聖女と私 ⑤
すいません。まだペッシュ出せませんでした。
さすがネビルは色んな人物と接触する護衛なので話を聞き出すのがうまい。しばらく二人を観察していたがしだいに司祭は酔っぱらい始め、中央での出世の道が同期の嫌がらせで途絶えたこと、その同期のせいで地方に追いやられたことを話し始める。
ここだけ聞くと同情する気持ちもある。ネビルの問いかけに司祭はこの地方では元々作物が育ちにくく流通もほとんどないため寄付も少額で苦しい生活が続いていたことを涙ながらに語りだした。最もその体型でよく言えるなと望実は思ってしまったが。
もし神殿全体がもしくは村人の一部が同じような体型なら一部の搾取を疑うし、村人全体がふっくらしているなら運動は必要だけれど食べれてはいるのだろうなと納得できる。この男だけがだらしないほど肥えているのはこの男だけが食べれる環境にあるからだ。
「それにしてもこの村は極端に男手が少ないですね。幾つかの村を通ってきましたがここまででは。そんなにも酷く病が流行ってしまったのですか?」
「そんなことはない。どこも同じだ」
「いえ、ひとつ前の村の男性に送っていただきましたし他の村も苦しい様子でしたがここまででは」
「男手がないのは収穫期に畑があれ仕事がないからだ。皆出稼ぎにいって帰ってこない。病か、労働環境のせいだろう。だから女子供しか村にはいないのだ」
吐き捨てるように司祭は言う。嘘ではなさそうだとネビルがジェスチャーする。
酔いが回ってネビル以外を認識しなくなったのか司祭は望実の方を一切見ずにネビルにすりより小声で囁く。
「私は守ってもらえるのだろうか? 中央にいった際に出来れば護衛がほしいのだ。なんせ私は高貴なるお方の事業を手伝っているのだからな」
「高貴なるお方? 大司祭様ではなく貴族の方でしょうか?」
「そうだ。貴族だ。それも大貴族だ。名前を聞いて驚くなよ。我が国をまとめる宰相一家の一人ウェナード・ティエラ様からの要請で可哀想な子供を養子に送る手はずを整えている」
「孤児を助けていらっしゃるのですね。素晴らしい行いだと思います」
「使者殿も騎士殿もご立派ですな。よくわかってらっしゃる。時折うるさいやからが人身売買だとかいってくるがこれは慈善事業なのだ。わたしだってできる限り未亡人や子供たちが幸せになってほしいからお金を持った相手に引き合わせるんだ」
ネビルの瞳が一瞬炎のように輝いた。怒りを抑えているのだろう。望実だって今すぐこの男をつるし上げて下にいる子達にご飯をあげにいきたい。けれど裏に協力な庇護があれば望実だけでは手が出せない。
「ただ、その子供の一人が聖女だとは思うわけがない。兄が出ていってすぐあの不気味な子は子供好きの伯爵の家に送り届けてやった。あの伯爵は酷いケチで銀貨百枚しかよこさなかったがまさかあの子が聖女候補とは」
「聖女候補と知らずに伯爵家の養女にされたのならドペリ様に罪はありません。全能なるサンザールはすべて見通されております」
「そうですな。ただあの小娘病気の時から人を小バカにして大人と子供は離すべきだとか、だれこれの死が迫っているとか子供の癖に脅してくる面倒ばかりかける子でしたぞ。ああいうホラ吹きが聖女になれるのですか?」
ちゃんとペッシュは聖女候補たる力を見せていた。この愚かな司祭のせいで内容がきちんと中央まで来なかったのだろう。
「大司祭様がご覧になればすぐにわかると聞いております。それが大司祭様の聖力。司祭が行ったどんな善行も、そしてどんな悪行もあの眼で見つめ聖力を用いて判断されるでしょう」
「そのとおりだ」
司祭が眠ったのを確認して望実は部屋を出て、用意してもらった部屋の窓にランタンを置く。しばらくすると窓が叩かれる。雨の中びしょ濡れのサガに手を伸ばして引き上げる。
「サガってばすごいわ。どうやって上ったの?」
「石造りの建物だろ。どこかしか足は引っかけられるし燃えていなかったロープもある。いざとなれば隣の木から飛びうつれるし二階ぐらいどうってことねえよ」
「実は私も四階から廊下の屋根まで飛び降りたことがあるの。木登りはやっておいて損はないわね」
「へえ、やるじゃねえか。それで、やっぱりここの豚がなんかしてやがったのか?」
睨み付けられたが望実は何も言わずにサガに布を投げた。
「妹さんの話は長くなるからまず着替えないと。お風呂にはいって、貴方が風邪を引いたらそれこそ妹さんにもあえなくなるかもしれないでしょ」
「そうだな……へ、へくしょっ」
「ほら早く着替えて」
こんな環境でお風呂に入りたいとは言えず望実は用意してもらった寝巻きをサガに渡す。
「わりぃな……ぶえっくしょん」
「ああもうそんなじゃダメでしょ」
頭をごしごしと拭いて冷えきったサガにやかんのお湯を渡す。お茶を作ってくれると言われたけれどその金がどこから来たのか考えると飲みにくかったのだ。
望実は「あったけえ」と呟くサガの隣に座って手を握った。
「なんだよ。俺を口説く気か?旦那がいるんだろ」
「バカね。妹さんよ。ペッシュのこと」
「ペッシュって俺言ったか?」
「大声で叫んで炎の中突っ込んでいったでしょ」
「あの兄ちゃんすごかったぜ。軽々と柱とか起こしてよ。誰も周囲にいないとわかったらさっさと風向きを見ながら逃がしてくれた」
「ネビルは私の一番の護衛騎士だもの。当然よ」
身内自慢になってしまいそうだが、ネビルがサガの信頼を行動で得たのなら良かったと思う。これから言うことは信頼関係がないならサガが暴走するだけだからだ。ネビルも話すか迷っている様子だった。一任してくれたが、彼をつれてきた望実には責任がある。
「サガ、よく聞いて。貴方の妹さんは病がなおってすぐとある伯爵の養子になったみたいなの。心当たりはある?」
「……な、なんだそれ。なんでそんなことに」
「貴女の妹、ペッシュ・ロベリは聖力があるの。それもとても強くて予見と予兆の才能がある。司祭からも確認したわ。ペッシュはどこか誰かが亡くなるのを告げたことはない?」
「ある。すごく怒られてた。そういうことはいっちゃだめだって」
「彼女は今すぐにでも大神殿で保護しなければいけないの。悪意を持った人に力を使われないためにも」
握った手が震えている。やがて痛いぐらいに握り返されて望実はサガが泣いているのに気づく。
「ただ生きているのは確かだから」
そうは言ってもなんの慰めにもならないだろう。それぐらい望実にも分かっている。サガが泣き止むまで望実は静かに隣にいた。
「伯爵の家はそう遠くねえ。来た道と反対方向の海が見える場所にぽつんと大きな屋敷がある。海から何者も来ないように守るために立てられた屋敷なんだって父ちゃんが言ってた」
「海から、そういえばこの国はドーナツの真ん中みたいに海に囲まれてぽつんと離れているのよね。」
「へえ。知らなかった」
「一応国の形ぐらい知っておきなさいよ。学校とかはないの?」
「母ちゃんが先生だったんだ。子供たち集めて字と数字を教えてくれてた。もう少し大きくなると司祭様が教えてくれてたらしい。俺はいったことねえけど」
「あの司祭が?」
どうみても子供を教える教師とは結び付かないし子供から好かれる要素も少なそうに感じる。ただイルが教師になるのをグルナードが反対しなかった理由は分かった。地方では学校ではなく神殿で教育されているのだろう。
「あの豚はしらねえ。前は優しいおばあちゃんだったんだ」
「私、まだまだなにも知らないんだな」
外に出してくれないと拗ねていた自分が情けなくなる。ただこうして外へ出なければけっして見えない世界もある。サガとも出会えなかったしペッシュは死んでいたかもしれない。
いやその前にペッシュは聖力が高いのを知られ神殿に預けられるはずなのだ。伯爵に売られるなど物語にはなかったはず。何か変わってしまったのだ。
そもそも望実が神殿にいかなければ、聖女の見極めにイルがここへ来ていたはずなのだ。もっと言うならばしばらく貴族たちを来ないように隔離したためこの村に来るのも遅れていたはず。ペッシュと一緒にいたいからサガは中央まで出てきたのだ。それまでは一緒だったはず。
「……サ、ガ……私」
貴方の未来を勝手に変えたかもしれない。そうくちばしりそうになって望実は自分の口を押さえる。
妹のことで頭がいっぱいなサガに懺悔しても混乱させるだけだ。
「絶対に貴方たちを幸せにする」
「んだよそれ。俺たちはちゃんと自分達で幸せになれるんだぜ」
ペッシュには勝てないとミラベルが八つ当たりをする相手でしかなかったサガが彼女にいった言葉だ。彼には誇りがある。自分で生き抜いているという自覚がある。
「泣くなよ。女が泣くのは嫌いだ」
「ええ……ごめんなさい。泣くのは嬉しいときだけでいいものね」
「やっぱり変な女」
サガが懸命に袖で擦ってくれたせいで目が赤くなっているがなぜか望実は笑いたくなった。どうにかできるかもしれないと力が沸いてくる。
「ネビル。司祭を縛って一番小さな部屋に転がしておきなさい。一番元気な馬を乗れる子を探して手紙をイルとグルナードにすぐに来てほしいと書くから」
「よろしいのですか?」
グルナードに言うということは自分が抜け出したことも理由も話すことになる。そこら辺はイルが誤魔化してくれることを期待して手紙を書いたのだが、天才と呼ばれる彼を騙せるかはわからない。
「サガ、まずお粥を作るから手伝って、急に物を食べると消化できないって聞いたことがあるの。料理を上手くできるかわからないけどどうにかして下の子達に食べさせないと」
「下の子?」
「子供と女の人が閉じ込められてるの。ペッシュのように売られるかもしれない」
「んだと。あのクソ豚。縛って丸焼きにしてやる」
「その暇も惜しいわ。朝になったら馬を飛ばしてペッシュを助けにいく。伯爵と結婚なんて絶対させない。ペッシュは私のところに嫁に来るのよ!」
あ、間違えた。まずいサガに非常にヤバイやつ認定されるのは避けたい。
「ま、間違えた。私のところに娘としてくるの。そう。娘。私が姑。わかる?」
「おまえが頭がおかしい奴なのはわかる」
未来の娘の親族におかしい奴認定されてしまった。必死で望実は言い訳を考えるがこれでは幼女を横取りする怖い女の出来上がりである。
「ただ俺たちをどうにかして救いたいってのも分かってるぜ。ペッシュは嫁にやらねえけど」
「誤解。誤解なの」
「ポメロ様、もう少しお静かに」
「ともかく今はあっちで大量に粥を作ればいいんだろ。いくぞ」
サガが切り替えが早い子で助かった。望実は大きな鍋にためてあった米をいれる。炊き方はサガが知っていたのでみてもらいその間に塩とミルクを持ってきて炊き上がったご飯に混ぜる。どろどろになるぐらいに茹でて木の器に入れれるだけいれていく。
「ネビル。この階にいるおじさんを呼んできてもらえる?」
「かしこまりました」
命令されるときびきび動いてくれるなと望実は複雑な気分になる。
「駆け落ち相手を顎で使ってると愛想つかされるぜ」
「いいの。私の騎士だから」
帰ったらネビルにはいっぱいお給料出してもらうように宰相に掛け合うのでそれでおあいこだ。
「したことないわりにはまあまあいい手つきだったぜ」
「料理も教わりたいんだけど厨房出禁なのよね」
「へえ」
「何よ。そのなんかしたんだろって目は」
ノックの音と共に案内をしてれたおじさんが入ってくる。目を白黒させる彼に望実はぱんぱんとほこりを払う仕草をして少し尊大に見えるように顔をあげる。
「なぜ、近衛の騎士様がここにいらっしゃるのでしょうか? まさか本当にドペリ様は悪事を働いて」
「私の名前はポメロ・リヤン。神殿に使えるものなら通達は既に来ているはずです。リヤンの名にかけて恥知らずな真似は許しません。階下の子供たちにまずは食事を。いずれ国から医師も参ります。それまでドペリは軟禁させて頂きますがよろしいですね」
「ひいいっ。は、はい。こ、高貴なるお方の前で立ち上がることをお許しください」
名前を聞いた瞬間に土下座しそうな勢いで這いつくばったおじさんに望実は権力って恐ろしいとため息をつく。良くわかっていないサガがそれを見て目を白黒させている。
「いいからさっさと立って運ぶわよ」
「な、いけません。姫様にそのようなことさせられません」
「人手が足りないんでしょ。いいの。ここにいるのはただのポメロよ。騎士様と駆け落ちしにこの神殿まできちゃった世間知らずのお嬢様、わかった?」
「か、かかかかしこまりました」
皿を持つ手が震え続けているので大丈夫かなと望実は心配になりながらお盆にのせた粥を運んでいく。子供たちの空腹はすさまじく作っても作っても足りなかった。女の人に手を握られ泣きながら感謝されたけれどここで終わりではない。仮眠をとったらすぐに屋敷に向かうのだ。
「本当に妃殿下なのですか?」
「本当だし、俺もちゃんとウェルテクスだから。さっき頼んだ手紙は大司祭と宰相宛だし」
「ひぃいいいいいい」
おじさんが驚くのでいつまでもからかっているネビルをつねる。相当ネビルもあのドペリに苛立っていたようだ。
サガはずっと「わけわかんねえ」とぼそぼそ呟いていた。




