悪役令嬢は許嫁 ②
窓の下では見たこともないきらびやかな馬車が止まっている。着飾ったドレス姿の女性とタキシードに身を包んだ男性が門を潜り次々に入ってくる。
「こちらのお三方も欠席。まだまだ病の方は多いのですね」
「このまま終わればいいのですが」
「本当にそうね。地方の様子などは分からないのでしょう?」
「はい。妃殿下」
「都市部はグルナードの報告を見るとおさまったようだけれど今日は聞けたら地方の方からも話を聞いてみたいのだけど」
グルナードからはとりあえず立ってにっこり笑っていればいい。開始の挨拶だけしっかりお願いしますと念を押されているので勝手なことはできない。ペッシュがどこにいそうかぐらい探りたいのに。
部屋にはいないグルナードに心の中で文句を言いながら望実はドレスのリボンの位置を直しているコラーダに「もう一段緩めて」とお願いする。にっこり笑顔でかわされたので、今日の食事は味がしないだろう。
「ははうえ」
「オランジュ。よく似合ってるわよ」
銀の光沢を帯びた子供用の礼服は、オランジュの太陽のような色彩をより輝かせている。少しだけ苦しそうに喉の蝶ネクタイをいじっているオランジュの手をとって望実は頭を撫でた。
「そうしているととても大人びて見えるわ。十歳ぐらいに見えるかも」
「ほんとうですか?やったー」
「まさに今日の主役ね」
そう望実が言うとドレスをつかんでオランジュは首を振り「しゅやくはふたりです」と真剣な顔で言う。
こんな年齢から派閥だのなんだの言いたくはないのだが、仕方ないと望実はオランジュの目を見て言う。
「主役はやっぱり王になるオランジュよ。そうそう今日はオランジュに許嫁ができますからちゃんとその子にも挨拶してあげて、ひとつ上のティエラ家のお嬢さんみたいなんだけど」
「い、いなづけ?」
「結婚の約束をする相手よ。今のところはオランジュと仲良くしたいお友だちだと思っていればいいかな」
「おともだちですか」
うーんと唸るオランジュに賢い子だから色々分かっていて困っているのだろうかと望実は心配になる。
やっぱりもう少し考えて返事をすればよかった。グルナードに了承をとる前にオランジュにも聞くべきだったなと反省する。
「そのこはははうえともなかよくしますか?」
「ええもちろん。凄く可愛い子だから一緒にお茶したり、三人で本を読んだり色々しましょう。」
「ならいいです」
「オランジュにも年の近い友達がいるといいなと思うんだけど」
ぶんぶんと激しく首を振ってドレスを握りしめるオランジュにコラーダが「殿下、妃殿下のドレスが皺になってしまいます」とそっと手をとって外す。
サーシャがその手をとってオランジュを宥めるように「少し飲み物でもいかがですか?落ち着きましょう」と声をかけるが、オランジュはサーシャの手を振り払って望実に飛び込んできた。
「ははうえとそのこがなかよくなるならいやです」
「まあ、オランジュ」
望実とコラーダは一気にその微笑ましさに和んでしまったが、ミリヤと目があった望実はまずいと背筋をただす。
「もう少ししたら私はオランジュが大人になるまで代わりに国の仕事をすることになります。その時、貴方と一緒に過ごしてくれる相手が侍女や侍従でない人物で必要だと思っているの。そしてできればその子を守ってあげてほしい。一人でお城にくるんだもの。心細いでしょう?」
ゆっくりと丁寧に説明するとオランジュは考え込む。しばらくすると望実の顔を見て頷いた。
「はい」
「約束。一週間に一回は必ず一緒に過ごすこと。どんなに忙しくてもね」
「はい!」
「じゃあ行きましょう。そろそろ扉の前で待っていないといけない時間だから」
手を繋いで慎重に開いた扉を歩いていく。マントを引きずっているので油断しているとすぐに重心が後ろにかかってのけぞりそうになる。
扉の外にいたネビルと目があって少しだけほっとする。前を歩くネビルは護衛ではなく近衛の正装をしていて、真っ赤な髪が黒い帽子で隠れているが頼もしい背中を見ていると落ち着いていく気がする。
「ポメロ・リヤン妃殿下、並びにオランジュ・リヤン殿下がお見えになりました」
ラッパのような音が聞こえて一瞬怯む。一斉に視線が望実に向かう。なんでこんなことするって言ってしまったんだろう。卒業式以外でこんな風に大勢の視線を浴びたことなんてない。視線が下がる。足が固まって動かせなくなる。怖い。怖い。震えが止まらない。
カツンと足音が後ろから聞こえる。
そうだ。
後ろにオランジュがいる。逃げるわけにはいかない。前をしっかり歩いて進まないと何も始まらないんだ。しっかりしろ。今、おまえは王妃なんだ。
自分を叱咤し足を動かす。
微笑みながら目線で会釈し王座まで進む。
王座に両手を広げて一礼し、座らずに広間に向けて一礼する。望実と同時に女性は裾を持ち上げ、男性は両手広げ一礼する。続いて同じようにオランジュも同じように礼をする。
「このような公式の場は初めてなため、見苦しいところがあると思いますが、この苦難の時を耐え集まってくれた事に感謝を。そして国に繁栄をもたらしてくれる皆に女神の加護があるように」
「妃殿下にも神々の加護と繁栄がありますよう」
「はじめましてオランジュともうします。みなに女神のかごがありますよう」
「殿下にも神々の加護と繁栄がありますよう」
満足そうに頷く貴族の重鎮たちの顔を見て望実はふうと息を吐く。
「では今宵の宴を始めよう」
望実の一言で宰相が持っていた杖を床で叩き音楽が始まる。まず挨拶が終わってほっとする。ここで終わったわけではないけれど、あとはグルナードがいっていたようににっこり笑っていればいい。
真っ先にやってきたのはエスクードで、年配の男性をつれている。叔父のルクスード・ティエラ卿だろう。彼の孫がミラベル・ティエラだ。
「妃殿下、良き日に。女神の祝福を」
「皆様にも」
「先日お話しさせていただいた一族の自慢の娘です」
「初めまして妃殿下、ミラベル・ティエラと申します」
ティエラの一族であることが分かる美しい銀髪がシャンデリアの灯りでキラキラと輝いてる。まっすぐ見つめる瞳はアメジスト。幼いながらに整った顔立ちもツンとした硬質な声も、全てが完璧。思っていた通りの美幼女がそこにいた。
「初めまして、ミラベル。王城へようこそ」
「お招きいただき嬉しく思います」
仕草ひとつとってもしっかり教育されているのがわかる。オランジュも賢い子供だけどミラベルはそれ以上だろう。二人一緒にいればいい相乗効果もあるのではないだろうか?
「オランジュ。彼女に挨拶を」
「はじめまして」
「はじめまして殿下」
綺麗な子供二人が挨拶する様子はまるで絵のようで、広間にいた大人からは感嘆の声も上がっている。オランジュも、ミラベルも評判はいいようで何よりだ。
「少し二人で話をしていらっしゃい」
「わかりました。ははうえ」
「御前失礼します」
改めてペッシュはよく彼女と張り合ったなとゲームを思い出して感心してしまう。二人の特質は真逆なのでどちらを選ぶかは好みの問題だろう。ペッシュはペッシュで可愛い美少女だし。
自分のスペックにどん底になりそうなので思考を止めて礼服を来た氷の兄弟に顔を向ける。
「素敵なお嬢さんね」
そう言った望実の声は広間によく響き少し嫌な方に空気が変わった気がした。




