診断結果
ネビルとサガがでていく後ろ姿をグルナードは望実が見たことのない顔で二人を見ていた。
「グルナードどうかしたの?」
「いえ、あれが良い兄というものなのでしょうね。彼は、あの幼さで自分を持っている。努力もしている。口の悪さに目をつぶってもなかなかの資質を持っています」
「お誉めくださりありがとうございます」
グルナードの呟きに恐縮したようにペッシュが椅子から降り一礼する。
「貴女も、きっと私には分からない素養があるのでしょう。なんせ妃殿下が拾うものに間違いはなしと兄が言うぐらいですから」
「そ、そんな」
滅多に見せない笑顔にペッシュがどぎまぎしているのがわかる。女性は駄目だけど子供は良いのか。嫌な方に考えがいきそうなのでやめておく。
「ペッシュはゆくゆく相談役にしたいの。貴族ではないけれど彼女が聖女になれば王宮にいても大丈夫よね? サガは嫌みたいだけど」
「そうですが、聖女とよばれるには国を救う予言や力を見せなければなりません。聖力が強ければなれるというものでもなく、神から認められた力が国のためになったと言う事実が必要なのです」
「私のために村の未来を読んでくれただけでは足りない?」
「そうですね。妃殿下がお忍びでなければまだやりようがあったのでしょうが」
これは嫌みだ。ただ、グルナードには留守中迷惑をかけているので望実は素直にすいませんと頭を下げておく。
「我が家からこれ以上周囲に人を置くと角が立ちます。バーナン伯爵家から妃殿下に相談役として侍女見習いを寄越したことにすれば彼は中堅派、中堅を貫いている層にも響くでしょう」
「そう言えば一応ペッシュはバーナン伯爵家の養子なのよね。なら話は早い方がいいので手続きと伯爵家への手紙……を書けというのね。わかった」
「午後は執務を少しこなしていただきます。殿下が即位されてもしばらくは、確認は妃殿下が続けるので効率よく行ってください」
「……わかりました」
「ミリヤ、彼女に侍女見習いらしい格好をさせてください。一の聖女候補です。あまり派手でなく目立ちすぎない服にしてください」
「かしこまりました」
グルナードの一声にミリヤがペッシュを連れて出ていく。ぱんぱんとグルナードが手を叩くと彼の部下が一束、二束、三束と書類の山を積み上げていく。
「な、なにこれ」
「しばらくは、妃殿下を見張りながら私も仕事をさせていただきます。これだけ量があればどこかに抜け出そうと大司祭と企むこともないでしょう」
なぜこうもティエラ兄弟はイルを目の敵のように扱うのだろう?
親しみを感じる気安さと、怨念入り交じった刺の両方を彼らかは感じる。
「イルとエスクードが大司祭の候補だったのはしってるけど、グルナードは何があったの?」
「それを知って何になるのですか?」
質問を質問で返されて望実はいえなんでもないですと一番上の書類に手を伸ばしてルーペを持ち上げる。
治水作業の完了について。といっても治水のやり方も分からないのだけれどと思いながらサインをする。次は城内の広間の改装工事についてだった。
「広間はそんなに痛んでいた?」
「来年は四年に一度の国々が集う祭りがあるので、細かい修繕と少々派手な飾りつけがこれから必要です。各国にリヤンがみすぼらしい国と思われるのは嫌でしょう?」
「その前に流行り病をどうにかしないとうちから広がったと訴えられるんじゃない?」
「妃殿下もよく学習しているようで何よりです。流行り病、作物の不作、税収が見込めないこと、祭りのための出費すべて考えると我々も非常に頭が痛いのです」
確かに収入が少ないのに出費がかさむと思うとお腹がきゅっとなる。お財布を見てお金が少ないと悲しくなるのは国も同じなのだろう。
「そう言えば病のことなのだけど、鉱山で少し気になることがあって先生を呼んでもらえる?」
「使いを出しましょう」
相変わらず貴族の診察で忙しいので夜でよければという返事だった。
望実はルーペで文章を読んではサインをいれていく。自分でもわかるほど仕事が早くなったのがわかる。今までの三倍は執務が進んでいる気がする。これもエスクードの罠だと思うと腹立たしいが、国のためだと小難しい文章を読み続けた。
くらくらと目眩が始まったあたりでグルナードが手を叩く。彼の部下が列をなしてやって来ると山積みだった書類が片付いていく。
「かなりの時間集中されていたようですね。誠に結構です。飽きることなく毎日お願い致します」
「ちゃんとやるから一日でいいの、オランジュと出掛けさせてね」
「もちろんです。まずは山をなくすことを一番に考えられますよう」
「わかった。明日もやっつけるわ」
扉が開かれミリヤがペッシュをつれてくる。伯爵家の令嬢とよくにた格好をして照れたように笑うペッシュがとても可愛い。思わず飛び付くとごほんとグルナードが咳をする。
「妃殿下、ペッシュ嬢にはこれからバーナンを名乗っていただき、一応ですが侍女としての働きも学んでいただきます。よろしいですか?」
「ペッシュはそれで良いの?」
「もちろんです。働かないとおちつかないです」
「コラーダ、ミリヤ、彼女は侍女見習いですが、他の侍女見習いと違い聖女候補であることを忘れずに。伯爵家からなにか圧力があればすぐにこちらへ報告ください」
「かしこまりました」
「心得ております」
片付いたところでグルナードはミラベルとミネオラをつれてきた。二人に別れを告げてペッシュとオランジュと夕食を食べる。ゲームとは違ってどうも距離がある二人だったが、そのうち年も近いので仲良くなるだろうと笑顔でぎこちないやり取りを見守る。
オランジュとペッシュをそれぞれ部屋に返すと先生が部屋を訪れた。
千客万来の一日だ。
「先生、お久しぶりね」
「熱を出されたとか」
「ええ。でもそっちは大丈夫なの。流行り病の方を」
「軽く診察しましょう」
久しぶりの先生の声にほっとして望実は頷く。脈を計ったり、顔色や目の視診をしながらノバは色々とチェックをしていく。
「そう言えば、グルナードもだけど、先生も不思議なぐらい怖くないわ」
思わずボソッといった望実にノバはふっと笑うと鞄からなにかだして椅子に座る。
「それは何故だか分かりますか?」
「何故って、信頼してるからじゃないの?」
それ以外に何があるのだろうと望実は首をかしげる。
「これをお茶に、三日間寝る前に飲んでください。酷く緊張し続けておられる。神経が高ぶっているのでまた倒れかねません」
「……そう。コラーダお願い」
コラーダが袋を受け取り部屋から出ていく。
ノバは興味深げに望実をみると手を組んで言った。
「それは彼も私も妃殿下を女性として扱わないからでしょう。彼は使えるべき主として、私は小さな娘のように触れています。それが貴女を怯えさせない原因では? 男を感じていないというのは彼にとっても私にとっても喜んで良いのかはわかりませんが」
「あら、先生の声好きよ。聴いてるだけでドキドキするもの」
「それは光栄ですが、そんな軽口も言えないほど男性が今はダメなのでしょう? 私は医師で、高齢でもある。だからでしょう」
そうかもしれないと甘やかすような手つきに望実は笑いながら頷く。ただそうなるとエスクードやネビルを男としてみていると言われている気がする。
「そんなことないのだけれど」
「逆でしょう」
「逆? それこそないわ」
「なぜですか? 彼らと楽しく旅をしたとか。旅は解放感もあり本音が出ます。王宮にいるよりずっと距離も近い。意識なさっても当然では?」
「先生、そうしてるとまともなお医者様みたいよ」
マッドサイエンティストなのにと心の中で呟くとノバが声を出して笑う。
「では、なぜあり得ないと奇妙な顔で私に言うのです。まともな医者の意見は聞き入れるべきかと」
「だって、二人とも私よりずっと年上だし。それに外見だってすごい綺麗じゃない? 私みたいな子供をそういう対象にしないんじゃない?」
ネビルは騎士としてだけでなく良い男だし、エスクードは宰相としてだけならあれだけ頼りになる人もいないだろう。望実から見れば高嶺の花だ。
「なぜですか? 貴女はすでに既婚者です。少女でもあるが立派な貴婦人でもある。グルナードはともかくエスクードがまさかと私も思いますが、彼の心を動かすのがあの男でも彼女でもないと言うのは非常に興味深いですね」
「エスクードは奥さまがいたのよ?すごい美人だったのでしょう?」
「ええ、宮廷の狂華といわれたご婦人でした。王の妃になれずに狂ってしまったのを彼が引き取ったのです」
「だからエスクードに頭が上がらないのでしょう? そう言えばなんか酷いこといってたな。あの人は人の心なんてないと思う」
ノバは静かに笑むと「貴女が彼を人にするのを見るのが楽しみです。これだけ生きてもなお、人の世界は面白い。恋愛相談など私にするのは貴女ぐらいでは」という。
「恋愛って、あのね。ネビルはともかくエスクードなんて大嫌いなんだから、尊敬はしても軽蔑もしてるし」
「貴女が誰を選ぶのか、これから他国の王子や貴族がこぞって集まります。エスクードは釘をさしたかったのでしょう」
「それは言われたわ。オランジュが育つまで結婚する気はないのに。もうこの話はおしまい。このままだとずっとからかわれちゃう」
望実がすねたように言うとノバは空気を読んで姿勢をただし聞くポーズをとってくれる。ここら辺本当に画面でみていたトリックスター的存在のノバそのものだ。何より声が最高にいい。彼が言うように男性として好きかと言われると違うと言えてしまうのだけれど。
「ペッシュ。私がつれてきた聖女候補なんだけど。彼女が病を治す鍵かもしれない」




