悪役令嬢は許嫁 ①
少し寝ると頭がスッキリした気がして両手を伸ばす。貴族へのお披露目もあるからミラベルにはそこで会えるとして問題はもう一人の主人公のことである。
彼女も既に両親はいない身なのでなんとか今のうちに探し出して、できればオランジュの友人になってくれればと思う。あちらこちらにある神殿を回ればいいのかと思うが、それ以上にどの女神の加護を受けているのか絞った方が早いかもしれない。
イルの話によると大司祭になれるほどの魔力つまり聖力を持っているのは僅かな人らしい。それをどうやって見抜くのかも聞いておかないといけない。
そんな望実にちょうどよいタイミングでグルナードが大司祭が空いている時間に勉強を見てもいいといっていると伝えに来てくれた。もちろん喜んでと返事をしておいた。
色々な意味で知識を溜め込まないといけない望実だが、そもそもどの程度知っていればいいのかも、どこまで尋ねてもいいのかも分からない。そのせいで普通の教師にこられると困ったことになる。イルならば何を聞いても大丈夫なので安心だ。
グルナードに見てもらいながら当日の練習をする。最初はお披露目の会で、次は会議の練習だ。ぬいぐるみや本に大臣の名前を書いて繰り返し挨拶をし、着席までの確認をする。カタカナばかりなので途中なんどか舌を噛みそうになった。なんとか開始の挨拶までを終えて椅子に座る。これで疲れていたら本番はどうする気なのだと自分に言い聞かせて出してもらったお茶を飲む。
物語の中のお姫様は優雅にお茶をしたりして舞踏会に出ているだけだけど、裏では社交や領地経営などに頭を悩ませているのかもしれない。そんな夢がない話は見たくないけれど。
「オランジュもよくこの短期間で挨拶を覚えましたね」
「はい。ははうえとやくそくしたから」
クッキーを食べ終えたオランジュが自慢げな顔でこちらを見てくる。口元にはチョコが溶けていて思わず望実は笑ってしまう。そっとナプキンで拭いて「式の前のチョコレートはお預けね」というとオランジュは真っ赤になって頷く。
「式が終わったら一緒に打ち上げ…お疲れ様会をしましょう。その時にチョコレート食べればいいわ」
「はい!」
ぎゅっとしたいなと思うがここでしてもこの前の二の舞だとそっと頭を撫でて紅茶を飲む。
練習が終わりオランジュが部屋に戻るとグルナードがこちらをじっと見ていた。
「なにか問題でも?」
「いいえ、問題ではなく。妃殿下はなぜそこまでオランジュ様を気に入っておいでなのかと」
「王様の子供ですし、何より可愛い子ですもの。あれで乱暴だったり、言うことを聞けない子だったら難しいと思うけど、一生懸命で明るい優しい子だから」
「優しい子は王になると苦労します」
氷のような美貌を見上げながら望実はそうだろうなと頷いた。責任がある立場にある人は時に優しくてはいけない。決断できないこともどうにかしてしなければいけないのだ。命や人生がかかっていても公平に見なければいけない。
「そうね。けれど優しくできなくては、王にはなれないでしょう?」
「妃殿下は兄が言うように随分と短期間で成長されたようですね。その通りです」
「皆の教え方が良いからよ。一人ではまだ何もできないから」
昨日みたいに八つ当たりのような真似はもうなるべくしたくないのだけれど、するんだろうなとため息をつきながら望実はグルナードと向き合う。
「当日は大丈夫そうかしら?オランジュがそこで浚われたら意味がないし、王宮で怪我をしても王子派閥は難癖つけて拐いにくるでしょう」
「警備は整っていると思います。問題があると思われたならネビルに聞いてください。当日はオランジュ様の護衛ですから」
「そう。ネビルなら安心ね」
ほっとすると気が抜けて眠くなってくる。望実は大きなあくびをしそうになってなんとか誤魔化す。
「そう言うときは扇子を使ってみてはいかがでしょうか?」
グルナードは見事な刺繍が施された扇子を望実に渡す。
「聞き流したいとき、話を変えたいとき、おもわせぶりな仕草を使いたいとき。女性達は実に巧みに扇子を使っております」
「へえ、綺麗ね」
「こちらは何百年前かの贈り人様より送られた品でございます」
贈り人から貰った品と言うだけで国宝級の扱いをしていそうだ。おそるおそる触れて望実は伸ばしてみる。薄紫色の扇子はとても美しかった。
「兄より、妃殿下が下さった品物へのお礼と頂きました」
「そんな」
一個100円もしないで買った特売のスポーツドリンクの粉に国宝級の代物をもらってしまったら釣り合いがとれないと望実は首を振る。
「汚したり、壊したりする可能性もあると思うとそんな貴重な物はもらえません。そもそも家宝ではないの?」
グルナードは贈り人総合のファンみたいな感じなんだろうかと望実は尋ねてみる。グルナードは例の少しバカにしたような顔で「本物はあるとすれば国の保管庫でしょうね。モデルにして作られた既製品です」と言った。
「そう、それならありがたくいただいておきます。エスクード宰相にもよろしくお伝えください」
「からなず伝えます。兄も喜ぶでしょう。それと同時にお伝えすることがあります。本当に妃殿下が王座に座らずオランジュ様の後見人としてのみ働かれる場合ですが、うちの一族の年頃の子供がいるのですが、許嫁にいかがでしょうか?」
こちらの方が本題だなと望実はせっかくだから扇子を開いて顔を隠す。
「ミラベル・ティエラ。私どもの叔父の孫になります。オランジュ様よりひとつ上ですが家格も釣り合っておりますし、リヤンは王族の場合他国から姫をめとることはありません」
政略結婚が多いと聞いていたので逆に他国からの輿入れが多いのかと思っていた。
国同士の付き合いはどんな感じなのだろうか?
まだ知らない見たこともない国を想像して望実は笑みを浮かべる。
「鍵を持つ我が国は、どこの国であろうとも肩入れすることはできないので」
それはそうだ。実家に帰りたい姫のためにゲートをこっそり開けたりしたらそれこそ責任問題になる。そして嫁いできた姫も国内で悪い噂がたつにちがいない。それなら国内の貴族でと言うのはよく分かる。
「仮の許嫁でいいのならいいわ」
そう言うとグルナードは驚いたようにこちらを見つめてくる。扇子を閉じると望実はもう一度ゆっくりと「仮ならだけどね」と言った。
「妃殿下は反対なさると」
「私に贈り人の養父がいても今は後ろ楯にはなれないし、夫はもう鬼籍。その上私自身は貴族でもないし、オランジュを守るためにも名のある許嫁は必要だもの。ただし条件はつけさせて」
「伺います」
「まずオランジュも彼女も成人後、自分の意思で結婚すること。後は王が選んだ相手がいたらなるべくその子を王妃にしてほしい。オランジュの相手を私のように縛り付けたくないから」
グルナードは眉間に皺を寄せると理解できないと言うのかのように首をかしげた。オランジュがすると可愛いのにこっちはなんて可愛くないのだろう。
「それは貴族に生まれた勤めです。妃殿下が気になさることでは」
「もし私がオランジュには好きな人と結婚させてと言ったら、みんな鼻で笑うでしょう? だから苦肉の策よ。彼女には悪いけれど、彼女はきっと幼い頃から貴族だろうから」
「まるでミラベルのことも王の未来の伴侶のことも知っているかのように話されるのですね」
まずいと望実は扇子で顔を隠して、またやってしまったと自分の頬をつねる。
どちらをオランジュが選ぶのかは分からないが、物語上でもミラベルは元々オランジュの婚約者だ。三人が違う相手と結婚してもいい。ともかく個々が決めればいいのだ。
「自分と重ねているだけなのですけど。後は好きな相手と結婚してほしい母の思いです」
後ろで姫様っと声が聞こえたがまたコラーダが感激しているのだろう。そう、コラーダのように出会えた相手が運命ならそれも素敵だと思う。
だから、望実は聖女様でも、悪役令嬢でも区別なく接しようと思っている。オランジュを幸せにしてくれればどちらを選んでいいし、眺めるぐらいは乙女ゲーム好きとしても許してもらいたい。
「妃殿下の思い確かに。宰相にそう伝えます」
「お披露目の際に会えるのを楽しみにしているから」
ようやく物語の登場人物が集まりだした。
そのためにもなにはともあれまず、お披露目を成功させねばと望実は気合いをいれて「コラーダもう一度、お願い」と練習を再会した。




