ささやかな仕返し
とりあえず一日は誰とも会わず休養することになった。寝ている間にオランジュを返してしまったのが可哀想だったが食後に少年達と遊んでいるのが窓から見えてほっとする。
再び打ち付けられた窓は開くことはできないので声をかけられなかったのは残念だ。
一日たてば熱も下がり、コラーダは心配そうな顔をしながらグルナードを呼んでくれた。本当はもう一日は休んでほしいと言われたが、一日だって惜しい。
「まずは、鉱山が何をしているか。ティエラ家が持っていた鉱山を富豪が買い取ったのは数年前の事なのよね」
「はい。特段怪しいところはなく、宝玉がとれると言われる鉱山をいくつか所有している身元も知れた男です。元々燃料となる熱鉱石という石を取っていた鉱石なのですが、なんせ数百年は取り続けております。取れる量は格段に減っておりそれなりの安価で父が手放したようです」
「そうなのね。ネビルは働いていて何か気がつくことはなかった?」
昨日よりずっと顔色がよくなったネビルにほっとして望実は尋ねる。
「ポメロ様も知っての通り熱鉱石や鉄鉱石も掘ってはいましたがそれ以上に宝玉を熱心に探していたようです。詳細はサガに聞くのがいいかと」
「そうね。コラーダ、聖女様の候補とその兄を城にお招きしているの。鉱石とか村の家事とか伯爵とのやり取りとかそっちは全部二の次で、大司祭と聖女がいるのか確認するのが本来の目的だったのよね」
どうしてこうも脇道にそれているのかと望実は首をかしげると、呆れたようなため息と、疲れているのがわかる重々しいため息が同時に聞こえた。
「聖女様が国に現れるのは吉兆ですわ。姫様と殿下の御代がますます栄えるというお告げではないでしょうか。かってな冒険は全くもっていただけませんが、姫様が動くときは何か大きなことが起こるのはわかります。夫にも市場の変化がないか聞いておきますわ。私はお二方のためのお部屋を皆と整えて参ります」
嬉しそうに言うコラーダにほっとして望実はお願いねと声をかけた。ペッシュとサガには幸せにすると約束したのだ。全力でサポートしなければ。
護衛とミリヤはいるがこうして二人で対面するのは久しぶりだ。
グルナードはエスクードとは違って少しだけ若いと言うより幼く見える。不思議とそのおかげでか顔を見ても苛立つことはなかった。そもそもあの宰相は人を苛立たせることに関しては天才なのだとネビルもいっていたから顔つきに性格がバッチリ出てしまっているだけかもしれないけれど。
「グルナード。留守を守ってくれてありがとう。貴方がいるから国政はゴタゴタがあってもまとまっているのね」
驚いたような顔でグルナードは望実を見つめ、はっとしたように口元を押さえると「礼をおっしゃるような事ではありません」と表情を戻して視線をそらした。
「あら、珍しい。照れてる」
「照れてなど」
「こんなグルナードを見たら誰も冷鬼など呼ばないんじゃないかしら。でもそれだとなめられてしまうから困るわね」
「からかわないでいただきたい」
ほんのり赤くなるグルナードがなんだか可愛く思える。これもあの可愛げというものがこれっぽちもないエスクードと過ごしたからかもしれない。そう思うとそっくりな兄弟でもぜんぜん違うのだなと改めて感じる。ネビルのところの四兄弟全員並べて食事でも一緒にしてみたいものだ。
まだなにか言い足りない様子のグルナードが立ち上がると扉がノックされた。
「おはようございます。妃殿下、お客人をつれて参りました」
「入って」
エスクードの声に緊張が背筋を駆け抜ける。望実はゆっくりと立ち上がって深呼吸し笑顔を作る。
扉が開く。そこには簡素だが可愛らしい服を着たペッシュと見たことがないぐらいきちんとしたサガがたっていて思わず望実は心からの笑顔を向ける。後ろにはいつも通りのエスクードと少し固い表情の小さな貴婦人が立っている。
「王妃様、しつれいいたします。ペッシュ・ロベリともうします」
「兄のサガ・ロベリだ、で……ご、ございます」
「二人ともここは身内しかいないから楽にして、ミラベル。留守の間オランジュをありがとう。共に勉強をしてくれたこと感謝しています」
ペッシュとサガはおろおろしているが、対照的に背筋をピンと伸ばし、貴族らしい笑みを浮かべミラベルが美しい礼をする。
「お誉めにいただき恐悦至極にございます」
完璧だ。見惚れるなとミラベルに拍手しそうになった手を背中に回し、真っ青になって礼をするペッシュと明後日を向いているサガに吹き出しそうになる。
これが本来のエスクードが言う正しい距離なのだろう。とりあえずエスクードとは正しい距離を十分にとって対応しようと思う。そうでないと知らずうちにお飾りの王にされて祭り上げられていそうで怖い。
「ペッシュ、サガ。こちらエスクードの弟で私付きの顧問官のグルナード・ティエラ卿。宰相補佐でもあるわ。なにか困ったことがあれば彼に伝えるように」
「か、かしこまりました」
緊張しながら一礼するペッシュと嫌そうな顔でペコッと頭だけ下げるサガが対照的だ。なにこいつと言う目で顔には出さずに見ているミラベルもなんだか後の関係が見えてくるようで可愛い。
「おはようございます。ははうえ」
「オランジュ。来てくれたのね。その子は?」
「妃殿下、お初にお目にかかります。エスクード・ティエラの息子、ミネオラ・ティエラともうします」
少し固さがあるがこちらも完璧な礼だった。ティエラ家の躾は見事と言うしかない。鉱山でみた同じ年頃の少年を思いだし望実の胸は痛む。ティエラ一族は特別だとしても、せめて最低限学べて食事ができる環境を整えたい。
「はじめましてミネオラ。聡明な宰相によくにて賢そうだわ。オランジュと共に学んでくれてありがとう」
「もったいないお言葉です」
「まだ外に出すには些か早いと思っておりましたが、ミラベルとは違って一通りの作法も勉学も遅れているのです。グルナード。勝手に殿下の側において悪い影響が出たらどうする。私はミラベルをといったはずだが?」
「申し訳ありません。ただ少年の友人も早いうちに必要かと思いまして」
エスクードの言葉にミネオラの顔色が変わる。変化に気づいたのかミラベルの表情も固くなる。
比べられる辛さと言うのは子供の方がずっと分かるのではないだろうかと望実はため息をつきたくなった。どうせ賢い宰相様は比較されようが下に見られようがへでもないのだろうが、自分の息子を何歳だと思っているのだろう。
「エスクード」
「はい。妃殿下」
「ミラベルとミネオラが同じなわけがないじゃない。そんなことも分からないの?」
全員が絶句したように望実を見ているのがわかる。この際ビシッといっておかねばミネオラが拗ねてペッシュとサガに嫌がらせをするのだ。思い出すと性格がそれはそれは父にそっくりなのがわかる。
「おっしゃる通りです。できの悪い息子ですので優秀なミラベルとは比べようも」
「ばっかじゃない。できが悪いわけないでしょ。自慢の息子といいなさい。美しい礼だったし発音も言葉遣いも見事なものよ。私の方がずっとお粗末なのはエスクードの方がご存じでしょう? そうやって息子まで見下してるとそのうちしっぺ返しで手痛いめにあうわよ。グルナード、可愛い甥をオランジュに合わせてくれてありがとう。感謝します」
サガが胸を押さえていたが、サガはあれがいいところなので無理に直さなくてもと後でフォローすることにして、とんでもない剣幕にグルナードはおさえぎみに珍しく「はあ、ありがとうございます」と明後日方向を見ているし、ネビルとミリヤは完全に固まっている。ミラベルは口元を押さえてティエラ親子をおろおろとみているし、ペッシュはがくがくしながら両手を押さえている。
「ははうえ、そのとおりです。ミネオラは優しく教えてくれるのでいい友になれるとおもいます」
ああと思わず声が漏れそうになる。美少年美少女だらけの部屋の中で一等我が子が可愛い。性格もいいし空気読めないところも愛しい。オランジュを褒め称えよと叫びたくなったところで、このままでは拉致が空かないので望実は手を叩く。
「オランジュがこういっているのです。エスクード侯爵には多大な礼をせねばなりませんね。もちろんミネオラとミラベルにも。まあ、こんな時間。ミリヤ。お茶を。宰相様はお時間はあるのかしら?」
「いえ……執務の時間ですので」
「それは残念ね。じゃあまたの機会に」
にっこりと笑って望実は「お仕事お疲れ様」とエスクードを追い出してドアを閉じる。コラーダがいたら誉めてくれただろう。満足して椅子に座ると空気が一気に変わった。
「いつの間に兄とあんなにも親しくなったのです」
「親しくなんてないわよ。むしろ心の距離は北極圏よ」
「北極圏とは?」
「さあ、邪魔物もいなくなったからお茶にしましょう。ミラベルとミネオラも一緒の茶葉で大丈夫? ミネオラ?」
お腹を押さえて震えているミネオラに本人の前で父親の悪口はさすがにいけなかったと望実は慌てる。
「ぷっ……はははははははは」
「ミネオラ。妃殿下の御前よ」
「ち、ちちうえが、あの父上が……あんな……はははは……だめだ。笑いが」
「妃殿下。申し訳ありません」
おろおろするミラベルに笑い続けるミネオラ。グルナードは頭を押さえている。
「いいの。いいの。たまにもあんな目にあわないから人の心を忘れてしまうのよ。オランジュ。今日はあなたの大好きなオレンジケーキを作ってもらったからいっぱい食べてね」
「はい。ははうえ」
「ペッシュ、サガ。楽にして。普段通りは難しいかもしれないけどこの部屋では堅苦しいのはなしよ。ミラベルとミネオラ。エスクードには内緒ね」
二人がそろってグルナードを見る。グルナードは困ったような顔でそのままでとジェスチャーした。
「……ほんとによう……王妃様だったんだな…」
肘でどすっとサガをどつくペッシュに望実は声をあげて笑う。
「そうよ。見えないでしょ。だからここではポメロでいいの。ね、エスクードと違って頭の柔らかいグルナード卿」
「……はあ。いたしかたありません。ミラベル、ミネオラ。他言無用です。こういうかたなので」
そう言いながらもどこか嬉しそうなグルナードにミネオラとミラベルは顔を合わせる。
攻略対象の幼児時代大集合とかファンに高値で売れそうね。なんて望実がうきうきしているなど誰も考えるはずもなく。
奇妙なお茶会はオランジュの「おいしい」の一言なんとなく始まった。




