馬車駆ける
「ははうえ?」
「ちょっ、グルナード。なにを……」
部屋につく前に追ってきたグルナードに手を捕まれ望実は馬車に押し込まれた。ネビルが気づいて後を追ってきているのが窓から見える。それよりオランジュだ。目の前でグルナードとはいえ連れていかれるのを見て大丈夫なのだろうか?
「何か、城では話せないことがあるならそう言えばいいじゃない」
「本当は妃殿下が馬に乗れれば一番だったんですが」
「そこまで警戒して何を言いたいの?」
「貴女は変わった」
別人なので当然だ。今さら何をいうのだろうと戸惑いながら顔をあげる。体温が無いように見えるアメジストの宝玉は、望実が視線をそらさない限りそらさないと決めているかのように、よそ見もせずにただ見つめてくる。狭い部屋の中で言葉も交わさずに見つめあう事に苦しくなって望実は視線を外す。
「三日会わなければオランジュだって変わるわ。貴方にあえない間に大人になったとは思ってくれないの?」
「以前の貴女はさほどあの方には似ていなかった。それなのに今は苦しいほどに面影を感じるのです。議会で侯爵と堂々と渡り合っていた、あの姿を見て貴方と王を重ねた人も多かったはずだ。なぜ、なぜです」
肩を捕まれる。外から見えていたらスキャンダルと取られかねない格好だ。グルナードを押してみるがびくともしない。長い睫毛が震えているのが見える。何かに怯えているようにも見えるし何かを喜んでいるようにも見える。
「我が王、我が主。私の全て」
腰が抜けそうになるほど熱く溶けそうになるほど感情のこもった声だった。この男から発せられる言葉なんだろうかと望実は思わず自分の腕をつねる。
「ぐ、るなーど……」
「今回の事で貴女はあの方の正当なる後継者であることを国の代表者達に示してしまった。今後今まで通りにお守りするのは無理でしょう」
「なぜ?そんなにすごいことは言ってないわよ。いずれ帰るかもしれ……違うの。そういう意味じゃなくて、ともかく王になんてなれないし、オランジュと理不尽な結婚をするのも却下だわ」
あの話はお披露目で終わったと思ったのだが、侯爵もグルナードも思っていた以上にしつこい。
「貴女を路傍の石だと思っていたものたちは貴女が磨けば光る輝石だと気づいた。兄などは初めてあったときから貴女に何か感じて王になるべき方と言っていたのでその素質に気づいていたのだと思いますが」
「ならいいじゃない。王に逆らわず国のために人生を捧げますと言っただけよ?何が気にくわ……きゃーっ」
「全部ですよ」
「全部って」
腰を引き寄せられ、望実は小さく悲鳴をあげる。身体が密着する。心臓がバクバク音をたてて飛び出しそうだった。コルセットのせいか息もうまくできていない気がする。
望実は真っ赤になりながら弱々しくグルナードの胸を押すが彼は離れてくれない。
なに?
まさかとは思うけどこれって遠回しな好きとかそういうのなの?
突拍子もない疑問が浮かんでグルナードを見上げると胸に抱き寄せられる。体温がさらに近くなり、パニック状態の望実が何か叫びそうになると馬車が止まった。トントンと扉が叩かれる。
「何用だ。侯爵家の馬車と知って止めたのか?」
「申し訳ありません。公爵からのご伝言です。王の元へ行かれるがよいと」
「見るな。目を閉じていろ」
着飾った近衛兵のような格好をした男が馬車に乗り上げようとする。望実を引き寄せている逆の手でグルナードは男の胸に剣を突き刺した。グルナードの制止しようとした叫びを聞かずに望実は振り返り悲鳴をあげる。何も映さない男の目がこちらを見ている。
「きゃあああああああっ」
「だから見るなといった」
胸を突かれ血を吐き出した男が目に映る。頭が真っ白になって再度「いやああああ」と叫ぶ。人が、いっぱい血がでて、死んでいる。怖い怖い怖い。いやだ。ママっ。ママ、ママ助けて。
死体などテレビの中以外で見たことがない望実はパニックになり、グルナードにしがみつきながら泣きじゃくる。
「城の窓から塔へ飛び移れるのに、死体は動かないではないですか」
「ばかっ、グルナードののうたりんりんおまえの母ちゃんでべそ、ばかばかばか」
窓を飛び移るとは全く違う。何を言っているのだと思い付く限りの悪口を言って見るが語彙力のなさに敗北する。声の限り叫んだせいか脱力して少しだけ落ち着いた気がする。
外から打ち合う音と叫び声が聞こえてきて顔を背けながら望実はグルナードの服をぎゅっとにぎる。
「騎士ほどではありませんが、日々の業務でも腕は衰えていませんよ。妃殿下」
「いつから、襲われていたの?」
「兄の話をしていた辺りからでしょうか? 伺うように跡を追ってくる馬の足音が聞こえましたので、問答無用で切りつけてくるかと思いましたが」
「公爵からの刺客なの?」
「いえ、別でしょう」
きっぱりと言うグルナードに望実は首を傾げる。公爵からだと言っていたのにグルナードには聞こえなかったのだろうか?
「公爵はあれで老獪な狸のような男です。こんな見え透いた誰もがわかる手を使うわけがない。証拠が残るようなことはしませんよ。今、侯爵家を襲えば公爵に疑いの目がいくのは必然です。なのでどちらも恨んでいる貴族か、どちらも蹴落としたい貴族でしょうね」
「侯爵家が恨みをかっているという事?それとも私が?」
「もしかしたら貴女が賢く魅力に溢れた女王になる未来を見た王妃派閥の者かも知れませんね。貴女を傷つけず浚うだけでもいい、侯爵家には打撃を与えられるし、貴女を救う王子にもなれる」
賢く魅力溢れる当たりでまたバクバクと心臓が音をたてていたのにその後一気に冷や水をかけられたように冷静になる。
「オランジュの前から連れ出したとこからもう芝居だったの?」
「芝居と言いますか、懸念と言いますか。城では襲ってきてはくれないでしょうし」
「なにそれ? 私はトラウマに……きゃああああああ」
音が立ったのが聞こえてついまた振り返ってしまう。視界の端で死体が起き上がった。もう嫌だと声の限り叫ぶと「うるせえ」と聞き覚えのある声が聞こえる。
「追い付いたか、遅かったな」
「追い付いたもなにも人に火の粉を払う真似をさせておいて労いもなしですか?」
真っ赤な髪が望実の目に飛び込んでくる。望実は立ち上がるとネビルに飛び付く。
「うあああああ、もういや。かえる。おうちにかえして」
「ひ、姫様!? ちょっと落ち着いてください」
「おうちにかえりたいっ、もういやっ」
頑張ったのに誉めもされず、揚げ句の果てに説明もなしに囮にされて、どうしたらいいかわからなくなる。ネビルは困った顔をしながら望実をしっかり抱き締め「失礼致します」と馬車に乗り上げた。
「追手は十人、九人は始末し、一人は牢に連れていっております」
ネビルの全身から血の匂いがする。なんでこんなことになっているのかと望実は泣きながらネビルのマントをぎゅっとにぎる。怖くて怖くて仕方なかった。誰かが死ぬことが日常のように話す二人も怖かった。
「さすがだな」
「しかし姫様になんの説明もなしですか?」
「言ったところでこうなるだけだろう」
「だからあんたは冷鬼なんだ。あんたがいつも通り嫌みったらしく、くどい説明をしていればこんなに怯えなかっただろうよ。ったく」
ネビルが自分の心配をしてグルナードに怒っているのが伝わって望実は少しだけほっとする。両手で抱き締めると「姫様、それはちょっと」と慌てる声がする。
「私と大分態度が違うようですが、妃殿下は騎士がお好みですか?」
「冷血漢の最低男よりは好きに決まってるでしょ」
ネビルと名前をよんで怒りと同時に悲しくなりまた泣いてしまう。
「この方がここまで泣くのは相当のことですよ? ちゃんと反省してください」
そうだそうだ。ネビルはよくわかっている。宰相に給料あげるようにいっておこう。いや、この際、グルナードから給料差し引いてその分をネビルに渡すのはどうだろう?
さっきまで自分をすきなのかどきまぎしていた恥ずかしさも込み上げてきて倍増した怒りがグルナードに向かっていた。もちろん自分を守ってくれているのはわかっている。馬鹿なことを考えていて浮わついていた自分も腹立たしいのだ。
「私としては泣いているのも悪くはないのでね」
「うわっ、ドン引きですよ。女の子は幼児だろうと王妃だろうと泣かせちゃいけません」
「ウェルタクスで教えそうな戯れ言だな」
失礼しますと知らない声がかかり、馬車が動き始める。ネビルが部下だと教えてくれた。と言うことはあの突発的に手を引いて走り出したときからすでにグルナードの作戦は始まっていたのだろう。なんだか身体が重くなる。
「グルナードにとって人は全員、駒にすぎないのね」
「貴女は何より特別な駒です」
「いいえ、私は人よ。感情でいきる人間。いつか貴方だって大事な人を持ってその人に心を動かされる日がくるわ、その時には駒だのなんだの言った事を後悔しなさい」
「……大事な人はもういない。いなくなってしまった。だからです。妃殿下。貴女は特別で大事で、そうもしかしたら愛しいのかもしれませんね」
ちっとも嬉しくない告白だった。自分を見ていない瞳は死人以上に望実をゾッとさせた。
「ネビル、このまま手を離さないで、補佐官の顔を台無しにするっぐらいひっかっきまくりたいから」
「かしこまりました。ティエラ卿の安全のためにもご命令立派に勤めさせていただきます」
少しだけ笑うと緊張が緩む。お礼をいいたくてネビルの耳に顔を寄せるが意識が遠退いていく。
「ありがとう。ネビル大好き」
馬車が一気に冷たくなった気がしたが、目を閉じた望実にはわからなかった。
ネビルは真っ赤になった後に真っ青になる。
「なぜ私には礼もないのだ。おまえだけいいとこ取りではないか」
「やり方が下手すぎます。俺が守ってやるといって抱き締めてやれば、その凶悪な顔の効果も倍増で姫様ぐらいの男に夢見てる年齢の少女なんていちころだと思うんですけどね」
「そういう下世話な話じゃない」
「下世話な話しかできないんですよ。男社会で育たんでね。それより、議会でなにしたんですか?お披露目の時みたいに挑発したのですか?」
「我らは妃殿下に贈り人を見た。あんな演説、彼しかできない。懐かしさすら覚えた」
その声に熱を感じネビルは腕の力を強くする。会ったときからグルナードは兄ですら見ていない。その目はたった一人しか見てはいない。
「やはりあの方が残された我らの贈り物なのだろう。あんな愚かな男の子供を担ぐよりよほどいい」
「そうやって己の欲望を優先させている限り懐かれるのは無理だと思いますがね」
「そうだな」
グルナードはぞっとするほど美しい笑みを浮かべ「懐かれずともいい。目的が果たされるなら」とネビルが抱き抱えている少女を見つめた。




