氷の宰相
「結局それでペッシュの村の領地を管理していたのは誰なの?」
ひとまず落ち着いた望実は夕食前にエスクードに尋ねた。エスクードが首をかしげるのでまた常識に突っ込んでしまったのかと思ったのだが、イルがあっという顔で二人の間に入ってくる。
「ポメロ様、すいません。肝心なことを良い忘れておりました」
「こちらは私の領地です」
「は?」
「ですからこの城壁と塔は代々伯爵の管轄であり、王国の物ですがこの一帯は私の領地です」
エスクードの領地ともなると畑が規則正しく並び領民すべてが平伏していそうなイメージだが、まさかと望実はペッシュを見て口元を押さえる。
「わざとなの?」
「さすが妃殿下は聡明であられる」
「貴方の方が伯爵の何倍もたちが悪い」
きっぱりとそう言った望実にエスクードは嬉しそうに「そうです」と頷く。グルナードにも兄にはくれぐれも気を付けるように言われていたのに。
「火種を起こすと必ずもっと大きくなれと願うものが現れる。自分で知らず広げるものもいれば、そっと大事になるまで待つものもいる。貴方が王になりたくないといった時に、グルナードがその意思を尊重すると決めたときにどこをどう使うかは決めていました」
あの時に……と望実はゾクッとした何かが背中を伝うのを感じた。並ぶものなしと言われる智者が宰相なのは頼もしいが、敵に回したらどうなるのか。そうと気付かないうちに処分されているかもしれない。
「まず、海があること。孤立していること。辺境であること。ろくな人材がいないこと。一番税収がある領地と引き換えれば貴族達は不審に思います。何かあるかもしれないと思い込むことは、何もしなくともこちらの思惑に乗らせる手だてになる」
海があれば逃げられない。他国がどれだけ遠いかも、時間がかかるかもこの国ではほとんどの人が教えてもらっていないから。お互いの国への行き来など一般庶民には考えもつかないことなのだ。飛行機や船で時間とお金さえあれば移動できる望実の感覚とはやはり違う。
孤立し辺境であれば情報が来なくなる。少ない情報で今まで通りに暮らしていれば変化に疎くなる。領主が変わろうと税が変わらなければ誰がなっても同じとしか思わないだろうし、ろくな人材がいなければ変えようと言う意思も団結も生まれないだろう。
「そしてある日密かに噂が流れてきます。あの土地には鉱山があって貧しい農民は税を払えなくなるとそこで働かされる。その鉱山は我が国の宝玉と同じものが小さいながら取ることができる。あの男が乗ってこないわけがない」
「待って、公爵はオランジュの義理とはいえ祖父。そんなことをして何の得になるの?」
「侯爵までこの仕掛けが辿れないという前提で、おそらく王位奪還」
公爵家ももちろん王族の血を引いている。伯爵や男爵家ですら長く続く名門であれば辿れるとグルナードが言っていた。そんな状態で今更自分こそ正当な後継者と名乗っても誰もついてこないのではないだろうか?
それこそ王位継承者だらけになって、即位の度に争わなければいけなくなる。
「少し複雑なのですが三代前の王は公爵の母親と色々ありまして。二人は婚約を解消し、王は他国の姫君を公爵の母親は公爵家へと嫁ぎました。公爵家に嫁ぐ前に身ごもっていたのではという噂も流れました。母親は由緒ある血筋ですが伯爵家の女性だったので王女には勝てなかったとも。私は知らないのですがオランジュ様の本当の祖父の時代も一度候補に上がったとか、色々な証拠を元に王の子ではないと判断されたようです。貴女の父君が王座に上がるのを一番反対したのもあの方です。この不安定な政局の中、最も仕掛けたいのは王位につくことではないかと」
「貴族社会は複雑すぎます。といっても私がいた国でもお金持ちの方が親の職業を継ぐ人は多いですし、隠し子騒動なんかもあったりするので分からなくはないんですけどね」
週刊誌がアパートの前に出ているときとか新聞の中吊り広告でセンセーショナルな見出しで書かれていたので覚えている。望実としてはどれも遠い世界の話で身近に感じることはなかったけれど。
「公爵も苦労されたのですね」
「……なるほど。そう来ますか」
「私が父親に複雑な思いがあるからかもしれませんが、母親があえて否定も肯定もしなければ疑惑を抱いて生きることになる。同じ年頃に王がいれば余計に。その上、私の父親が横から贈り人と言うだけで王位を横取りすれば恨みもします」
「貴女は父君より公爵の方が感情移入できると?」
「そうね。お互い自分ではどうにもできないことに振り回されている点は一緒だし」
少し意地が悪かったかなと思うけれど、父親にモヤモヤした感情があるのは誰もはっきり言ってくれないせいもあるのだ。望実が判断する材料が無さすぎる。
公爵の父親に関する話はもちろんゲームにはないので知るわけがないのでこうだと言えるものではない。そもそもペッシュとオランジュの時に公爵がしゃしゃり出てくる展開はなかったのだし。高位の貴族に愛人や複数妻がいるというのはゲーム内でも出てきたので分かっているけれど、ペッシュの周囲にはいなかったはずだ。乙女ゲートが正妻争いのどろどろとか狙う層が変わってしまうではないか。
「公爵に同情する点などひとつもないと思いますが」
「エスクードは奥様一人だけだからそう思うのでは?亡くなられた奥様を愛しているから再婚もしないって侍女たちから聞いたわよ」
望実の言葉にエスクードは冷たく笑うと「どこの花もおしゃべりがお好きですね」と言った。
「貴族社会では珍しいって、お子さんも小さいしすぐ後妻が来るものなんでしょう?」
そもそもポメロとオランジュの母親だって、望実からすれば相当歪な関係に思える。ポメロが王とそういう関係でなかったことが暗黙の了解で皆が知っていることにはほっとしているけれど。ある意味恥ずかしいが一回嫁ぐのも二回目も一緒だろうと強引に政略結婚させられるのは嫌なので清らかな王妃としての立場でいれることには感謝している。
そう思うと王様は誠実だし、子供に興味がないとはいえ真面目でいい人だ。ペッシュに聞けば七歳ぐらいで買われるように嫁ぐ子も十代で何人か子供がいるのも珍しくないようだし、望実の年で母親も別に珍しくはないらしい。一歩間違えれば公爵家に篭絡しろと送り出されていた可能性もあるのだ。
たぶん贈り人だと知っているイルとエスクードが止めてはくれるのだろうけど。
「妻は毒にも薬にもなる強烈な女性が良いと思って選びました。おかげでサティエ侯爵は永遠に私に頭が上がらないでしょう。公爵と親友だったのに評判が悪い娘をもらってくれたただ一点で私に大きく出れないのです。病で倒れたのは残念でしたが、息子は残してくれました。役割としては十分です。金も時間もかかる女など面倒なだけ。侍女たちや妃殿下が夢見る御伽噺とは違うのですよ」
なぜこうも人を怒らせるような挑発を投げつけてくる男なのだろう。望実はエスクードの妻と息子が可哀想になってきた。娘が死なないか必死で確かめ続けた伯爵の方がまだ人間味がある。
「愛や恋は理知を狂わす恐ろしい病です。そんなものに狂ったら冷徹な宰相でいられないではないですか」
「じゃあもしそんな日が来たら貴方が私を鼻で笑ったように笑うから言いにきなさいよ」
ノックの音がしてペッシュとサガが手を繋いで入ってくる。なんだか望実は肩の力が一気に抜けた気がして顔を緩める。
「伯爵の件も鉱山の件も勝手に進めないで、貴方ならオランジュも餌にしかねないから」
「それぐらいの警戒心を全ての方に持っていただきたいと思っております。お忘れなく」
とりあえず子供っぽいとは思ったがドアがしまる直前に望実はあっかんべーっをして立ち去った。
できれば奥さんがエスクードに溺れていなかったら良いけどと思う。外見は完璧でも氷の心をもった男に恋なんて悲しすぎる。
「サガは初恋の人とかいる?」
「あ、おにいちゃんは前にいた巫女見習いの」
「黙れペッシュ」
これぐらいが良いと望実は思う。
「ペッシュとサガと村で暮らしたいよ」
「……そうすればいいじゃねえか」
鼻をこすって照れたように言うサガの背中をパンと叩いて怒りだすサガから逃げる。ペッシュが二人を止めようとサガに駆け寄る。
それこそ夢だ。望実ができるのは王宮をなんとか彼らと自分が住みやすく、そしてオランジュが王につくのに障害なく進めるように整えるぐらいだ。それだって途方もない事だけど。
ただそうやって言ってくれるサガがいてよかったと望実は思った。




