聖女と私 ④
少し不快な描写が続きます。申し訳ありません。
「すいません。どなたかいらっしゃいませんか?」
昔は白かったはずの朽ちた扉を望実が叩くとしばらくしてやつれきった顔の男が出てきて望実を睨んだ。
「もうここに空きはない。違う所にいってくれ。このままここにいても死ぬことになるぞ」
腰が引けるが男の言葉は真剣だった。村中の人がここに集まっているのかもしれない。余所者が来れば邪魔なだけだろう。ただペッシュがいるかだけはなんとしても探したい。
「失礼。このような格好ですが大司祭様からの急ぎの手紙をもって参りました。こちらの紋章はご存じでしょうか?」
「確かにこれは中央の大司祭様の紋章だ。失礼。しばし時間を頂きたい」
扉が強引に締まる。なぜか中から女性の悲鳴が聞こえた。一人で来るべきではなかったのかもしれない。遠くにサガとネビルが見える。燃え始めている家に飛び込んでいったがあそこがサガとペッシュの家なのだろうか?
そこまで考えて何か違和感を感じる。神殿の回りの道だけがやけに綺麗なのだ。雑草も落ち葉もない。柵ですら一つもない。もちろんこの炎に備え取っただけなのかもしれないけれどやはりおかしい。
「使者どの。司祭様がおあいになるそうです。こちらからどうぞ」
「はい」
中に入ると異臭が鼻をついて吐き気が込み上げる。こんな場所で本当に病人を見ているのだろうか?
辺りを見渡し思わず望実は口許を押さえる。悲惨な状態だった。簡易の木の長椅子で倒れて動かない子供たち。何かをひたすら叫んでいる女性。
「彼らはまだそれでも病が軽い方なのです」
「ここまでとは思っておりませんでした」
奥にある扉を開くと今度は若い女性と子供だけが押し込められるようにして部屋に入る。それも病から治ったか病にかかっていない子ばかりだと望実は瞬きする。さっきからの違和感の一つだ。案内の男性以外の男性が一人もいない。子供女の子ばかりで、お年寄りもいなかった。
ぞわっとした何かが背中を駆け巡る。仮に作ったトイレなのか隅のバケツから酷い臭いが立ち込めている。皆、やせ衰えていて濁った目をしている。望実をちらっと見るだけですぐに目線をそらす。抱き合っている子供いる。
ベッドも布団もないので床に雑魚寝しているのだろうが食事はどこで作っているのか?
食べ物を食べているようには見られないし、これでは神殿というよりまるで収容所だ。
「このように神殿は酷い状態です。大司祭様からはどのような援助が頂けるのでしょうか?」
「それは、司祭様とお話しさせていただきます」
「この村には医者もなく、中央からの物資が届くのにも非常に時間がかかります。物資も何度か盗まれていてどうすればいいのか」
部屋を抜けて階段を上がる。一階で見たものが一瞬見た悪夢のような気がするぐらい二階は片付けられていた。特に最奥の部屋、司祭の部屋の扉は剥がして入り口と交換すればいいのにと思えるほど見事な細工の彫り物が刻まれていた。
思わず廊下を振り返る。
「ここの階には重症者しかおりません。数人の子供がいるだけです」
「随分と静かなのね」
「もう、物言えぬ子ばかりなので」
苦しそうに言う男はずっと息を引き取る人たちを見続けていたのかもしれない。
「少し貴方も休んだ方がいいわ。もしかしたらここも捨てて逃げなければいけないかもしれないし、少し寝て起きたら逃げれる準備をしておいた方がいい。全部で数十人いるし人が多いと逃げ切るのも大変だから」
ただ先程見た空はどんよりと曇り始めていた。うまく行けば雨が降って火が消えるかもしれない。
「ありがとうございます」
「私は司祭様に手紙を渡してきます」
ぐっと肩を捕まれる。ネビルと心の中で名前を呼ぶ。男は急に望実に跪き「ザンザール、お救いください」と泣き出した。
「もう、限界なのです。この神殿にはもう私と司祭様しかおりません。司祭様を見てご判断ください。知恵と救いを偉大なるザンザールに」
「承りました。すべてザンザールの許しのもとに」
両手を広げ一礼する。望実が扉を叩くと重々しい声が「どうぞ」と聞こえてきた。
「こちらが大司祭よりの手紙になります」
「まさか大司祭様はお越しにならないのですか?」
「はい。まずは手紙を」
「そうだな。読ませていただこう」
太った腹が醜く揺れる。今まで見てきた子供たちは痩せすぎてお腹が目立つほどだった。先程案内してくれた男性も生気が感じられないほど痩せ細っていた。それなのにこの神殿でただ一人、肥えているという事はこの男が平等に与えるべきものを奪っているからにちがいない。
「ほ、本当ですかな? 聖女。ま、まさか我が神殿から聖女が出るとお告げがあったのですか……どの子でしょうか? 使者どのは聞いておられるのか? それよりも 次の祭りには中央に呼んでいただけるのだな。ようやくようやく私の祈りが届いたのだ」
「貴方の祈りが届く? なぜそう思われたのですか?」
「司祭様からは何卒よろしく頼むと。寄付も身支度を整える衣装までくださるとか。これも清貧に勤め、神をも敬わぬこんな田舎の街で堪え忍んだ私への祝福に違いありません。それで聖女はどの子なのですか? ああ、もしやマリアンヌでは? 領主の娘で非常に美しく毎年聖歌を奉納してくれるのです」
「私にはわかりかねます。大司祭様の言われる通り少女を探していただきませんと」
「そうですな。そうですな。その通りです」
いかに田舎の暮らしが大変か、病気で世話をする巫女も死んでしまい不自由で困っているか、子供たちが煩くて叶わないのだが慈悲の心で見ている等々司祭はでっぷりとした腹を揺らして話し続ける。
望実は怒りでこのまま拳を突き上げてもいいのではないかと思い始めていた。田舎だろうがどこだろうが神には祈れるし、自分の世話ぐらい自分ですればいい。清貧が聞いて呆れる。先程の男性も止めることもできなかったのだろうか?
「聖女、まさかそんな尊い存在がこの村にいようとは。使者どの聖女は私が見守って育てたのです。大司祭様にはくれぐれも私の名前、デプリ・ドペリの名をお伝えください」
でっぷりどっぷりとかお似合いな名前だと望実は握ってこようとした手を払って一歩下がる。
「桃色の髪で青の瞳の少女です。年は五歳ぐらいで名はペッシュ・ロベリ。病と聞きましたが」
「桃色?まさか……お間違いとは思いますがあのロベリの子ですか?村の端に住んでいた。あのものは異教徒、そんなはずはありません」
望実は眉間に皺を寄せて「大司祭の神託に異を唱えるのですか」とぼそりと言った。
「まさか、まさかそんなことはございません。異教徒とはいえザンザール様の娘である女神の子らですからそう言うこともあるのでしょう。使者殿は数日こちらに滞在はできますかな?」
「すぐにたち少女を連れていくのが役目です。貴方には金の馬車でも後から送りましょう」
「おお! なんとそのような待遇でもてなしていただけるのか」
皮肉で言ったのにわからないのかと望実はため息をつく。司祭は機嫌を害したと思ったのか望実を座らせやたら上等なワインを持ってきた。
「このような豪華なものはいりません。下の子らに食事をさせる方が大事なのでは?」
「彼らは今なにもできていないのですぞ。働かざる者食うべからず、もちろん働いたものには食事をやっていますとも」
こんなときに使えばいいのかと望実はポケットから金貨を一枚出してテーブルに出す。司祭の目が爛々と輝いた。これで下にいる子供たちや病気の人が救われるならきっとイルも喜ぶだろう。
「ほう、いいものですな。中央でも滅多に出回らない本物の聖時代の金貨。となると使者殿はあちらを求めに来た方だったのですか? 」
金貨を回しながらニヤニヤした目で司祭が見てくる。這いよる気持ち悪さに目をそらして「そうかもしれませんね」と曖昧な返事をした。グルナードから交渉したいならすぐに食いつかず情報をまず引き出せとさんざん言われている。
「まずあちらを見せてくださること、司祭様。実はまだ金貨は数枚ですが大司祭様より預かっております」
「そ、それは大司祭様がお求めだとそうおっしゃっているのか」
なんのことをいっているのかさっぱりわからない。望実は内心首をかしげながらにっこりと笑って頷く。
「大司祭様のお心を慰めできれば司祭様の印象も変わるでしょう。中央でもしかしたら席を開けてくださるかもしれませんね」
「そうか、そうか。使者殿はなかなかかしこい。それで大司祭様はどういった性癖なのですかな?生憎男性は用意できないのだがそういったことにたけた女性を巫女として寄進することもできますぞ」
ぐっと拳を作る。ここで暴れてはいけない。望実一人でなにかできるわけではない。先程の子供たちや女性は売り物なのだ。この男はどさくさに紛れて火事場泥棒どころではない。何をしているのか。
心の中が荒れ狂う炎のように怒りで燃えてくる。まさか火を放ったのは。
「病気の親はどうなったのですか?」
「ああ、親ですか? もちろん消毒させていただきましたよ。中央からもきちんと消毒することが大事と再度お達しが来たではないですか? 神殿に寄進もせず文句ばかりの彼らが罰を受けるのは当然です。ただ女子供に罪はありません」
ニヤリと今日一番最低な笑顔で男は笑う。その顔に今すぐ椅子を振り下ろして笑えなくしてやりたかった。
「とりあえずは聖女様です。どちらにおいでなのですか?」
「……それが二三日かかります。病が重くなったので医者がある村へ移したのです」
「わかりました。私の騎士と共に二三日後戻ってきます。それまでによろしく頼みます」
「それよりもここでお過ごしになったらいかがでしょうか?」
望実は顔面の表情筋を駆使して笑顔を作り「ありがたく思います」と一礼した。
裏口があるのですと案内された場所から出ると道の向こうからサガとネビルが走ってくるのが見える。ペッシュへの反応でサガとあわせない方がいいかもしれかもしれないと望実は司祭の前にたって神殿の詳細を無理に聞く。
ネビルには片手でサガをおいてくるようにとジェスチャーすると伝わったのかネビルがサガになにかいっているのがわかる。すぐにネビルはやってきて望実の前で跪いた。
「このかたが騎士殿ですか?」
「ええ、彼はウェルタクス家の次男でわざわざ私のために大司祭様がつけてくださったのです。ネビル。こちらこの地域の神殿の長でデプリ様とおっしゃるの」
「これは司祭様、失礼を」
騎士の礼をネビルがすると司祭は目を丸くして感じ入ったように頷きザンザールの名で祝福を祈った。
「こんな素晴らしき日に火事とは」
「雨が来そうです。そのうち消えるでしょう」
「では、早く戻りましょう。騎士殿はワインはいけるくちですかな?」
「ネビル少し被害状況を見てからいく。」
ネビルが司祭をつれていったのを確認し望実はサガが消えた場所でまでいってみる。
「妹さんは?」
「それが村には誰もいなかったんだ。もうなくなってる人以外の遺体もなかった」
「どう言うこと? それならなぜ燃やす必要があったの?」
「わからねえ。教会にいなかったら妹は……もう」
「ペッシュは生きてるわ。それよりサガ、神殿の二階部分に忍び込める?」
「んーまあなんとなると思う」
「日が暮れたら合図するからその部屋にきて色々聞かないといけないことがあるから」
サガにしばらく隠れているようにいって望実はネビルと司祭に追い付けるように走る。
ペッシュが生きていることをザンザールに祈る。そうでもないと泣きながら奇声をあげて叫びそうだった。




