聖女と私 ②
「殺される。殺される。絶対殺されますよ、俺!」
「けつの穴の小さい男ね。武士に二言はないのよ。つまり騎士にも二言はないの」
「どういう理屈ですか、それとだんだん口悪くなりすぎだ」
半泣きで天を扇ぐネビルはいつもの甲冑姿ではなく、目立つ髪の色を深いとんがり帽子で隠していて村人というより旅人のような格好をしている。適度な筋肉と凛々しい顔立ちで見ようによっては流しの傭兵家業と見えるかもしれない。
隣には古い上着とボロボロのズボンのせいで少年にしか見えない格好の望実が呻いていた。
望実は腰を叩きながら「それにしても乗馬がこんなにきついとは思わなかったわ」とため息をついた。腰とお尻がズキズキ痛む。三日間駆けるとか無理だと早々にダウンした。おかげでまだ半分の距離も来ていない。十日間は大丈夫とは言われていたが、早めに帰った方がいいだろうし、移動手段を考えないと行けない。
「街に着いたら荷馬車か乗合場所を探しましょう。ひ……」
「ポメロ」
「ポメロ様をのせてこれ以上の早駆けは無理です」
「ネビル、今度様付けしたり姫様または妃殿下と呼んだらグルナードにネビルのせいですって言うから」
「鬼!」
「鬼なのは初心者が倒れるまで休みもせずぶっ通しで走り続けたネビルよ」
杖代わりの棒にしがみつくようにして歩く。今まで使ったことのない筋肉がちぎれそうなほど痛い。成長痛だってこんなに酷くなかった気がする。
「ポメロって馬乗れなかったか?王様と乗ってた気がしたんだよな」
そんな裏設定知らないとため息をつく。乗れないものは乗れないし、ポメロが乗っていたのも見たことがないからしょうがない。
「一人で乗ったことはないし、王様はネビルと違って優しい方だったもの、ネビルと違って」
「はいはい。ただ俺がいってるのは優しい王様……ちょっと待ってろよ、そこで」
ネビルが話を切り上げて馬車を追いかける。イルに金貨五枚を渡されたのだが、どれぐらいの価値なのかいまいちわからない。紙の流通はそれなりに整っていて紙幣もあると本に書いてあった。金貨一枚数十万とかだったらどうしようと望実はとりあえず帰ってきたらポケットの中を渡そうと手を突っ込む。じゃらじゃらとした音にほっとして倍緊張する。
「ポメロ、とりあえずあの馬車は北に、それも今日中にいけるとこまでいくらしい。昼をとったら出るって聞いたから俺たちも飯を」
「ねえ、ネビル。どう見てもあれスリよね」
望実が指差す先では泥だらけの子供が、商人の腰元についている財布の紐をナイフで慎重に切っていた。
「姫さん、忘れるなよ。俺達はお忍びで大司祭のお使いにいくだけなんだ」
「あら、騎士ってそんな薄情な職業だったんだ。がっかり。それとネビル、姫とかなんとか呼んだら容赦しないっていったわよね。こんなとこで足がついたら着く前にグルナードに追い付かれちゃうじゃない。ほら、罰としてあの子を警察? 警備? ともかく街の治安をまもっている人に連れていって」
「冷鬼より人使いが荒い」
ブツブツと文句をいいながらネビルは素早く商人と少年の間に入ってその手をつかんだ。
商人にネビルがぽんと財布を渡す。ビックリした顔でネビルと少年を交互で見て「最近ここらでスリが多かったのはおまえだったか」と商人が低い声でいった。
「うるせえ、食わねえと皆死ぬんだ。無防備に腰なんかにぶら下げてる方がわりぃや、くそったれ」
「なんだと?小僧、口の聞き方を」
「とりあえず今日は盗んでないんだな」
「それがどうしたんだよ」
「今日の証拠はこれしかない。とりあえず俺が役所につきだすか決める、いいだろう?」
ネビルが商人にしか見えない角度で騎士の紋章を見せると商人は胡散臭さそうな顔をしていたのを真っ青に変えて頭を下げた。ついでにネビルは銅貨一枚でパンを買って少年に「これは賄賂だ」といって渡す。
「こんなパンひとつでなんとかなるかよ」
「家族が多いのか?」
「……ちげえよ。金がいるんだ。いっぱいいっぱいいるんだ」
「そいつは北から流れてきた孤児だろうよ。あっちこっちにいるんだよ。親が流行り病でぽっくり逝っちまって自分だけが治ってもどうにもできずにいる子供が、王様だって逝っちまったんだ。このまま神に見捨てられた国になるのかもしれないねえ」
隣にいた野菜売りのおばさんが少年をちらっと見て次にネビルを見てため息をつく。
「神に見捨てられた土地になどならない。俺達には王子がいる、王妃もいる。ただ今は……」
ネビルが望実を見る。無力なのだと感じる。病も貧困もまだまだ子供で知恵も知識もない望実がぽんと解決できる問題ではない。
「今、少しだけ時間が欲しい。王子は聡明だし、王妃は……優しい方だ。必ず何とかしてくださる」
「だといいけどね」
期待はしてないよ。誰もねと言い放っておばさんは去っていく。
「時間なんてないんだ。このままだと、このままお金がないと死んじまう。俺には金が必要なんだ」
少年がネビルに向かって錆びたナイフを振り下ろす。叫びそうになったが、ネビルは身をかわすと少年の手を叩きナイフを取り上げて手をねじりあげた。
「放せ、俺には時間がないんだ」
「なんの時間がないの?」
「おい、俺は待ってろと」
「静かに。ねえ、何でお金が必要なの?時間がないのはなぜ?」
自分と同じぐらいの背丈の少年に親近感がわく。頭を抱えているネビルと望実を見て少年はけっと唾を吐き捨てた。
「おまえ、そいつのなんだ?男の子格好させられて小間使か?」
「そう見えるでしょう?でも実は私の方が偉いのよ。だから心配しないでドンとこいよ。なんでも言っちゃいなさい」
「頭おかしいのか?」
「口が悪すぎ」
頬を引っ張ると痛い痛いと少年が叫ぶ。なんだか懐かしい感覚だ。自分と年が近い少年に会う機会がほとんどないからだろう。オランジュもミラベルも何だかんだで十才も離れているし彼ら以外は基本的に年上だ。厨房や洗濯場には同じ年頃の子がいるらしいのだけれど、グルナードに先手をうたれて立ち入り禁止にされていた。そうなると異世界に来て一番年が近い子かもしれない。
とりあえず目立たないところに引っ張って連れてくる。木陰に無理やり座らせてネビルが買ったパンを食べる。だいぶ固い。
「私はポメロよ。貴方は?」
「俺はサガだ」
「サガ、かっこいい名前ね。年はいくつ?」
「十二だ」
「十二……おっきいね」
「村の子供たちの中では一番大きかった」
同い年じゃないのかとがっかりしたが、とりあえず騒いでいた理由を聞かないとスッキリしない。望実はサガに「何があったの?」ともう一度聞いた。パンを噛みちぎってサガは「妹が病気だ」とボソリといった。
「妹さんは、流行り病なの?」
「父ちゃんも母ちゃんもおんなじ病気で死んだ。妹を頼むって言われたのに、俺はなんもできてねえ」
「妹さんは今どこ?」
「ずっとずっと北の神殿にいる。神殿なら何とかしてくれるって聞いてきたのに、大司祭様が来るとかで大騒ぎしてちっとも病人なんて見てくれねえんだ」
すいません。私のせいですと心の中で望実は謝りながらサガに「薬持ってるの、ただ今は妹さんの分それも一回分しかない」と言った。
「姫さん、それはダメだ。万が一あんたがかかったときのための」
「貴方が盗んだ物があるなら言って、馬車が来るまでに謝って返すから、もしそれができたら一緒に妹さんのところに薬を届けにいく」
「……なんでだよ。なにたくらんで」
「私の家族ももうすぐ五歳なんだけど同じ病で、苦しんだから」
「弟か?」
望実は曖昧に笑いながら頷く。この格好で息子です何て言ったら病院にいけと怒鳴られそうだ。
「俺の妹も今年五歳になる。同じだな」
「そうね」
同じ年頃の家族がいると言うことで少しだけ心を開いてくれたのかサガはあっちこっちの流れの商人からすったり拾ったりしたという小銭をネビルに出した。
ネビルに姫呼びした罰と言っている限り倍で返してきてと言うと鬼とまた言われた。語彙力が無さすぎである。さすが脳筋一家だ。ティエラとは真逆の一族である。
「とりあえず金貨とか盗んでなくてよかったよ」
「金貨なんて庶民で持ってる奴いるもんか、貴族ぐらいだ」
そういえば銅貨一枚でパンを買えるんだし、銀貨も紙幣もあるのだ。
「ねえ、金貨一枚ってパンいくら買えるの?」
「はあ?なにアホなこといってんだ。パンなんか買うかよ。金貨一枚あればここで一番いい屋敷が買えるんじゃなかったか?パンで屋敷ができるかもな」
「へ、へえ」
じゃらじゃらとした音が恐怖に変わる。屋敷が五件、ポケットの中に入っている。思えば、大司祭として子供の頃から神殿で暮らすイルにも庶民の金銭感覚がはっきりわかっているのかと言えば怪しい。
「じゃあ銀貨は?」
「銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨五枚ぐらいは盗めると思ったんだけどな、ここらはもう中央から離れてるし、どこも病で金ももってねえ」
「どうにかしないとね」
「おまえが考えてもなんもできねえだろ、で、さっきの兄ちゃんって騎士なんだろ?」
紋章を見せたときサガも見ていたのだろう。仕方なく頷くとサガは「こんなんだけどよ。俺も騎士になりたかった。まあ貧乏すぎて騎士の学校へも行けなかっただろうけどな」と笑った。
「一応分かるのは返してきたぞ」
「ネビル、お疲れ様。ちゃんとグルナードに使った分のお金返してもらえるよう頼むから」
「いやみ言われそうだからいらん。ほらいくぞ」
「この子もよ」
「ポメロ」
「彼と一緒に行って現実をしっかり見てこないと」
抜け出した意味がないとネビルをまっすぐ見つめるとため息をついたまま、馬車に向かいお金を払ってくれた。
「おまえ、あいつとどんな関係?」
「それが身分違いで駆け落ちしてきたの。馬車のおじさまも内緒よ。私の家族が探し回ってるだろうけど」
「もちろんさ、お嬢ちゃん」
「サガも、内緒」
「お、おう」
ネビルが非常に嫌そうな顔でこちらを睨んだがどこふく風で望実はサガと藁いっぱいの荷馬車でに乗り込んだ。




