悪役令嬢は許嫁 ④
「姫様はお気が強すぎます。受け答えは見事ですがあのような挑発をする必要がありましたか?」
控え室として空いている小さな部屋に入り、すぐに目についたソファーに望実は座って伸びをする。ヒールを脱ぎ捨て足をぶらぶらさせるとコラーダが困った顔をしてショールを足元にかけてくれた。
「ティエラの姫もいらっしゃるのにだらしがない」
「はいはい。ただそれでも今日はやることはやったわよ」
「もちろんご立派でしたわ。あの生きるシーラカンスもたまにはリヤンの女の恐ろしさを思い出した方がよろしいかと」
にっこりと笑うコラーダの笑みがいつもとは違い怖かったので望実はきちんと膝を揃えて座り「すいません。気を付けます」と素直に謝った。それを聞いてコラーダは満足としたいうかのように紅茶を持ってきて注いでくれる。
「ミラベルにはミルクはダメよ。オランジュにはいつも通りたっぷりと」
「はい」
「なぜ……なぜ妃殿下は、私がミルクが飲めないことを知っているのですか?」
またやってしまった。一大イベントを終わらせたことですっかり気が抜けていた。どうする? と自分に問いかけながら望実はきつい目付きなのに感情の見えないミラベルの瞳を見つめる。
子供らしからぬ表情にあの二人とお爺ちゃんではなと思う。賢い子にはなるだろうけれど。ミラベルが自分の感情を上手く出せず悪役令嬢になっていくのはそのせいもあると思う。
「エスクード宰相に聞いたのよ。オランジュがあまりにもたっぷりとミルクをいれるから、私の知っている娘はいれないって」
「そうでしたか、エスクードおじさまが」
本当はミラベルがペッシュとするお茶会の際に自分がミルクを飲めないことを上手く言えずに、ペッシュがミルクティーを作ってしまい。断ることができずに飲み干したため大変なことになるというイベントからだ。
ペッシュ視点だとミラベルのいつもの我が儘にも見えるイベントだ。ペッシュのいれたお茶など飲みたくないと言い捨て、庭にお茶を流して事なきを得ている。
ミラベル視点でペッシュへの好感度が高いと無理に飲んで酷くお腹を壊し動けなくなってしまう。ペッシュはオランジュを呼んできてくれ、ミラベルはオランジュに昔から『ミルクを飲めないのに無理をしたな』とばらされるのだ。ペッシュは平謝りし、クーデレなミラベルが苦笑いする。そんな珍しいスリーショットのイベントなのでよく覚えている。
「飲めないのに無理することなんてないわ。それが妃殿下からのお茶でもね。オランジュ、砂糖はもういれない。そこまで」
砂糖壺を取り上げてコラーダに渡す。オランジュは少し頬を膨らませてカップを回している。ぷすっと頬をつついて望実は笑う。
「お疲れ様。オランジュ。貴方のおかげで頑張れた
わ」
母は強しと言ってもらえるほど力があるわけじゃない。まだまだ未熟だけどそれでも、どんな厄介な問題がやって来ても弾き飛ばせる強さが欲しいから。
強めに頭を撫でててついでにミラベルの頭もくしゃくしゃにする。嫌がるそぶりもなくされるがままのミラベルの頬を伸ばす。
「な、なにをなさるんですか!」
「たまには顔の筋肉も動かさないと親戚の顔面硬直兄弟みたいになるわよ。嫌でしょう?」
「エスクードおじさまのようになれるなら私は嬉しいのですが」
ミラベルの真剣な目は嘘をいっているようには聞こえない。だが、五歳の子供が憧れる大人としてはどうなんだと突っ込みたくなる人選である。
「可愛いのに」
あんな可愛げのない大人を目指して欲しくないなと願望を込めて「ミラベルより可愛い女の子は広間にいなかったわ」と望実は言った。オランジュが望実の手を引っ張って抱きついてくる。よしよしと機嫌がよくなるまで撫で続ける。ミリヤもサーシャもいないので特別サービスだ。
「わたくしが可愛い?」
「貴女が可愛くないなら世界中の女の子はどうすればいいの?」
なんだか固まってしまったミラベルも膝に抱き上げる。スーパーでのまとめ買いのおかげで腕力鍛えられていて良かったと望実は思いながらもう片方の膝に乗っている美幼女が難しい顔で俯くのを見て首をかしげる。
ティエラ一家は子供を誉めない家系なんだろうか?
攻略対象の長男もこんな感じだったら可哀想だとミラベルにクッキーを持たせる。俺もと手を伸ばすオランジュには口にいれてあげる。
「可愛げのない子だと言われてきました。だからおじさまのような優秀な人になっていつか……」
「もう充分ミラベルは優秀だと思うのだけれど。でもきっと真面目な貴方は努力を惜しまないのだろうから、いつかオランジュと私を支えてね」
「妃殿下っ」
「妃殿下じゃなくてポメロって呼んで」
大人からみれば小さな身体でも望実からすれば重く感じる。まだ大人になりきっていないからミラベルのことが少しだけ分かるのかもしれない。優秀で人形のように綺麗な美幼女が可愛いと言われたことがないと悩んでいたなんて誰も思わないだろう。
だからそれがこじれにこじれてのオランジュへの思いだったり、素直で皆から愛されるペッシュへの憎しみに変わったのかもしれない。
「ミラベル、たまにオランジュと私に会いに来てくれるかしら?」
「はい。妃殿、ポメロ様」
「よろしくね。もうオランジュったら少しミラベルに構っただけでしょう?拗ねないの」
「すねてません」
「くすぐっちゃうからね」
「なっ、ひゃあっ、きゃっきゃっ」
とりあえず擽り倒して降参と言うまで続ける。ミラベルの唖然とした顔で我にかえった望実はコラーダにお客様をお二人とも忘れない。と叱られてしまった。
「妃殿下そろそろ準備をお願いいたします」
ネビルがドアをノックして中にはいる。ミラベルがいたことに驚いていたがすぐに表情を固くして一礼する。
「今夜はありがとうミラベル」
「ありがとうございますポメロ様」
もっとラフにと言いたいがこれもミラベルの良さかとぎゅっと抱き締める。オランジュも抱き締めて「おやすみなさい。よく休んでね」というとオランジュから頬にキスされる。
オランジュとコラーダを部屋において広間に戻る。
閉会の挨拶をして貴族たちを見送ってお披露目は幕を閉じる。
「頑張ったでしょう?」
ぐだっと王座に座る望実に嘘かお世辞かわからないがグルナードは「そのまま王座についていただきたいぐらいには素晴らしい出来でした」と跪いて言う。
芝居がかり過ぎている姿に助けを求めるようにネビルを見たが目をそらされる。
「本番は鍵の儀なのだし。そちらも時間がないからまだまだ忙しくなると思うけど、頼みます」
「はい。妃殿下」
「それと公爵の動きからは絶対に目を放さないで」
オランジュが閉所と暗所が苦手なのはもちろんあの塔のせいもあるがあの男が誘拐紛いのことをするせいもあるのだ。トラウマなんてない方がいい。せっかくストーリーを知っているのだから使えるものは使わないと。
「……そのまま座する気は無いのですか」
「冗談じゃない」
そういって笑うとまたグルナードの目が落ち着かないものになる。懐かしむような、至上の存在がそこにいるかのような、そんな目で見られるには望実はグルナードのことをまだ知っていない。
「言ったでしょ。私はいやーな姑になるの。だからこんなでかすぎる椅子なんていらないから」
「かしこまりました。それでこそ貴方だ」
父親とグルナードにいったい何があったと言うのか、しかしその日は疲れすぎていて望実にはじっくりと話し合う気力はもうなかった。




