皆でだそう文殊の知恵
上品にケーキを取り分けて食べているティエラ一家にペッシュとサガがナイフとフォークを前に戸惑っているのがわかる。望実としては気持ちはとてもわかるが、彼らは特別も特別だ。生まれながらの貴族なのだ。しかも躾、最高に厳しそうだし。
「サガ、一緒に食べたときと同じでいいわよ」
「え、だけどよ」
「そのうちマナーは覚えればいいから」
そう言って望実はケーキを手でとって食べてみせる。自分の頭を押さえているグルナードを無視して「おいしいわよ」と望実が言えばサガもようやく笑顔になってケーキを口いっぱいに頬張る。
「こんな甘くてうまいもん生まれてはじめて食べたぜ」
「これはコラーダの秘密のレシピだから特別製なの。城下にも売っていないんだからここと彼女の家だけで食べれるレア物よ」
「私もはじめて食べました」
「そういえばリンド家は果樹園を所有していましたね」
ミラベルがそっと口元をナプキンで拭いて微笑みながら言えば、ミネオラも穏やかに答える。
「ペッシュも気にしないで食べて」
「は、はい」
どうも彼らと比べて身体がさらに小さいペッシュは上手く椅子に座れていないようだ。望実はペッシュに手を伸ばして膝に座らせる。
「ほらこれで食べれるかしら」
「は、はい」
「ははうえ。僕も」
「今日だけ特別なの。オランジュには専用の椅子があるでしょう?」
「この娘がどけばいい」
ペッシュが身を固くしたのがわかって望実はオランジュに「ペッシュは遠い旅をして私と来てくれた客人なのです。オランジュ、客人はもてさなければいけないでしょう?」と言う。
ゲートを管理しているリヤンでは旅人が非常に多い。そのせいもあって宿屋はすぐに見つかる。愛想はなくとも皆、親切だ。それは旅をして見に染みて望実もわかっている。
「……はい」
「ペッシュ、ごめんなさい。はい」
「え……あ、はい」
口元にケーキを持っていくと、はじめためらうように、やがて待っているかのように口が開く。望実はペッシュにケーキを食べさせながら雛みたいと微笑む。
「んっ、腹一杯だぜ。城ん中ではいつもこんないいもん食べてんのか」
「そうね。私は恵まれてる。いつも良いものを出してもらってるから」
「それは沢山の奴の努力と労働から搾り取った結果だろ。そうだろ?」
「まあ、サガったら急に大人になったみたい」
望実が微笑むとサガは頬をかいて、ペッシュの手を引く。
「貴族の生活はサガが言う沢山の人たちがいなければ成り立たないのは確かね」
「なら、俺はこの生活はできない」
農村の厳しさも、山で生き抜く辛さも、盗みをするしか妹を助けるため方法がなかったサガだからこそ言える言葉だろう。
実のところサガは十二才という年齢ですでに自立している。鉱山で山男として立派にやっていけるだけの技術もある。だからこそオランジュの側にいてほしいと望実は思った。
王宮で育てば世間知らずになる。紙面だけでも学べることは多いけれどそれ以上の物を理解できる王になれば国民から慕われ、良い統治ができるだろう。
「貴方の意見は今後皆を救えるかもしれない。それでもダメなの?」
「そんな、簡単なもんじゃねえだろ」
「ええ。これから貴族への応対や、読み書き計算。幾つかの言語。色々ここで学んでほしいと思ってる。貴方が一番学べる贅沢さを知っていると思うから」
望実の言葉にはっとしたように顔をあげたのはミラベルだった。
「サガなら何もかも吸収していかすと思うから。私達が見た悲しい現実を、あんな風に村を二度としないために、どうすればいいかはまず、状況を把握し、過去や現在の知識から学習することからでないかしら?」
「……小難しいこと言ってんなよ」
鼻を擦ってサガは苦笑いする。
「まず、地方の農村で識字率をあげて文字を全員が読めるようにすること、そして正確な計算をする訓練ね。この二つで奴隷として自分や家族を売ることを防げると思わない?」
「どう繋がるんだよ」
「文字を正しく読めれば、商人や領主に騙される事が少なくなる。計算が確実にできれば効率よく仕事ができるようになるし、不必要な搾取を回避できる」
サガはひとつひとつ言葉を繰り返し、頷いた。
「言いたいことは分かった。だけどそれと俺とが何の関係があるんだ」
「貴方が今から努力すれば大臣にも官僚にもなれる。ミネオラは将来の宰相で、ミラベルは王妃候補、そしてオランジュは王になるの。貴方には、他の子供たちではまずできない未来の選択肢が目の前にある。農村で叫んでいても中央には届かなかったでしょう? 貴方が声を届けるの。サガしかできない。貴族として育った私達誰にもできない仕事よ」
顔つきが聞いていくうちに変わっていく。サガは胸を叩くと頷いた。
「分かった。確かに子供な俺が村で叫んでてもなんも変わらねえのは身に染みてる。おまえの言う通りだ。俺はバカだからおまえの期待にこたえられるかはわかんねえけど、やるだけやってみるぜ」
「嫌な事もしてもらうわよ。マナーとか音楽にダンス、ミラベルのようなレディのエスコートとかも」
「……将来のためだろ?」
「ええ」
ゲームのようにティエラ家で働くのも村人だった事を考えるとかなりの出世だけれど、サガの決断力や行動力をもっといかせる道にいってほしいと望実は思った。ミラベルとの接点が減るのは申し訳ないけれど、そこはオランジュとペッシュも一緒だけれどなるべく過ごせるように配慮しようと思う。
「グルナード、周囲に通達をできるかしら」
「もちろんです。妃殿下の考えを知ることができて嬉しくおもっております。サガ・ロベリの城への滞在許可をすぐにもらって参ります」
「ありがとう。ミネオラ、ミラベル。貴方達は賢いわ。私の何十倍も頭がいいし、今後も地位も約束されている。だからこそサガやペッシュの話を聞いてほしいの。食べることもままならず自分を奴隷として売ることしかできない人たちがいることを忘れないでほしい。オランジュ、この国をどんな国より豊かにするのは貴方の役目。彼らと協力してリヤンを良い国に導くためにも、頑張りましょう」
「ははうえもです」
「ええ」
頷けばオランジュが嬉しそうに笑顔を向けてくれる。何か考えがあるのか神妙な顔つきでミラベルとミネオラも頷く。
「私は、どうすればいいのでしょう」
「ペッシュには違う仕事がある」
まだ仮定に過ぎないけれど鉱山で病気が少なかった理由、そこにあの宝玉の屑石が関係あるなら村人を救えるかもしれない。
ペッシュが聖女としてここにいてくれることで人々の信頼も得ることができる。屑石の効果を増幅させることは彼女にしかでこない仕事だ。ただこれはイルと相談してからだろう。
「貴女は聖女なのだから、より重要な役目がある。いまは学びながら成長することが一番大事よ。私だって同じ」
「わかりました」
サガもペッシュもゲーム内でも、この世界でも天才ではないが秀でた才能は秘めている。ペッシュが王妃でもミラベルが王妃でもきっといい国になるだろう。
望実がなりたいのは姑なのだ。あと若いこの恋愛を遠くから見てにやにやしたい。これぞゲームに入った醍醐味でもある。
「ミリヤ、大司祭様にご都合の良い日を聞いて。ペッシュをここで滞在させたい事、聖女についてももっと聞きたいとお伝えして」
「かしこまりました」
望実は手を叩くと「ではさっそく、損害が出ている村を建て直したいのだけれど、全員の意見を聞きたいの。教えて」といった。
すっと手をあげたのはミラベルだった。
「ミラベル、お願い」
「まずは被害状況を確認し、早急に怪我人の手当てと皆が生活できる場所を整えることからかと」
「そうね。確かに必要だわ」
「食事をくれねえと病気や怪我もなおんねえだろ」
「サガ。できれば手をあげて」
次に手をあげたミネオラは片付けについて話してくれた。確かに焼け跡のままではそのうち廃墟になってしまう。
「グルナード、早急な医師の派遣と食事の配給にどれぐらい時間がかかるかしら」
「数日は……」
「その間に亡くなる人や騙されて鉱山に売られる人が増えていくわ、一刻も早く指令だけでも出す方法はないの?」
「妃殿下ではなく王なら、印章ひとつで」
オランジュと望実は顔を会わせてため息をついた。代理では弱いし、候補でも権限は弱いのだろう。
「また宰相なら動く許可を与えられます」
「エスクードおじさまの説得なら私が致します」
「ミラベル」
確かに先程の会話でもエスクードはミラベルを認めているようだし、かなり評価は高そうだった。
「そのかわり妃殿下のご命令でと強調させていただきたいのです。よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。グルナード、ティエラ家は当分安泰ね」
「これからもそうであるよう精進致します」
「オランジュ、貴方はどう思う?」
「お金がひつようだと思います」
「そうね。今後の資金は必要ね。ただ国内は病気の人がまだいるの。お金はどうやって作ればいいかしら?」
オランジュは悩んで悩んで答えがでなかったようでミラベルの服の裾を引いた。なんだかんだで留守中に信頼関係を築けたみたいで望実はほっとする。
「税の徴収か国との取引、あとは貴族から寄付を募るぐらいでしょうか?」
「病人は貴族にも多かった。貴族も皆が金があるわけではないのよ」
おずおずとミネオラが手をあげる。
「どうぞ」
「王妃様の話だと悪い黒幕がいるんですよね。悪い事をしてお金を作っている人から全部取り上げてそれを復興のために使うなら誰も、損せずにすみます」
「素晴らしい意見だわミラベル。ただ、お金があればあるほど追求に時間がかかる」
「そのお金はあとで徴収できるなら借りるのでも大丈夫だろ?」
サガの言葉に望実は感心して頷く。皆で意見を出し会うと新しい面を見れるし、知らない発想も知ることができる。今後も続けていきたい。
「国庫も余裕はないのよね」
「その通りです」
頷くグルナードに望実はエスクードを説得するためにもあとひとつだめ押しがほしいと頭をフル回転させる。
「なら、なんでも券みたいのはどうかな?」
オランジュの意見に望実は首をかしげた。




