。ポメロがどこにいるかは私にも分からないの。ただ未来を少しだけ知っているから」
ノバは望実の指先をとりかじった。ぷくっと赤い血が出る。そっと唇に寄せるとノバは望実の指先を吸った。こくりと喉がなる音がする。
「ええ、貴方は贈り人だ。神々の祝福と女神の力を今まであった誰よりも感じる。素晴らしい」
酔ったような瞳でノバに見つめられ望実は少しだけ背筋が寒くなるのを感じた。マッドサイエンティストなのは承知していたけれど、ここまであれとは。現実で見るのと画面越しにもう先生ったらイケボのくせに変態とキャッキャするのとは大いに違いがある。
「契約しましょう。聖女などもはやどうでもいい。貴女がいれば私の夢は叶う」
「本当に? 戻れなくなるわよ」
「構いません。元より国を追われどこへもいけなくなった身、拾ってくださったのは貴方の父上ですから」
「診断もさせてくれなかったのに?」
望実の父親が血をわけていたらノバの実験はとうに終わっていただろうからこんな誘いには応じなかったはずだ。
「バカは一度も風邪引かねえからいいが口癖でしたので、薬草臭い私は側に置きたくないと言っていました」
「はあ」
懐かしそうに話されても望実としてはどこか現実感のない人の話だ。
「私の方はすぐに動けるように準備をして起きます」
「随分良くなったのだけれどまだ本調子じゃないの。数週間は待ってもらうことになるけどいい?」
「もちろんです。幾十年も待ったのですから今更数週間などどうということはない」
ノバはそういうと「失礼しました」と望実の指先に口づけた。
「これから先、妃殿下は私の共犯者です」
「ええ、裏切らないでね」
「貴女こそ」
これで舞台は整ったと望実は肩を撫で下ろした。




