危機的状況
裏から神殿に入り、サガとネビルが馬を繋ぐのをペッシュと待つ。本当はこのまま村を出てひたすら城へ向かうのが身を守るためには正解だと皆分かっている。
ただ、ここで今すぐ動けるわけではない村人を置いていったとしたらどんな結果でもペッシュとサガはずっと心残りを抱えることになるだろう。望実だって同じだ。
出迎えてくれたドラニンは昼食を作り始めていたところらしく、部屋からいい匂いがする。そういえば朝から何も食べていないことを急に思い出した。手を握っていたペッシュのお腹が小さく鳴った。
「ごめんなさい」
「まず食べてからこれからどうするかは考えよう」
望実の提案に皆が賛成した。ドラニンが「病気ではなく動けそうな子達を選んで手伝わせているので皆さんは司祭の部屋でお待ちください」と言うので部屋で座って待ちながらサガの話を聞くことにした。
「というわけで、馬舎で働いてるじっちゃんに俺が色々聞いてちょうど塔に向かう時に女の人に囲まれたペッシュが出てきたんだ。『兵は目立つから今は使えません。なるべく早く馬車に』とか言って偉そうな奴が急かしてた。だから馬車の車輪に細工して動くのを待った。馬車に乗り込んで少ししたら車軸がおれて立ち往生。これで稼いだとかいってた奴もいたなあ。で皆が一旦馬車から降りておろおろしている隙をみてペッシュの手を生け垣に引っ張って、誰も気づかないうちにゆっくりとその場を離れたんだ。そんでおまえらが来るまで待ってた。すげえだろ」
「なかなかハードだったのね」
「おにいちゃん。えらい人にそんなくちきいちゃダメでしょう?」
もうと唇を尖らせるペッシュにサガが「まあ、ちょっとは偉いみたいだけど、アホなんだぜ。こいつ」と望実を指差す。
「ひとをゆびさしちゃダメって母さんいっつも言ってた」
「ちぇ、口煩えのが増えちまった」
「良くできた妹君じゃないか」
さすが未来の嫁……候補。と思わず目をキラキラさせながら望実は見てしまう。それにしても何だかんだで兄妹仲は良さそうで羨ましい。
「ネビルも四人兄弟だし、お兄ちゃんっていいな」
「おまえはもう俺の妹みてえなもんだ」
「おにいちゃん」
「いや、別に普通ですよ。いてもいいってもんじゃ……ポメロにも可愛い弟みたいな方がいるじゃないですか」
「オランジュは息子だからね」
ペッシュが驚いたように望実を見上げるのでサガは「こいつこんなんだけど、未亡人で息子がいるんだって」と説明する。ついでに未亡人の説明もしていた。小さい子に感心してもらうのが誇らしいのはサガも一緒のようだ。
「ポメロ……さまは、きぞく、なのですか?」
「うん、まあそうね」
「でこいつと駆け落ちしたんだって」
「それは冗談だけどね。元々は貴女に会いに来たの」
イルからの手紙を渡そうとポケットに手をいれるとドラニンが昼食を運んできてくれた。パンとスープを頂くと眠気が込み上げてくる。昨日から怒濤の勢いで動いているし、ずっと寝不足だったこともある。
ネビルが何か叫んでいるのに聞こえない。なぜと思う間もなく望実はテーブルの上に倒れ込んだ。
痛い。何かが指先を突っついている。ぶすっと刺されたような感覚に飛び起きる。先程伯爵の所に飛んできた鷹だ。鋭い嘴が望実の指を挟んでいた。
「な、にするの……痛いじゃ、ない」
「ポメロ、裏口から走って逃げろ」
声のする方向に顔を向けるとネビルが足から血を流しながら剣を握っている。テーブルではサガもペッシュもうつ伏せになって寝ていて、なんだかまだ夢を見ているような気分だ。望実は目を擦る。欠伸が出る。ネビルが怪我する夢なんて不吉な物もう一度寝て忘れようと目を閉じるとぶすっと再度鷹に突っつかれた。
「ひどい、痛いっていってるでしょ!痛い……痛、夢じゃない」
「はやくっ」
「サガとペッシュはどうするの」
「そいつらと貴方は比べられない。わかるだろ」
望実はぱんと自分の頬を叩いて「いいえ、同じよ」とネビルに襲いかかっている男に全力で座っていた椅子を投げつけた。
「ふう、鷹さん。やってやりなさい。私より痛めにぶすっと」
「…………ぎゃあああああああ」
サガの頭をつつく鷹を横目でみながらペッシュを揺らす。起きそうにないのでごめんねと謝りながらコップの水をかけてみる。
「んっ、な、なに?」
「ペッシュ。今すぐ起きてちょうだい。襲われてるみたいなの」
「いてえええええええ、なにしやがる。このクソ鳥、焼き鳥にすんぞ!」
ピィーと鷹がからかうように鳴く。ネビルはやってきた男と応戦し倒すと扉を閉めた。
「言え、なにをしたんだ」
縛られて倒れているドラニンに剣を突きつけネビルは叫んだ。
「……眠くなる薬をいれただけだ。あんたら二人に出ていってほしかった。だからいつもの方に応援を頼んだんだ。神殿で殺生する気は一切なかった」
「なぜ」
「困るんだ。俺たちは末端の末端だ。この村は毎年数人の子供が犠牲になってなんとか行き繋いでいる。司祭ががめていると言うかもしれないがあの男は元々金持ちの家の出だ。俺たちの生活には興味なんてない。畑もない、薬もない、男手もない。食料は数週間持つかもしれないがその後はどうなる?だから志願したんだ。彼女らは、それで村の幾人かは助かる。助かればまた働ける」
切実さがひしひしと滲んだ言葉だった。望実はなるべく声を荒げないように気を付けながら尋ねる。
「ではなぜ村に火をかけたの?」
「火はかけていない。本当だ。気づけばここ以外は炎に包まれていた」
「司祭は消毒できたと喜んでいたわ。彼は関わっているの?」
「それが本心だとは思うが、自分で手は出さない男だ。あんなんだが、あいつは神に怯えている。いつか裁かれると信じている。だから自分で村人を殺すような真似はできないだろう」
だとすると依然疑問は残っている。誰がなんのために火をつけたのか?
「バーナン伯爵ではないのね?」
「違う」
「……じゃあ誰が裏にいるの?」
ドラニンは話そうとはしなかった。ペッシュの手を握って窓を見下ろすとまだ暗くはなっていないのに松明をもった男達に屋敷が取り囲まれているのが分かる。
「ネビル、今はともかくここから逃げ出す事をかんがえないといけないみたい」
「どこか、突破できそうな場所を探します」
「ドラニンさん。貴方が言っていることはきっと正しいわ。それでも、間違ってると思う。だからお願いひとを、誰かのために不幸を押し付けるのはやっぱり違うと思う。宰相にお願いして必ずこの村が復興できるように力を貸すから……今の私を信じれないのは当然だと思う。だから未来の、少し先の私に賭けて」
ドラニンはしばらく黙って俯いていたが「暖炉の奥に扉があります」とぼそりといった。
「ありがとう。ペッシュ、サガいくわよ。ネビル、後ろは頼んだから」
望実は暖炉を押し通路を見つける。そして躊躇いもせずに中に入っていった。




