最低な夜
かなり気分が悪化するような表現が含まれます。襲われる表現が苦手な方は飛ばす事をおすすめします。
「……だから、そいつを寄越せっていってんだよ」
「黙れ。全員疲れきって寝てんだよ。元気があるなら坑道いって仕事してくりゃいいだろ」
「サガ。おまえ、親父さんが元班長だったぐらいで調子乗ってねえか? おまえのつれもなんだ? 女みてえに班長達に媚売りやがって。花じゃねえなら順番もねえ。俺がここの礼儀ってもんしっかり教えてやるよ」
なんだろう。笑い声が聞こえてくる。まだ寝ていたのに身体が重い。サガと名前を呼ぼうとして自分にのし掛かってくる重みに望実は目を開けてなにやら殺気だった雰囲気に驚いて身体を起こそうとする。
「イラついてんなら俺を殴りゃいいだろ。こいつは関係ねえ」
「あーわかった。おまえらできてんのか」
「そういうことか。妹しか興味ねえサガちゃんがねえ」
「サガみてえなねんねがはまるぐらいだいい味なんだろう。なあ?」
肩を捕まれる。痛みで顔をしかめるとサガが青年の手を叩き落とす。
まだ頭がはっきりしていない望実は目をこすって傷だらけのサガをみて一気に目が覚める。
「こいつを守れと貴族様に言われたんだ。報酬があんだよ。一発でもやっちまったら値が下がるのはてめえらも知ってるだろ」
「へえ。じゃあこいつの将来はペットか」
「子犬ちゃんワンって鳴いてよ」
「お貴族様が欲しがるぐらいの品ってことだよな」
今まで見られたことのない目で自分が見られていることに望実は身体が震えるのを感じた。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い。自分を人として見ていない目。貴族が奴隷と呼ばれる人達を見る目と似ているが少し違うもの。
「余計に興味が湧いたぜ。俺が確かめてやる」
「ポメロっ」
リーダー格の青年が望実のボロボロのシャツを引っ張る。ビリッと嫌な音がしてシャツが裂ける。望実はシャツを引っ張ると他の青年に引きずられているサガに手を伸ばす。
「助け、て……」
周囲の少年は全員違う方向を見ている。あからさまに寝た振りをして寝返りで離れようとしている子もいる。震えて抱き合っている子供もいる。驚いている子は一人もいなかった。
これが日常なのだ。乱暴され、痛みで屈服させられ、誰かに従わなければ生きていけない毎日。
「鞭も使われたことないのか。嘘だろ」
「いや、こいつ女じゃねえ?」
「胸ねえじゃん」
「よし、おまえらサガを扉の外に放ってこいつ押さえろ。下までひんむけば間違え」
「ふざけんな」
捕まれた足を振り上げ、青年が崩れた瞬間に体制を直して股間を蹴りあげる。痴漢には躊躇うながアパートでの共通認識だった。
「俺は男だ」
「てめえ」
捕まえようとする手をかわして靴を履く。靴のまま小指を踏みつけ、望実は悲鳴をあげる少年を壁に突き飛ばす。侍女が習う護身術は二つ。主人を守る術と貞操を守る術。コラーダに習ったように望実は必死で四人の青年から逃げ回る。サガは大丈夫だろうか?
「おいてめえら、こいつを捕まえろ」
「えっ」
掛け布団を投げられる。一枚、二枚とよけれたが次の布団をよけようとすると足を引っ張られた。顔かたち布が被せられ、よろけて顔から床に望実は突っ込んでしまう。
「手伝わねえなら次はおまえが同じ目にあうぞ」
「あんま傷つけんなよ。班長に殴られるんのは勘弁だ」
「押さえてろっていってんだろ!」
数人の子供に手足を押さえられ背中を踏みつけられる。呼吸が苦しい。頭を押さつけられ望実は咳き込む。意識が朦朧としてくる。
悔しさで涙が止められなくなる。行くといったのは自分だ。帰れと言ったサガに帰らないと言ったのは望実なのだ。
「うるせえぞ」
ドスのきいた声に部屋が静まり返る。望実はほっとして力を抜く。誰かが見に来てくれたのだろう。
「ダジガンさん。俺の獲物なんすけどどうすか?」
「今、女じゃねえかって確かめてたんすよ」
「サガの女らしいぜ」
「へえ。サガの」
お尻を撫でられて望実はぞわぞわとおぞましいものを感じる。気持ち悪い。身体中から体温が抜けて身動きがとれなくなる。悲鳴すらあげられないなんて思ってもみなかった。全身がガタガタと震える。足から引っ張られて逆さにされる。泥だらけで歯がガタガタの体格のいい男がニヤリと笑う。
「かわいそー泣いてやがんの」
「今から花にしてもらえよ。ダジガンさん。次俺で」
「じゃあ次は俺」
「並んどこうぜ」
「悪く思うなよ。お嬢ちゃん。ここのルールだ」
「……びる」
「ん? なんだ? 神様にでも祈るのか? いいぜ。そう言うのも悪くねえな」
「ネビルっ。ネビルネビル」
ズボンが下ろされると同時にドアが飛んだ。ネビルの肩に傷だらけのサガが背負われているのが見える。
「ポメロ様ーーーーーーーっ」
「てめえ。そいつは俺の獲物だ」
何も言わずにネビルは男を一刀両断した。
床に落ちる。そう思ったが望実の身体は受け止めらてサガと共に廊下に出される。一瞬だけ男の血だらけの腕が見えた。望実が悲鳴をあげるまえに男が絶叫する。
「ポメロ。聞くな。聞くんじゃねえ」
サガがなにも聞こえないようにしっかり抱き締めてくれる。望実はそのまま気を失った。
「申し訳ありません。私の失態です」
「……そんなことない」
「いいえ、ドアの前で見張っているべきでした。あれぐらいで眠くなるなど騎士として失格です」
器用にサガが月明かりで望実の服を縫ってくれるのを見ながら望実は手足を洗う。思い出すと怖くて勝手に身体が震えるのだ。ネビルの顔もまだ見れていない。望実が顔をみて何か言わなければ頭を地面に擦り付けたままネビルは動けないのがわかっているのに。
「でもわかっただろ」
「サガ……」
「俺は何度も言ったぞ。男は怖いもんなんだ。もちろんいい奴もいる。性別とか関係なくダチにだってなれる。ただ。ここはちげえ。ここは男の世界で、女の香りはあったらいけないんだ。それを理解してる女だけがここにいれる」
「今、怯えてる姫様に言うことか」
「おまえもだぜ。ネビル。あの銀髪のおっさん以外皆、こいつに頭下げて注意もしねえ。十五だって聞いて驚いたのは体格じゃねえからな。男と夜の女並みに距離がないからだ。ペッシュだって知ってる。力がなくて蹂躙されるのが嫌なら逃げろ。力一杯走れ。それしかないんだ」
何をサガは見てきたのだろう。今日のような光景がここでも、村でもあちらこちらであるのかもしれない。
サガが泣いている。嘆いて悲しんでいる。その心からの叫びをみて望実はすっと冷静になった。手を伸ばしてサガの涙を拭う。
最悪の事態は起きていない。殺されてもいない。ネビルもサガもここにいてくれる。
「おい、俺が言ったこと」
「ありがとう」
飛び込んだことに文句は言われたが震えが止まらない望実をサガは突き飛ばすようなことはしなかった。
「ネビル」
「はい」
「ありがとう。助けてくれて」
「そのような、俺は間にあわな」
「間に合ったから。もう、忘れさせて。二度とその事で自分を責めたり謝ったりしないで。口にしないで」
「……かしこまりました」
「サガ、ここで一緒にいてくれる? もうあそこにいたくないの」
「なんかおまえ女みたいだな」
サガがしっかりと望実の手を握って照れたように笑う。オランジュが困ったときとよく似た笑顔だった。オランジュもあんな風になることがあるのだろうか。距離をおけと散々皆が言うのはそういった事が起きる前に異性だと理解しろと言う事だったのだろうか。
「いやだな。忘れたの? 私、女だよ」
酷くその言葉を意識する。自分が女であることなどこんなことで気づきたくなかった。
「ネビル。殺したの?」
ネビルの背中に望実は問いかける。
「いいえ」
望実が眠る前で離れた場所でたっていたネビルはサガと望実に布をかけると息を大きく吸い込む。
すぐに殺すなど楽にするのと同意義ではないか。それは自分が命令していいものではない。
「さあ、ここより地獄があるって知ってもらわないとな」
知らない男とすれ違う度にぶるっと震える身体に望実は自分の太股を叩いて叱咤する。結局食堂にも行けず建物の隅で座ってサガを待っている。笛を吹けばしばらくして鷹が肩に止まった。自分の髪を一本抜いて足にくくりつける。
「エスクードによろしく」
そういって頭を撫でると鷹は嬉しそうに頭を擦り付け飛びだって言った。
「おい」
「……あ、あいよ」
振り向くとガリアンがたっている。頭を下げてがくがくと震える手を握りしめ望実は一歩下がる。
「昨日のことは聞いた。とりあえず本館にいくことになっている。今日はそっちで過ごせ」
「あい」
「悪かったな。気を付けろと言われたたんだが」
「ネビ……助けてくれた人は……」
「あいつはおとがめなしだ。そもそもおまえが傷物になってたら大損害な上に、おまえは宝玉を見つけるのに必要だからな」
「あ、いつ……は」
「あれは生きてはいないだろうな」
「そう」
ガリアンの後ろを望実は無言で歩いていく。落ち着こうと深呼吸をしても、自分の手を自分でつねってみても心臓が酷い音をたて続けている。掴まれた足を洗いたい。早くここから逃げたい。こんな世界に来たくて来た訳じゃない。
「おい。しっかりしろ」
「メポロ。こちらへ。ここにある石から一番大きなものを選んでほしいのだ。この部屋はおまえだけしかいない。私が来るまで続けるように」
「わかった」
誰もいなくなったことでほっとして流れた涙を拭い石を見つめる。泣いて少しスッキリしたのか急に怒りと悔しさが望実の中で渦巻きだす。鉱石をつかんで叩きつけると鉱石は真っ二つに割れ琥珀色の親指大の石が現れる。
「これじゃない」
次の石をとり床に叩きつける。今度は小指ほどの石が落ちてくる。
「これでもない」
目につく全ての石を割っていく。部屋が金色の光で溢れていく。でも違う。これじゃない。この光ではない。力に満ちた溢れる黄金の宝玉。
なぜ欠片しかないのか。
それは既に取り出された後だから。
神々の王の間で使われるその日まで閉まってあるから。
ないならならば作ればいい。
「私が作ればいい」
石をかき集めて望実はこねる。なぜ石がまるでパン生地のように少しずつ一つになり塊になりだしたのも気づかず。ひたすらこね続ける。
「何をしている」
「なにって……宝玉がほしかったんでしょう?」
ネズミ顔の男に向かって望実は玉ねぎぐらいの大きさの何かを放る。慌てて男はそれを受け取り悲鳴をあげた。
「あ、あなたはいったい」
望実の背後になにかが蠢いている。男が振り返ると良く見知った貴族がそこに立っていた。
「我が君」
「……え、すくー、ど」
すっと全身の力が抜けて望実はエスクードに向かって倒れた。
「おまえが生きていた中で一番いい仕事だな」
「は、え……は、はい」
エスクードは男に視線ひとつ寄越さずに金貨の袋を投げると「サガとネビルをつれてこい」と言った。
袋を掴むと男は全力で走って笛をならす。次々とトロッコが帰ってくる。
「おい、どうしたんだ?」
仕事が急に中断した理由を聞くためにガリアンが男に尋ねる。ダンとガリアンを見て男は笑った。
「ここでの仕事は終わりだ」
「なに?」
「なんなんじゃ。その波動。怒りと悲鳴の叫びが聞こえる」
「女神が俺にくれたんだよ」
ダンが受け取ったのは黄金の透明な宝玉だった。悲鳴をあげるダンに笑って男はネビルとサガをつれていく。
「とりあえず皆を集めておけ。今夜は宴会だ」
サガとネビルは背中を押され「身請けが来たぞ」と扉を出ていくようにジェスチャーされる。急すぎる展開だが男はなれているようで気にもしない。奴隷が惜しくなって買い戻す貴族は少なくない。質屋の質入のようなものだ。人と思ってもいないのだから仕方ないのだ。
「まさか、俺が……俺が見つけるなど思ってもいなかっただろうな。オーナー。金をたんまり用意して待ってやがれ。俺もこれで貴族の一員に」
いかにも高級そうな馬車が一台だけ入り口に止まっている。ネビルとサガが乗り込むとエスクードは微笑んでいた。
「さて、契約違反者にはどのような罰がふさわしいでしょうか?」
「「すいませんでした」」
二人は全身全霊を込めて頭を下げて謝罪した。




