聖女と私 ①
しばらく自分でもおとなしくいい子にして過ごしていたと思う。イルが来てくれる時間の半分は書類の説明を聞きサインをし、半分はこの世界の常識などを聞きながらノートで会話をした。モノクルは望実だけではなくイルが使っても通用するようで、ノートの中はリヤン語と日本語がごちゃ混ぜになっているがそれも楽しい。
「それにしてもこの手の報告書ってなんでまだるっこしいのかしらね」
「確かに重々しい言葉で書いてありますから」
「そう、そうなのよ。やになっちゃう」
「慣れもあります。私などほぼ書物は古典なのでそれはそれで大変ですよ。意味が違う言葉や使われない言葉の解釈を考えるのも大変です」
イルの悩みもなんとなくだがわかる。古典の授業の先生が柔らかい声過ぎて全自動睡眠機なんて言われてたのを思い出してしまう。
「イル的に眠たくなる声ってある? グルナードは結構いい声だけど、イケボだなって思うのは先生。お気に入りの声優と一緒の声だから当たり前だけど、先生って歌とか歌えるかな?」
「ノバ・ディオールがですか? 歌えて呪いの歌とかじゃないでしょうか? 真顔で怨念の籠った禍々しい呪歌なら想像できます」
呪歌がどんなものかは分からないがお経を真顔で躍りながら歌う先生を想像して望実は吹き出す。
「やだ、もう……ははは……駄目っ、ツボ。イルってばすごい」
「すごいでしょうか?」
よくわからないけれど、嬉しいですというイルに飛び付いて「ありがとう。しばらく笑えそう」と望実はお礼をする。
「ティエラ卿には使いは行っています。エスクード卿は今の情勢なら神殿にいるのはいいことだとおっしゃっていました」
「さすがに神殿のそれも男子禁制の巫女の住まいまで襲いにきたら反感の方がつよくなりそうだけど」
「暗殺者が男性とは限りません。変装にたけた者もおりますから、妃殿下にはより注意していただきませんと」
「そうね。わかった」
オランジュに置き手紙を書いてミリヤに渡す。ミリヤとコラーダは神殿に滞在はできないのでオランジュについてもらうことになっている。
時間になったのでイルと馬車にのる。イルが考えた作戦はグルナードが城にいないときに、神殿でしばらく病が王子のように回復するように祈りたいとエスクードに許可を求めることだった。
貴族は王に権威をもたらすザンザールへの忠誠心が高い。城にいるよりは安全で敵の数も減らせる。数日間で民の心も掴める上に王子の回復が王妃の献身によるものであることを国に知らせることもできる。と、利点を書き連ねてエスクードに送ったそうだ。エスクードは利がある事に反対しないとイルは言っていたが、まさにその通りであっさりそれこそ拍子抜けしそうなぐらい簡単にサインをもらえた。
護衛はネビルだけというのに若干不安があると言われたが、神殿の守衛もつくこと、男性が増えると巫女も落ち着かないとイルが押したそうだ。さすが大司祭素晴らしい。
そんなわけでのんびりとおしゃべりをしながら神殿につき、王族のための間に入る。神殿の中にありながら豪華な作りの部屋に望実は驚きながら黄金でできた祭壇を少しだけ触ってみた。金なんて見たことすらない。本当にキラキラしているんだなとバカみたいな感想しか出てこないぐらいには唖然としている。
「この部屋は王族しか入ることはできません。もちろん贈り人は別です。城の中にも同じように王族と贈り人だけの部屋があると聞いております。この神殿は特別です。この部屋になぜ妃殿下をお連れしたのかと言いますと、この部屋に必ず贈り人様は一度来られると伝えられているからです」
イルに近寄って耳元で巫女を気にしながら「来てないし知らないけど」と望実は囁く。こんなきんきらきんの目が痛くなりそうな部屋に連れてこられたら覚えていないわけがない。
「贈り人は女神ペリドットに向かい入れられ、その人物を呼んだ女神に引き合わせられます。ザンザールに呼ばれたのはリヤンの初代王だけです」
「ここの初代王って転移者……贈り人だったの?」
「神殿だけで伝えられてきました。初代の王はある日この神殿の部屋に突然現れ、この神殿で育ったのです。もちろん、比類なき聖力の持ち主だったと書物にも書かれています」
「でもこの国に贈り人はいないのでしょう?」
「ええ王は世界の均衡をはかるために贈られましたし、この国は王が作ったようなものですから」
「屁理屈ね」
「初代は記憶がなく贈り人として語られる人物のように異世界での記憶があったから世界を救えたわけではないのです。それも消された記録です」
「私は世界なんて救えない。力もない。大それたことなんてなにもできないから」
「妃殿下はもうすでに王子を救ってくださいました。この国はザンザールとの誓いによりリヤン一族がいる限り祝福を約束されております。それでも公爵家に権力が行きすぎるのは良くありません。実のところ、妃殿下が真実を明される気がない限り、お二人が婚姻せずに別々の相手と結ばれる方が国の安定のためには良いいのです。王族のためにと考えるとまた話は別ですが」
「色々事情がまだまだありそうね。この世界には。私がいつかここにきたらザンザール神にお会いできるのかしら?」
「わかりません。ここ数百年は大司祭もお目にかかったことはないようです。あったとすれば貴方の父君、王だけです」
ここでもやはり父親に帰ってくるのかと望実はため息をつく。イルは望実の父親の話になると興奮するのがやっぱり玉に瑕だ。
「それで話を変えるけどネビルには言い聞かせてあるのね」
「はい。夜中に北へたつ準備はすでに終えています。本当に神殿の守衛はつけられないおつもりですか?」
「身軽な方がいいから、ネビルに馬にのせてもらってできるだけ最短距離で帰ってくる。それまでグルナードの猛攻は頼んだから」
「いかなる方も近づけませんわ。それに聖女が降臨されていれば神殿のためにもなりますし、つくづくご一緒できないことが恨めしく思います」
望実はイルの手を握って「いつか一緒に旅行いこうよ」と言った。
「贈り人様とやらの権限でも使って連れていってあげる」
そう言うとイルは涙を拭って「はい」と泣き笑いのような表情で望実を見つめた。知らない父親の影が色濃いこの場所で自分は誰かと対面するのだろうかと望実はあたりを見回す。
偉大なるザンザール。いつか、帰れるなら帰してくれるならそれまで精一杯頑張るから、そう望実は心の中で祈った。




