まさかのリターン
ペッシュと望実が手を繋いでイルの部屋に戻るとなんの説明もないまま風呂場に放り込まれた。そんなに匂ってるんだろうかと心配になる。イルが困るぐらい臭かったのなら膝に乗っていたペッシュにはどれだけ匂っていたことか。
二人がかりでやや強引に全身擦られ気持ちよさと疲れでぼんやりしている間にコルセットをぎゅうぎゅうに絞められていた。油断していた。久しぶりのコルセットは容赦なく胸を圧迫してくる。
ついでに化粧にドレスにまるで貴族の夜会に参加するかのような派手な格好に仕上げられてこれから城に帰るにしても派手すぎないかとくるくる回りながら少し痩せたななんてお腹を擦っているとイルが入ってくる。
「まさか、ネビルと旅行中に仲が深まってしまったのですか?」
男女二人の旅といえばそう言う想像にもなるかと力が抜けるのを感じながら「ないない」と手を振る。
「ちょっと痩せたみたいでちょうどよかったなって」
「何がいいのですか! ネビルは何をしていたのです。のぞみに十分な量の食事を提供する甲斐性もないなんて、情けない」
「ネビルというより私がいけだけだから、そこは戻ってきても怒らないであげてください」
「のぞみがそういうなら仕方ありませんが」
それでもぶつぶつと何か言っているイルから目線をずらすと、まるで骨董人形のような愛らしい子供が手を引かれて入ってきた。
「少し洗って整えただけですのに、随分と美しくなりましたね」
イルも驚いたように望実を見て微笑んでいる。少し洗って整えただけでは代わり映えしなくてすいませんね。と拗ねている場合ではないのでペッシュにかけよって抱き締める。
「ペッシュ、きっとすごく可愛いんだろうなと思ってたけど、思っていたより百倍美人さんだね」
「…そ、そんなことはありません」
もじもじしながら耳まで真っ赤になるのが、とんでもなく可愛くて望実はペッシュを抱き上げて勢いだけでくるくると部屋を回ってしまった。
「あまり時間がないのです。よろしければ馬車の中で話しましょう」
「そうね。たしかに」
「ペッシュ・ロベリという名でしたね。貴方もよろしいですか?」
「はい。大司祭さま」
丁寧なペッシュのお辞儀に満足したようにイルが返礼する。三人は急いで部屋を出、中庭に戻った。
「ではお二人ともすぐにここを立ちましょう。馬車で飛ばすと一日半かかります。エスクードがあの鷹を量産でもしてくれればもう少し早くつけるのですが、あれはエスクードにしか懐きませんからね」
「まさか、グルナードも乗れないの?」
イルは少しだけ悪い顔で笑うとこくりと頷いた。長男しか乗せない鷹はなぜ望実とペッシュを運んでくれたのだろう。
「それにしても襲われそうなぐらい、豪華な馬車ね」
「ふふ、これは貴方のお父上でいらっしゃる前王が私のために自ら作ってくださった品なのです」
まさか職業は車関係の人だったのかなと考えながら望実が車輪を見ると、ゴムのようなものがはまっている。中も今までの馬車と全く違っていて自動車のような座り心地と雰囲気だった。母親が運転できないのでほとんど乗ったことがないのだが、緊急時に乗ったタクシーに近いかもしれない。乗り心地のよさは比べるまでもなかった。ペッシュが思わず座席のシートを押している気持ちが分かる。
「では、みな頼みましたよ。私はこれから後始末をしに行って参ります。その間に辺境のすべての神殿でこのような事が二度と行われないように通達しなさい。厳重にです」
「かしこまりました」
イルが馬車に乗ると一斉に神殿にいた人たちが頭を下げ両手を広げて片ひざをついた。
「では参ります」
馬車が走り出す。城まで戻る短い距離なのに、随分と大袈裟だなと思いながら外を眺めるとなぜか城がとおざかっているきがした。
「イル、あの……お城は逆よ」
「はい。城にはもう少し戻れませんのでご了承ください」
「待ってオランジュにせめて挨拶を」
「申し訳ありませんがそのような時間はございません。ひたすら馬車を駆り立て一日半かかるのです。」
「グルナードはなんて?」
これ以上なにか起こしたら酷く叱られるのではとおそるおそる聞いてみるが、イルは「当然何も知らされていないため、今はおとなしくしているのではないでしょうか? 」と少しだけ楽しそうな悪戯が成功した子供のように言ってくる。
「なんで? 私グルナードにって手紙に書いたはずだけれど」
「いいえ、ティエラ卿とありました。このような事態にあの方は向いておりません。強引に丸く納めるにはティエラ侯爵自ら乗り込みかき回し無かったことにするのが一番なのです。グルナードは突っ走る性格なので伯爵家も神殿も燃やすか壊してしまいます。いくら豚のような司祭とはいえきちんと始末しませんと遺恨が残るのです」
確かにグルナードは過激な感じがするが、どう聞いていてもイルも不穏だ。間違った人選だったかなと思わずペッシュを見ると、ペッシュはなにか話したそうに見つめてくる。
「どうしたの?ペッシュ」
「……の、のぞみさんは……その、どういった、えっとみぶんですか? まえにいらっしゃるかたがものすごい力をもった大司祭様なのはわかるのですが」
「ああ、ごめんなさい。そういえば貴族みたいな説明しかしてなかったね。一応この国の王妃なの。一応っていうのは知っての通り王様はご逝去されたから。だから正式にこの国の名前で名乗るとポメロ・リヤン」
ふらっと揺れてペッシュが前に突っ込みそうになる。危ないと望実はペッシュを抱き上げるが彼女は震えている。
「どうしたの? ペッシュ。私自体はなんの力もない元女子高校生だよ。おそれ多いとか思わないでね」
せっかく同郷かもしれないのに、距離をおかれたら悲しくなる。望実の言葉に大きく首を振るとペッシュは胸元を押さえてなにか言おうとした。何度かためらって「のぞみさん」と言ったペッシュは結局口をぎゅっと閉じて泣き出してしまう。
まだまだ聞き上手には慣れていないと力不足を感じながら「気にしないで、話せそうだって思ったら話して」というとペッシュはますます泣いてしまった。
「貴女が心乱すと眷属がざわつきます。少し眠りなさい」
ゆっくりとイルが手を伸ばしペッシュの背中をなぞる。何度か手が往復するとかくんと望実に体重を預けペッシュは目を閉じた。
「確かに、彼女は聖女でしょう。私と同格の力を感じます。今のところ彼女以上の力の持ち主と私はこの世界で出会ったことがありません」
「……そう」
「あまり嬉しくなさそうですね」
大本陣であるイルに正直にいうのはどうかと思ったのだが望実は躊躇いながら神殿にいれるより自分の手元で育てたいこと、彼女が恐らく転生者であることを話した。ゲームの話はもちろんしなかったけれど。
「そういうことでしたか、それならば納得です。彼女は貴方のためにこの世界に呼ばれたのかもしれませんね。ただ前持ちとよばれる貴女がいう転生者はこの世界に多いのです。貴女以上の価値ある存在はありません。それを忘れることがありませんよう」
彼女か自分かと選択するときイルは迷いなくペッシュを選ぶのだろう。それがオランジュだろうと同じことで。それが望実はどうしようもなく苦しく感じた。
より困っている人を助けてほしい。辛そうな方に手を先に伸ばしてほしいと望実が訴えてもこの世界の価値観ではそれは愚かな事なのだろう。
だから望実が強くなるしかないのだ。
誰からもペッシュもオランジュはもちろんかかわってくれた皆を守れるように。




