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姑ですもの!  作者: K
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聖女と私 ③


 馬を置いてきたネビルが持ち上げてくれて、藁いっぱいの荷馬車に乗る。舗装されていない道を行くので始終ガタガタと揺れながら進んでいく。居心地がいいとお世辞にも言えないが馬に乗りっぱなしよりずっといい。つい懐かしくなってドナドナと歌い出すと変な顔でサガ見てくる。気にせずに歌いきると荷馬車のおじさんとネビルに拍手された。

 とても恥ずかしくなった望実はチクチクする藁に飛び込んで寝転がる。アルプスの可愛い少女みたいに気持ちよくはなれなかったけど、藁の香りはとてもいい匂いだった。


「なに?」

「いや、歌をきちんと歌えるなんてほんとに金持ちなんだなって」

「なによ。疑ってたの?」

「その格好だし、それに金持ちっぽくねえ。金持ちとか貴族は偉そうにふんぞりかえって、施してやっているって感じがして、ともかくムカつくんだよ。あんな奴らいなきゃいいのに」


 ネビルが振り向いて睨んだせいでサガは望実の影に隠れる。望実はネビルに「いいの」と前を向くようにジェスチャーする。「尻にしかれてんな、これから大変だぞ」とネビルに言っているおじさんは無視してサガの頭を撫でる。

 唖然としていたサガだがすぐに望実の手を払うので望実も躍起になって頭を押さえる。頭を押さえると払って叩こうとするので手も押さえて頭でごつんと体当たりする。


「いってえええええ」

「痛いっ」

「アホなのか?くそ女」

「ううう、ドラマじゃかっこよくきめてたのにサガの

石頭。くらくらする」

「俺に勝てるとか思ってる時点でバカなんだよ」


 ふんと鼻を親指で弾いてバカにしてくるサガに望実はムカッとして飛び込む。藁が飛び散っておじさんが「お嬢ちゃん、別料金だよ」と笑いながら言う。


「すいません。ごめんなさい」


 一本一本はただの棒にしか見えないが、冬の備えでもあり、女性達が編んでバックや帽子を作ったりもする。遊んでいい場所ではない。


「サガもごめん。ちょっと久しぶりに年が近い子にあえて嬉しかったの」


 そのままオランジュにいつもするようにぎゅうぎゅう抱き締めると、うぐっとかぎょえとかいうなんとも言えない声がして望実は飛び起きる。重かったかもしれない。まともに運動をしていないので太った可能性がある。


「…ババババババババーカバーカバカバカ」

「よく噛まずに言えるわね」

「金持ち女はもっとおしとやかなんだぞ、こう長いヒラヒラしたスカートとか言うのをはいて歩きにくそうな靴で歩くんだろ」

「そうね。ドレスとコルセットは地獄だし、ハイヒールは倒れそうなぐらいぐらぐらしてるし最悪なのよ」

「…妹は一回は着たいって母ちゃんに言ってた。母ちゃんは笑いながら無理だって言ってたけど」


 小さな子供が領主か神殿に来た地方の貴族のお姫様を見てあれ着てみたいなと指差す姿が思い浮かぶ。なんだか胸がきゅっとする。嫌だ嫌だとコルセットを隠してはコラーダに叱られる自分が小さな子供より幼く思えた。


「妹さんが元気になったら私のをあげるわ」

「……村で一番可愛いって言われてたんだ」

「そうなの。じゃあサガも綺麗にならないとね」

「んでだよ。俺はこれでいい。川で洗ってる」


 そうはいってもひどく匂うしボロボロで穴だらけだ。少しだけでも綺麗にしないと病気の子にも良くない気がする。男の子は泥だけで遊ぶものだ。汚れるのはかまわない。お風呂だって嫌いな子もいるし。ただ清潔でないのは良くない。今夜はちゃんと洗ってあげようと望実は心にきめた。

 日がだいぶ傾いてきた。宿もない小さな農村に泊めてもらう。塩だけでゆでた固い野菜とかちこちのパンは精一杯のもてなしなのだろう。望実は食器を洗うのを手伝ったが、洗剤もキッチンペーパーもない。灰で汚れをとり、水ですすいでボロ布で拭く。お城とは何もかも違う生活だ。

 うちは貧乏だと思って生きてきたけどそんな自分よりこの村の人達はずっと大変な生活をしていると思う。冷たい水で手が動かなくなってしまったのを隠すように息をかける。


「殺される。鬼が鬼が俺をにらんでいる」

「グルナードも社会勉強できて良かったですねで終わりよ。危ない目にはあってないし」

「会ってますからね?王族をこんな場所で過ごさせるなんて騎士の名折れです」

「あら、騎士とお姫様の逃避行なんてだいたい同じような感じじゃない。世間知らずで苦労知らずのお姫様だってちゃんと現実を知るようになるんだから」

「おまえにはそんな苦労してほしくない」


 ネビルの声は真剣そのもので茶化せる雰囲気ではなかった。望実はその腕にそっと触れて首を振る。


「ここで私は生きていけないけど、それでもできる限りの事を知る必要があるから、サガみたいな子供を増やさないためにも、オランジュみたいに泣かせないためにも頑張らなきゃね」

「だから俺がいるんだろ」

「うん。ありがとうネビル」


 見かけよりもがっしりした腕を思わずつまむと頭を叩かれる。これぐらいの距離がいいのにと言ったら怒られるんだろうなと望実は二段ベッドの上に上る。ネビルは扉の前で番をしながら適当に休むといっていた。サガは下の段で疲れていたのだろう既に寝ている。懐かしい感覚に望実も目を閉じる。慣れない旅に疲れがどっと出てきた望実は朝まで起きることなく熟睡した。


「一晩ありがとうございました」


 そういうと無愛想な夫婦は少しだけ笑って固いパンを一つくれた。この家に金貨があったら盗んだ疑いをかけられたり、泥棒がくるかもしれない。ネビルが銀貨一枚を置くと夫婦は驚きながら床に頭がつきそうなほど感謝していた。


「今年は流行り病がひどくてどこもまともに収穫出来てないんだ。一応かなり免除してもらってるみたいだけど蓄えがなければ食べていけなくなる。種や苗も買えなくなる。ここ数年端に行けば行くほど厳しいって父ちゃんもいってた」

「そうなのね」


 端にいけば行くほど目が届かなくなる。平和な国と城の中では言っていても辺境まで来るとのどかだが平和とは言いにくい生活を皆が送っている。


「ここの村はまだ領主様がしっかりしてんだろうな。ちゃんと畑は綺麗だかんな。うちんとこは、根こそぎ持っていった上で税だと金も要求される。抗議にいきたくても大人は倒れてる」

「泣かないでサガ」


 お気に入りのハンカチだったけれど顔を拭うと絹のハンカチは真っ黒に染まった。


「おい、そんなすげえの俺に使うなよ」

「これね、私の旦那様から頂いたの」

「旦那?」

「私これでも未亡人なんだよ」

「みぼ?」

「結婚した相手も流行り病で亡くなったの」


 ポメロのたぶんお気に入りの物を集めた箱の中にこのハンカチも入っていた。花と果物の刺繍が細かくしてある豪華なものだ。王様から贈られたと一緒に入っていたカードに書かれていたので誕生日のお祝いだったようだ。


「おまえいくつなんだ?」

「十五よ」

「嘘だろ。俺と変わらねえはずだ」

「サガが大きいだけだから」


 望実の身長は平均そのものだ。まだ伸びる可能性はあるけれど。ただサガだってまだまだ成長する年齢だ。日本にいたらスポーツ関係でスカウトされてそうだなと休憩で止まった場所でハンカチを洗いながら望実はサガを見つめる。

 

「なんだよ、じろじろ見て」

「時間があるなら綺麗にしましょう」

「いいって、放せ」

「病人がいるならいつも以上に清潔にしないと」


 プッシュ一つで出るボディーソープがほしいと叫びたくなるがないものはない。石鹸を削って持ってきていたペットボトルにいれて上下に振る。溶けた石鹸水は全く泡だないが真っ黒になって川に流れていく。まだまだおちそうにない。これは根気比べでできる限りゆっくりと擦っていくしかない。


「痛えって、髪引っ張るな」

「髪が痛みすぎて絡まってるのよ。油もないし」


 トリートメントもないしと大声で言いそうになる。意地で擦り続けると石鹸水が泡立つようになってきた。灰色でくすんだ髪の色がふわふわとした柔らかいウェーブを描く桃色の髪に変わっていく。


「サガってかっこよかったんだ」

「うるせえ、俺は格好いいに決まってんだろ」

「近衛の派手な衣装とか似合いそう。前髪上げたらもっといいと思う。瞳は茶色なのね」


 乾いた布で拭き終わると泥だらけだったサガは見違えるぐらいに綺麗になった。


「本当は服も変えてほしいんだけどね」

「これは、母ちゃんが織ってくれた最後の服なんだ」

「そうなんだ」


 望実は無性に自分も母親の話がしたくなった。けれど持ってこれたものがない。写真か携帯があれば美人でしょうと自慢できたのにとサガから少し離れる。しばらくするとネビルがやってきてサガを見て驚いていた。村人その一、職業スリとは思えない容姿だからだろう。


「ポメロが洗ったんですか?」

「もちろん。この子が一人で洗うわけないでしょ」

「そういうのは俺がするから、ポメロはやらなくていい」

「あら、次はネビルを洗ってあげてもいいのよ?」

「あのな」


 はあと呆れたようにため息をついてネビルが肩を落とす。


「本当は敬語なんて使わないでそうやって話してほしい。でも無理でしょ? だから今だけなら。そう、ネビルの頭だって洗えちゃうんじゃないかなって」

「窮屈そうだもんな」


 ぽんぽんと頭を撫でられる。武骨な手のひらの優しさが嬉しかった。悲しかったとき慰めてくれたのを望実は忘れていない。


「ネビルだって、傭兵の方があってる気がする」

「かもな、礼服は苦手だ」


 おじさんの村から歩いていける距離だと聞いたので下ろしてもらい歩き始める。サガの妹の容態が気になったし、サガも落ち着かないだろう。お礼をいって馬車から降りた村はほとんど人がいない寂れた村だった。何匹か牛が見える。畑は雑草が伸び放題で壁が崩れている家もある。


「ここら一帯も綺麗な農村だったんだ。王様がご逝去されてから水害に山火事に、そんなときに病まで流行って働き手も死んじまった。奥へ行けば行くほど酷い。あの街の領主は藁をただで譲ってくれるってんで冬の飼い葉用に貰ってきたんだ」

「そうなんですね」


 見上げた先にある小さな家では煙がたっていてエプロンをつけた女性が手を振っている。


「お世話になりました。ありがとうございます」

「海をわたる気じゃないんだな」

「海があるの?」


 驚いていてネビルに声をかけるとネビルに睨まれる。黙っていろと言われた気がしてサガの手を握って歩き出す。


「いいえ、あの少年を送り届けたら別の道から中央へ帰ります」

「いいのかい? あんたらはどう見てもいいところの坊っちゃんと嬢ちゃんだ。駆け落ちって言うのも嘘じゃないんだろ?」

「……かもしれません。ただ、俺は騎士なので。あの方のためにならないことは出来ないんだ」

「そうか、そうだな。いい男だな。あんちゃん」


 バシバシと肩を叩かれているのが見えて気に入られてるなと何も言わないサガを見上げる。


「ここだって、ここまで荒れてなかった。俺の村はどうなっちまってるんだ」

「サガって村を出てどれぐらいたつの?」

「わかんねえ、一月はたってねえけど」


 妹さんは生きていないのではと浮かんでしまった言葉を打ち消すように望実は頭を振る。


「日がくれるまでにつかないと、行きましょう」


 すぐ後ろからネビルも追いかけてくる。三人はひたすら道を歩き続けた。


「もうすぐだ。ほらあの白い建物あれがここらで唯一の神殿」


 見下ろした風景は真っ赤だった。村の端から端まで燃えている。突風がまるで煽るかのように吹き付けて炎の勢いがましいく。


「ペッシュ。ペッシュっ!!!」

「えっ!」


 そう言えば、サガは珍しい髪の色だ。背が高く、ぶっきらぼうで口が悪い。顔は整っているけれど大変な暮らしを続けたせいで荒んでいる。貴族を嫌っているが妹のために貴族に拾われて働いていた。サガ・ロペリにちがいない。悪役令嬢の攻略相手で主人公の兄だ。


「ネビル。何がなんでもあの子の妹を助け出して、騎士の誓いにかけてお願い」

「かしこまりました」

「私は神殿に行ってくるから。大司祭様からの手紙があるから通してくれるはず。そこで待ってるわ」


 何もできない自分が走り回るよりずっといい。神殿なら安全だろう。


「必ず。連れていく。だからおとなしく待っていてくれ」

「ええ、待っています」


 望実は二人が降りた場所とは別の道から白い建物を目指す。いったい何が起きたんだろう。もしかしたら自分が無理に動いたせいかもしれない。望実は手を強く握り、ただただ歩き続けた。

 

誤字脱字報告ありがとうございます。


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[一言] ついに主人公と接点が出来るのですね 更新いつも楽しみにしてます
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