悪役令嬢は許嫁 ③
ティエラ侯爵家は代々王家の信頼をどの家よりも勝ち得てきた。またその事は広く知れ渡り民からの人望も厚い。そのため、一部の貴族からは酷く受けが悪い。自他共に厳しく潔癖な現当主で宰相のエスクードは付け入る隙がなく、弟のグルナードもまた冷鬼と言われるほど厳しく的確に業務をこなし王妃の側近として信頼があると噂されている。その上でティエラ家から更に次代の王妃が出れば手の付け所が無くなる。王子派閥は危機感を抱いているらしい。
できれば自分の家からそうでなくとも派閥から王妃そして次に続く王を出したい。そして権力をティエラ家から取り戻したい。それは王子派の悲願でもあるそうだ。権力を集中しないための策は行っているのに実際そう思っている貴族も多いのだとグルナードからも聞いた。
特にこの前乗り込んできたハービス公爵はティエラ侯爵家より更に古く、初代王の子孫であることを誇りに思っている貴族だ。そのためなんとしても王子の後見人になりたい。オランジュの母を養女にしたのも子供を生んでからだ。王と彼女が病に倒れるまでは積極的に彼女を国母とし王妃にすべきと主張していた。
望実と宰相は協力しながらわざと隙を作りつつ挑発し王族に敵対しそうな貴族をあぶり出すことにした。
もちろんミラベルとオランジュの安全は確約してもらっている。婚約を早めるのも万が一破棄になっても幼いときの約束なのだからと濁せるようにするためだ。そう望実が言うと宰相のエスクードは感心してくれた。一族でもあれだけの天才美幼女だ。大事に育ているのだろう。いつか頭をもしゃもしゃさせてほしい。
ともかく望実が次にすることは婚約発表であり、宰相のいうことをなんでも聞くイエスマンの操りやすい王妃だ。そのせいでとんでもない命を受けたのだが、もうここまでくればなんでも来やがれである。
「エスクード卿。ファーストダンスをお願いできるかしら?」
「喜んでお受けします。妃殿下」
グルナードの方がましと叫んだ望実だが、エスクードに失笑されて一蹴された。鼻で笑われた上に『グルナードと結婚されるのならどうぞ』と冷たく言われたのだ。未婚の男性とファーストダンスを踊るのは結婚の約束がある。もしくは許嫁の証なのだ。と言われ、すいませんと思わず謝ってしまった。悔しいので一回はこの兄弟にぎゃふんと言わせたい。
エスクードのパートナーはいないのかと聞けば『当分そういう煩わしいものは結構です。国の利益があれば婚姻関係を結ぶのも止むばしですが』と返答されてしまう。そこの愛はないのかい? と聞きたくなった。
毎日手紙のやり取りをしているイルに気になって聞くとエスクードの妻は流行り病の初期に亡くなってしまい、しばらく息子も発症していたと聞いた。一で大変な騒ぎだったそうだ。王とその周囲が亡くなった事で騒ぎはどこかへいったそうだ。
今も彼は亡き妻を愛していてもしかしたら虫除けが必要なのかもしれないと望実は思った。不器用そうで顔面が硬直していて利益がないと笑顔もまともに見せない兄弟だけど前王を思っているようだし、きっと奥底に熱い心が流れているのだ。見えないだけで。
「足を踏んでも動じないのは慣れておりますからどうぞご安心を」
そっと耳打ちされてかっとなる。扇子をミリヤに渡すとさっと引いた人の波を堂々と歩き、中央にたつ。あと何回今日は自棄糞な気分になればいいんだろうか。望実は手を握り音楽が始まるのを待った。
ワンツースリー、はい。で右足からです。落ち着いて、殿方を見て、睨むのではなく微笑みながら 。コラーダの声が聞こえた気がして望実は右足を出す。
大丈夫です。ほとんどの貴族は女性を上手く踊らせることにたけていらっしゃいますから楽しんでくださいませ。これはサーシャの声だろうか。
事実、エスクードとは一度も踊ったことがないのに上手くリードしてくれている。ついていくだけで精一杯なのだが、足を次どう運べばいいかは分かる。ドレスがふわりと広がって昔、なりたかったお姫様の気分だ。腰を支えてくるっと回してくれたエスクードを驚いて見つめると曲が終わった。慌てて望実は一礼する。
「ありがとうございました。光栄でした」
「こちらこそ」
互いに礼をする男女の真ん中で望実はふうと息を吸い込む。
「皆様はこの後もお楽しみくださいますよう。子供たちは寝る時間ですので」
「では、妃殿下。また」
お互い別々の方向に向かって歩き出す。オランジュとミラベルは静かに座ってダンスを見ていたようで盛り上がった雰囲気はなかった。そわそわしているオランジュと目が合う。寂しいときの子犬のような目にふらふらと引き寄せられそうになると声をかけられた。
「妃殿下、変わらない立派な挨拶でしたな。ダンスも慣れないながら懸命に踊る姿に胸を打たれました」
「ありがとうございます」
うわーやっぱり来たかとハービス公爵の登場に全ての顔面の筋肉を古作動させて望実は笑顔で答えた。
「我が孫はどこですかな?おお、なんとも元気そうで、病気などは嘘でティエラ一家に監禁されていたのでは?そうなると妃殿下も被害者ですな。これは失礼しました」
「そうですね。失礼ですね。今でも病で苦しむ方々にとても失礼だと思います」
ぴくっとハービス公爵の立派な口髭が揺れる。いいぞ。私は頑張っている。オランジュを貴様などに渡すものか!
再度気合いを入れ直して扇子をゆっくりと広げ優雅に望実は扇ぎながら目だけで笑って見せた。
「妃殿下はおいくつですかな?」
「15になりました」
「ではそろそろ年上を敬うという態度も大事ではないですかな? 妃殿下は知らぬようですがほとんどの貴族は妃殿下より年上ばかり、そのような態度の少女に育てられる王はいったいどうなるのか。私は陛下の祖父として非常に、そうです。非常に、胸が痛みますぞ」
この小娘が、おまえに子育てなどできるか! わしに王子を寄越せ! と言えばいいのに貴族と来たら遠回しだなと望実は扇子を一度閉じて今度はすぐに広げる。
「公爵のような年上の方の心の臓を痛めるなど申し訳ないことです。心の臓の病は重いと聞きますし、お大事になさってください。私はまだぎりぎり少女と呼べる年齢ですし、幸い健康でもあります。ですから、王子と過ごす体力もありますし、胸を痛めることもありません。きっとこれからも楽しく二人で成長できると思いますわ」
オホホホホとは笑わないが心の中で高笑いしてみる。少しだけ気分がスッキリした。ぐっと奥歯を噛んで笑顔を向けている公爵に一礼し「ごきげんよう。お大事に」と扇子を扇いでその場を去る。
「オランジュ、ミラベルついてきなさい」
「はい。ははうえ」
「かしこまりました。妃殿下」
勝利宣言をしたいがむしろ今から開幕したと言っていいだろう。
視界の隅になにやら意味ありげな含み笑いをしている兄弟と真っ青なネビルが見えたがとりあえず一息つきたい。
オランジュを寝かせるためと断り一度望実は広間を離れた。




