平穏な日
小さい頃からどこへでもいけるドアがあればいいのにとは思っていたけれど、今こそ欲しい。東西南北この国を見てみたいとは思っていたけれど、時間も手段もない。それでもペッシュがいる街を見つけられたら一人でも行こうと望実は思っている。
ただミラベルにオランジュを見ていてもらえるのは心強い。噂として水面下で婚約が決まっているように話が流れるようになっている。ミラベルの前で証拠が残るような愚かな事はさすがにしないと思う。あとはペッシュに会えれば物語が上手く動き出してフェイドアウトへの道が開けるに違いない。
「姫様。閉会のお言葉を」
「うわっ、あ、ごめんなさい。我らが神聖な議会をここに閉幕します。この国の繁栄が続きますよう」
「続きますよう」
コラーダに睨まれて望実は肩をすくめる。気が抜けているように見えるのだろうなとため息をつく。確かに少し気が抜けはじめてはいる。あっという間に過ぎた一月が怒濤の流れだったこともある。
貴族たちも先生の適切な指導で徐々に一人一人元の仕事に戻りはじめ議会は予定通り開けるとグルナードから聞いた。
議会の議題ももう少し理解したいが、望実が見た限りハードルがかなり高い。法律の一文を読んでいるような固い口調と専門用語の羅列に耐えられず読みながらすでに三回も寝落ちしている。
「まだまだバタバタしそうね」
「来年の鍵の儀が終わるまではそうでしょうね。貴族間はおさまりつつありますが、民の間ではまだまだ広がり続けている地域もあると」
「なにもできないのがもどかしいわね」
先生は貴族や庶民で差別したりしない人だが、王家を見ると決まっているのでどこから病気になるかわからないという点で街の人を気軽に見ることができなくなっているとは言っていた。
「できることを一つ一つしていけばいいんです。まずは議会に出ること。それからです」
「そうね」
明日はグルナードを呼びもっと本番に近い形で練習することが決まっている。そのためにもしっかり予習しておかねば。オランジュにグルナードに言われる皮肉の意味を毎回説明してくれと言われて困っているところだし、目指せノーミスである。
昼食を食べ終わり、天気もいいので望実はオランジュと散歩にでかける。未だに外を簡単には出れないので中央の中庭でのんびりするのが最近の日課になっている。身体は動かさないとなまってしまう。
騎士の練習に混ぜてもらうことはできないが見学ならいつでもとネビルの兄も言ってくれたため芝生に座りながら騎士達の訓練を眺める。
「そのうち僕も剣のけいこがはじまるとグルナードがいっていました」
「気を付けてね、最初は怪我をするかもしれないけど、必ず自分の守り方がわかるようになるから」
「はい」
オランジュと一緒に護身術を習いたいとお願いしたのだが軽いものなら侍女達から習った方がいいと言われてしまった。侍女達、特に王族の側近は身を守って人質にならないようにどうするかの護身術に長けているらしい。
望実としてはもっとこう、剣をふるって『ていやー王は私が守る』と中国映画のアクションのようなかっこいいところをオランジュに見せたかったのだが、ここで剣の稽古まで始めたら寝る時間が失くなってしまう。議事録とのにらめっこは今だけすればいいものではないし、ずっとティエラ兄弟二人がこなしてくれていた業務も望実に振り分けるため次第に増えていくと言われた。
グルナードが『宰相は妃殿下の応答に非常に満足していると……前王が生ぬるかったのでこれからはビシバシ行ける。病にかかったかいがあったと喜んでいました』と言っていたがエスクードが何を気に入ったのかさっぱりわからない。
「ははうえ、やっぱりネビルはすごいですね」
「え、ええ。そうね。すごいわね」
せっかくいい天気の上に迫力のある騎士達の練習風景が全く頭に入ってこない。
興奮しているオランジュを落ち着けるように背中をさすって、元気になってよかったなと心から思う。下の階のまことちゃんは元気でいるだろうか?今となると『おはようブス』の一言すら懐かしい。
「きっとオランジュもネビルの年にはあれぐらい出来るようになっているわ」
「妃殿下、ネビルは特別です」
「いいじゃない。男の子はヒーローになりたがるって言うし目標があるのはいいことでしょう?」
「…ネビルは代々騎士の家系であり国随一の騎士の一人です。王は剣だけ振っていればいいものではありません」
「はい」
ミリヤとあれから距離が縮まったのはいいが、厳しさも加速しているのでもう少し優しくしてほしい。反抗期な心がうずくので。ただ彼女の入れるお茶はともかく絶品なのだ。このお茶を必ずいれてくれるなら耳の痛いお説教も聞ける気がする。自分が世間知らずなのを棚にあげて何をいっているんだと突っ込まれそうだが、心の中なので聞き流して欲しい。
「ネビル・ウェルテクス。オランジュが誉めていましたよ。褒美としてこちらの席につくことを許可しましょう」
「光栄です。妃殿下」
こんなやり取りもなしにほらすわってすわってこのお茶美味しいのよ。飲んでよと言いたくなる。一つ一つ小さなことでストレスはたまる。それでも、やると決めたことはやる。望実は自分に言い聞かせてにっこりと微笑む。
オランジュと望実の間にネビルが座りオランジュが「すごかった」と称賛するのを静かに聞く。
「光栄です。殿下」
「ぼくもははうえをネビルみたいにまもりたいの。できるかな」
「殿下ならきっと」
「ははうえは、まっくらなばしょからそらからとびおりてたすけてくれたの。ぼくもそうなりたい」
じわっと目尻が滲む。頑張ってよかったと思った。勇気を出して屋根を飛び移り塔に忍び込んでよかったと。きっと世の中のお母さん達も子供にありがとうといってもらえたときこんな気持ちなんだろうかと母親を思う。もっと感謝できたはずなのに。この距離では届かないから。
なら出来ることは帰りかたを探すこと、健康に生きること、感謝を忘れないことそれぐらいだ。
「オランジュ、ありがとう」
「ははうえ?」
「大事なことが見えなくなる時はあなたをみて思い出すから」
「いっしょに」
「そうね! いっしょに」
パンと手を打ち合うとりあえず目を合わせてネビルに飛び付くと騎士達の笑い声とミリヤの「妃殿下!!!」という悲鳴が聞こえる。
きっとこのままでいけるそう思ったそれがいかに甘かったのか、そう思う日が来ることを望実はまだ知らない。
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