聖女を探せ
鍵の儀式のためと望実は神殿に通っていた。もうしばらくしたら議会への挨拶もある。どちらの訓練もイルにしてもらう許可をグルナードから取ったので短時間集中とばかりにこの国のこと、そして他国のことを教えてもらっている。
毎日毎日質問ばかりで申し訳ないなとは思っているのだ。でもさすが聖典と呼ばれる恐ろしいほど分厚い本を全て暗記しているだけあってイルはグルナードと同じぐらいに頭がいい。何よりグルナードより優しい。数学の教師もこれぐらい優しければ望実も授業を真面目に聞いただろう。理解できるかは別だけれど。
「そうだ。イルにならいいかなと思って持ってきたんだけど、これなにかわかる?」
「まあ。これは」
イルは瞬きすると望実が持ってきたモノクルを持ち上げてじっと見つめる。
「のぞみ、これは王が持っていた魔道具です。王が降臨された国は魔石と言われる石が他国より多く取れます。この国の鍵のついている非常に大きく力ある石も同じです。あの石は偉大なるザンザールがこの地を治めよと命じた時に触れた岩が輝く石になったと言われております。その欠片を初代にお渡しになり鍵を完成させたのです。あれは世界でもっとも力のある魔石なんですよ」
「でもこの国では魔法は使えないんでしょう?」
「はい。ただ魔石は使えます。使えますが、余程強力な力を持っていないと門を潜ったときに壊れてしまうのです。それはどこの国も同じで貴重な魔石はとれた国でこそ力を発揮できるのでそもそも持ち出すことがないのです」
「だったらこの石はどうやって門を抜けたの?」
「そうなのです。私も王が持っていたのは覚えているのですが、どうやって持ち出したのか肝心なところを覚えておりません」
もしかしたらそれが父親の能力かもしれない。それはともかくこのモノクルは非常に役に立つのでありがたく使わせてもらっている。こういった便利グッズ的なものがもっとないのかと思っただけで、他国の魔石事情が知りたかったわけではないのだ。
「と言うことは他にはないのか、壊れたら大変じゃない」
「魔石が欠けたぐらいでしたらディオール様が直せると思いますが」
「先生が?」
「我が国はあの鍵以外の魔石は見つかっていないので職人などはおりません。ですので希に魔石をもっている貴族はディオール様にみてもらっているようです」
「石のお医者様でもあるってことね」
「そうですね。ただディオール様はその魔石を人工的に作ろうとして国を追われたとも言われております。あまりのぞみには深入りしてほしくありません」
ノバ・ディオールは確かに人工魔石を作り上げている。ただそちらはバッドエンドまっ逆さまなのでこちらとしてもつつきたくないのは確かだ。ノバ自体はマッドな所はあるけれど話しできる人だし、浅く付き合っていけたらいいなとは思っている。
「先生にはお世話になったけど深入りしたいわけじゃないから、大丈夫。ありがとう。イル」
「そう言えば殿下の婚約が聞こえてきましたが本当ですか?」
手紙にも書いてあったがイルが望実に聞きたかった本題はそれだったようで、望実は素直に頷く。
「聖職者である身でこのようなことを言うのは自分でもどうかと思うのですが、ティエラ一族に権力を集中させるのは良いとは思えません」
「そう思わせることが狙いだから、早めに膿は出しきってオランジュのために綺麗な花道を用意しておきたいの」
それだけで大筋を理解したのかイルは「なるほど」と頷く。
「のぞみに負担がかかりすぎでは?」
「これぐらいなんてことないから、大丈夫」
「グルナードにもっとしっかり妃殿下を支えるよう手紙を出しておきますわ」
「う、うん」
最近グルナードがやけに嫌みを言うなと思っていたらイルが原因かと頭を抱えそうになるが、好意でやってくれていることだしなと望実は突っ込まないことにした。
「イルは聖女様と呼ばれる方にお会いしたことはある?」
「……本物になら」
「え?なに?」
「いえ、時折生まれる予見の力が強く出る女性がそう呼ばれております。時折そうではないかと地方の司祭が神殿に連れてきますが私の半分もいかない者ばかりです」
望実はパラメーターが見えるわけではないのでイルがどの程度魔力をもっているのかは分からない。それでも全世界の宗教上のトップであるということを考えればその半分でも早々現れないだろう。特にこの国では魔力を持っていても聖職者になるか他国へいかない限り宝の持ち腐れだ。
ただペッシュはオランジュと出会い徐々に芽生えた想いのおかげで魔力が強くなるので今の時点では魔力があるぐらいの少女な可能性もある。
「つい最近、流行り病を予言した子はいませんか?」
「少しお待ちを席をはずします」
そういってイルは部屋を出ていく。わざわざ調べにいってくれたようだ。この世界の身内と呼べる人たちは基本的に望実に甘い。特にイルは前王の娘で贈り人な事情も全て知っているので孫にだってこんなに甘くなれないのではと思えるぐらい甘いのだ。
未だに書類はこのモノクルなしでは読めないが絵本はなくても読めるようになってきたし字も書けるようになってきた。文法が同じなので後は単語をひたすら覚えるだけだ。
「妃殿下、失礼いたします」
「はい。どうぞ」
扉が完全に閉まるまで態度を崩さないイルにさすがだなと思いながら望実は書類を受けとる。
「西の村に一つ、東と北の村に二つ、南に三つ、そのような少女の話が書いてありますが、どれも目立つようなものではありません」
「…南のは多いとはいえ単なる当てずっぽうでも言えるようなことだし地方の郷士の娘と言うのも気になる。東も天候を当てるのは違う能力でもできるかな。ただ北の両親が死ぬといった少女の話は気になる」
「確かに、ただまだ四つの幼児の言うことです」
四つならペッシュと年は同じだ。可能性はある。西の村の火事で逃げるようにと村人にいった子供も気になるのだが、流行り病の前のようだ。少しタイミングが違う気がする。
ペッシュはオパールのような青でありながら様々な色が浮かぶ特別な瞳をしている。普通ではない瞳の設定なのでそちらから探せないかと思ったのだけれど肝心な事が書かれていないのだ。年齢と年相応とか痩せているといった体型の事しか書かれていない。
「なるべく早めにこの北の子と西の子のことを探して欲しいのだけど、イルが動いたら大変なことになるかな?」
「いえ、では全員をこの神殿に呼びましょう。実は毎年地方に私が少しづつ回る事になっているのですが、今年は流行り病のため行っていないのです。のぞみは聖女が現れると天啓でも受けたのですか?」
ある意味作った人が教えてくれたと言う意味ではまさしく天啓なのだが、イルの想像しているザンザール神が教えてくれたと言う意味ではない。
「オランジュの婚約者にふさわしい娘は二人いて、そのうちの一人がミラベル・ティエラ嬢。そしてもう一人が探してほしいペッシュという娘なの。オランジュと同い年で強い魔力がある娘。でもどこで知ったとかどうやって見つけるのとか説明ができないの。ごめんなさい」
「謝ることはありません。のぞみがそう感じているならそれはある意味での天啓。今から各教会に王の伴侶にふさわしい聖力を備えた五歳の少女を探すように通達しましょう」
「ち、違うの。そういう大々的なのはダメ。こっそりあくまでも秘密裏にお願い」
なぜなのだと目で訴えてくるイルに望実はティエラ侯爵家には知られたくないこと、その娘を大々的に探してハービス公爵に知られたさいに起こる騒動などを説明する。
「グルナードより私を信頼してくださったのですね」
「事情を知っていて、話せない私にも協力してくれるのはイルだけだから」
「そんな、なんて光栄な。ありがとうございます。久しく秘密など持ったことがありませんのでワクワクしますわ」
本当は聖職者ではなくハンターや冒険者になりたかったらしいイルは彼女曰く久しぶりの秘密にそわそわし始め、急にザンザールに祈願を捧げ始めた。
彼女を見ていると城で自分の正体をばらすのが非常に憂鬱になってきた。望実が言う一言を叶えようとする世界なんて恐ろしい。冗談の一つも簡単に言えなくなりそうだ。
「イル、二人だけの秘密よ。貴女だから相談したんだから」
「はい。のぞみ。貴女のご期待に添えるよう努力いたします」
いつも通りの真顔に戻り一礼するイルに望実は笑顔を返す。イルが嬉しそうに目を細めるので望実も悪くない関係かもなと思ってしまうのだった。




