聖女と私 ⑥
朝、まだ皆が寝静まっている時間におじさんことドラニンさんに案内してもらい馬を貸して貰った。驚いたことにサガは家で農耕馬を飼っていたそうで乗馬はとても上手かった。
「ただ、俺はさすがに人は乗せれねえから、やっぱりネビルはすげえぜ」
「ネビルはたぶん国でも五指に入るぐらいに優秀な護衛だと思う」
「へえ、ポメロはいい男捕まえたんだな」
「……おしゃべりはやめて行くぞ。しっかり閉じていないと舌を噛むぞ」
照れたの? とからかいたくなったがそんな雰囲気ではないことを察して望実はこくこくと頷く。
「おそらく宰相家から鷹が来るので肉を一欠片やってほしい。出たがっていたらすぐに窓を開けて出れるようにしてやってくれ。できる限りすぐ戻る」
「はい」
「ドラニンさん。皆の食事をお願いね。今日中に戻るから」
朝焼け眩しい道をひたすらかける。かなり走ったのだが今日は身体が痛いと思わなかった。むしろ一刻も早くたどり着いて欲しくて気がせって仕方ない。無意識にたてがみにしがみついている自分に望実は気づく。サガが誰より心配しているだろうに、時折顔色の悪い望実を気遣うように見てくる。ネビルの腕が何より温かい。
結局一人でなにもできない。ここに来てすぐに感じた無力感に襲われそうになる。振りきるように首を振って望実は前を向く。
「ポメロ、見えたぞ。あれだ」
少し速度を緩めてサガが叫ぶ。望実もネビルも頷く。陽が登る方向に真っ白な屋敷が立っていた。まるで海を照らす一筋の道を作っているようにも、海全体を睨んでいるようにも見える。強固な城壁が屋敷を囲んでいて絶壁に高い塔が立っていた。
「この国の人って塔が好きなのね」
「初期の王朝では塔をたてるのは当然だったんだ。大事なものを背に守り戦うために。戦に負ければ塔を渡していた時もあったらしい、塔には宝石や食料そして妻子が必ずいたから」
「そうなの」
「それより、どうするんだよ」
「もちろん正面突破するわよ。そのために突然きたんだし」
サガは瞬きする。言われたことがわからないとでも言うように首をかしげネビルに「頭大丈夫か?」と望実を指差して言う。
「まあ、姫様と付き合えばなるようになるしかないってそのうちわかるだろ」
「……それは……だな。俺はペッシュさえ無事ならそれでいい」
「問題は伯爵が正式に婚約を結んでいるかだな。一応書類は漁ったけど見つからなかったんだ」
「ペッシュはまだ5歳だぞ」
「婚約なら0才でもできるんだよ」
「私も5歳で婚約したしね」
口を開けっぱなしのサガを見て苦笑いする。なぜ父親はポメロを王と婚約させてこの世界から消えたのだろう。今はそんなこと考えている時じゃないと唇を噛む。ここからは望実のターンだ。サガのためにも今度のはったりは必ず成功させないといけない。
「どこのものだ。止まれ」
「バーナン伯爵にお目通りを誰がきたと言われたなら、ポメロ・リヤンが来たとお伝えして頂ければ分かるかと。偽りだと言われるようならこちらをお見せください」
望実はポケットからイルから預かった大司祭の紋章が入った小さな石を見せる。この石は鍵にはめられた宝石と同じもので大司祭以外誰も貸し出すことができない物で使者や交渉人の身分を保証するものらしい。イルはぽんとくれたのでネビルに驚かれた。
「急ぎ、主に届けます」
さすが伯爵の門番だ。宝石の意味することに一目で気づいたようで駆け足で目の前からいなくなる。そして瞬く間に戻ってきた。
「失礼いたしました。すぐに門を開けます。どうぞお通りください」
「ありがとう」
「……おまえほんと何者なんだ?」
「私じゃなくて結婚相手がすごいんだけだから。それはいいから、サガ、貴方には馬を預けるから誰かから話を聞いてペッシュを助け出して、どうしてもダメなら馬のところに戻るの。なんとなくあの灯台怪しいけど広すぎてわからないわ」
「分かった。妹のためにありがとう」
馬からおりてネビルと歩き出す。城壁に比べると見劣りする屋敷だが、質素で好感はもてる。顔見せでもお披露目でも特段嫌な印象などなかった伯爵だが本当にペッシュを買ったのだろうか?
「これは、妃殿下。年よりの心臓の心配をしてほしいものですな。神殿にお篭りになっているとグルナード様から聞いておりましたが、本当にこちらにいらっしゃるとは」
恭しく一礼するバーナン伯爵に望実も返答の礼をする。
「そのお召し物は何ですか? まさかずっとそれで」
「それが、途中で野盗にあってしまいネビルも私も服を奪われてしまったのです」
「なんと、大変でしたな。ここは良い温泉地なので、まずはゆっくりと湯を楽しんでください。お召し物ももちろんご用意させていただきます」
笑顔の伯爵に思わず温泉と聞いて満面の笑みを返してしまう。温かいお湯に何日も入っていない。
「お世話になります。このお礼は必ず」
「いえ一臣民としての勤めですのでお気遣いなく」
はじめてあった時と同じように柔らかい笑みと物腰柔らかな所作で望実に対応しそつなく侍女にまかせ伯爵はその場を離れる。
さすがに温泉を堪能する気にはなれず、からすの行水程度でさっさと上がって服を着せかえて貰った。いつかゆっくりそれこそ皆で温泉に来ようと誓って応接間に向かう。
部屋では既に着替えたネビルとバーナン伯爵が待っていて望実を出迎えてくれた。
「これは大変お美しい」
「ありがとうございます。伯爵はお上手ですね。周囲にも伯爵のような優しいかたがいてくださればいいのですが」
「妃殿下こそお上手でいらっしゃる」
顔面にいろんなものを貼り付けてのやり取りは本当に疲れる。
「神殿から実はお使いできたのです。聖女候補についてご存じですか?」
「この辺境の地にですか?まさか、いえ大司祭様のおっしゃることに間違いなどありませんな。失礼を」
「まだ候補の段階ですから、それでドペリ司祭に詳細をお聞きしたら聖女候補はこちらにいらっしゃるとのこと。伯爵が保護してくださっているのならお会いさせて頂きたく、お願いいたします」
軽く頭を下げるとネビルに睨まれる。グルナードもそうなのだが、頭を下げるとすぐに怒るのは悪い癖だと望実は思う。誠意を見せないと交渉にすら応じれないではないか。
「そうですか……ドペリ司祭が、ね」
声に刺を感じる。それと同時に笑顔が消えた気がして望実は顔をあげる。伯爵は難しい顔をして望実を見下ろしていた。
「その前に妃殿下、それで妃殿下がご本人であるという証拠はどこにあるのでしょうか?」
「大司祭様からお預かりした石ではダメでしょうか?」
「妃殿下、貴女がおしゃったのでは?野盗にあって盗まれたと。それでは野盗も石をもてる。貴女が本物か証明することはできませんな」
ニヤリとバーナン伯爵が笑った。なぜと望実は拳を強く握る。なんとなくだが伯爵はポメロを本物だとわかっているような気がしたのだ。
「な……伯爵は中立なのですよね?」
「それと妃殿下が偽物でないことの証明は何か関係ありますか?」
「私が側にいるではダメでしょうか?」
ネビルの声に「ダメですな。近衛の衣装と剣を持っているならいざ知らず、貴君は借り物の衣装にただの剣を持っているだけだ」と伯爵は返す。ネビルに目立たないようにと馬をおいてきた場所に普段の剣を置くようにいったのは望実だ。
「しかし、聖女とは……ますます手放せなくなりましたな。どうするべきか?」
「彼女はここにいるの?」
「それを聞けば貴女を着実に殺さなければいけなくなる」
「……人身売買を指揮しているのは貴方なの?」
伯爵は笑みを濃くすると首を振った。望実はバーナン伯爵を睨む。
「いいえ、いいえ妃殿下。私は指揮などしておりません。これに関しては濡れ衣ですな」
「ではなぜペッシュを、聖女候補を買ったのですか!」
「才があるからです。彼女は既に三度も死を予言していて三人ともきちんと亡くなっている。村に流行り病が来ることも告げていた。情報は何より価値のある力になる。彼女は金の卵、なにもしない神殿やお飾りの王に渡すなど勿体無くてできないではないですか」
何か言い返したかったが声がでない。どう反論すればいいのか望実には浮かばなかった。その時、鳥の鳴き声が聞こえてきた。
ネビルと目が合う。最後の賭けだ。王妃その人だと認めさせても伯爵はペッシュを渡してはくれないだろう。だからサガに、妹を思うその純粋な心に賭ける。
「そうね。私はお飾りの王の補佐かもしれない。けれど、オランジュはきっとどんな王よりも最高の王になるわ」
両手を広げる。ザンザールへの祈りの形に一礼しバーナン伯爵が怯んだ隙にネビルが動いて窓を大きく開けた。
「証拠がほしかったようねバーナン伯爵。これが証拠よ」
甲高い鳴き声と共に肩に鍵づめが引っ掛かり痛みと重みを感じる。望実はバーナンをしっかりと見つめて肩に止まった鷹の爪を見せる。ティエラ家の紋章がしっかりと刻まれた足輪を鷹はつけていた。
やや遅れて望実のもう片方の肩に真っ白な鳩が止まった。その鳩の足には大司祭の紋章と宝石が刻まれた輪がかかっている。
「これでもまだ証拠をと言うのならすぐにこの鷹をグルナードに飛ばすわ」
「そうです。伯爵。この鷹は三日の距離をものともせず一刻で飛び立つ特別な種。バーナン伯爵ならご存じでは?」
「…………くっ。だがそのペッシュという子供のことは知らぬ。人身売買も私ではない」
「この気に及んで妃殿下に嘘をつく気か」
剣を抜いたネビルの前にたち望実は「下がりなさい」と叫んだ。ここで伯爵を切ってもなにもならない。それこそ証拠も何もないのだ。
「急な訪問失礼しました。私の騎士の無礼もお許しください」
「いえ、妃殿下を疑ったことこちらこそお詫び申し上げます」
「伯爵……あちらの灯台はとても美しいですね」
「……ええ、夕暮れ時は日に染まって絵にも描けぬ景色を見せてくれます」
「それは大層美しい宝があるのでしょうね」
扇子はないが、笑みの形を保ったまま望実は立ち上がる。
「伯爵に助けられたことグルナードにもお伝えしましょう。大層丁寧なおもてなしをしていただいたと」
「ご配慮ありがとうございます」
扉がしまる。ネビルに肩を捕まれ望実は痛みで顔をしかめる。
「なぜ、引いたんだ」
「あのまま押し問答していても、怒らせて逮捕されても、二人して切られるのも嫌だからよ」
「それでは、ここまで来た意味が」
ネビルの言う言葉を無視して望実はサガと待ち合わせている馬のところまで向かう。人気がなくなるとネビルに「鳩が来たから大丈夫」と言った。わけがわからないと眉間に皺を寄せるネビルの手をとって馬舎に入り、望実は「サガ」と呼んだ。
「ポメロ。ここからどうやって出るんだ」
「馬車を借りるわ」
「敵に?」
サガが睨むので望実は「馬車さえあれば彼女なら隠せるから、その代わりもう人踏ん張りしないとダメだけど」とため息をつく。
望実は屋敷の入り口まで戻り、ふらついて見せた。そしてこれでは馬に乗れそうにないので伯爵に馬車を借りたいと護衛に告げる。
しばらくして執事がやってきて「伯爵はお忙しいのでこちらまで降りることができませんが馬車はすぐに用意させていただきます。重ねてお詫びを」と言われた。ここまで来れば望実の勝ちである。
「寛大で聡明なバーナン伯爵にザンザールの祝福がありますよう」
「勿体無いお言葉主人も喜ぶでしょう」
「ネビルに伝えてきますのですぐに戻ります」
小間使いを出すといった執事を静止して望実は馬舎まで戻ってくる。
「サガ、約束したでしょう? 私は必ず貴女たちを幸せにするから」
「……ああ、わかってる」
サガが藁をかきわけ手を突っ込むと小さな手が出てくる。桃色の長い髪がふわりと揺れた。青い瞳が心配そうにサガと自分を交互に見ている。
『はじめまして』
意識して日本語で話してみると彼女は大きく目を開いて望実を見つめた。
『はじめまして』
彼女だ。望実は両手を広げてしっかりと幼子を抱き締める。
「ありがとう。頑張ったね」
「……いいえ、わたしはなにも」
ようやく望実はペッシュに……物語の要に合うことができたのだった。
ようやく……登場です。




